コンクエスター家
「あらあら! 可愛らしいお嬢さんだこと! さすがは今、世間の耳目を集めるリーフェルニア辺境伯の娘さんだわ。――ただ、従者は選んだほうがいいんじゃないかしら? そんな冴えない男が付いてるだなんて、あなた自信の価値を貶めているようなものだわ」
フガイドルの挨拶から間髪を入れずに、横にいた女性が会話に割って入る。
エレミアは遠回しにアースのことを馬鹿にされたと感じ、笑顔を保ちながらも一瞬眉をひそませるが、すぐに平静を取り戻す。
「……やめないか、ニラメイア。彼女に失礼だろう……」
「あら、あなた。あたくしは彼女のためを思って言ってあげたのよ? 感謝されてしかるべきだわ!」
「そうか……そ、それは……すまなかった」
自分の言ったことに水を差されたのが不快だったのか、女性は不満げな表情でギロリとフガイドルを睨み付ける。
先の会話から推測できるようにこの女性、ニラメイアはフガイドルの妻、つまり公爵夫人にあたる。
初対面のアースでも、常日頃フガイドルが尻に敷かれているのが良くわかるやり取りであった。
「……ご忠告感謝します公爵夫人。ですが、彼は優秀なんですよ? 私にはもったいないくらいに」
「――――あら、そう? まあいいわ、まだまだ青いお嬢ちゃんですものね。好きにしなさい」
エレミアが予想外にも反論したので、アースは少々肝を冷やしたが、公爵夫人の方は子供の戯れ言程度に受け取っている様子だ。
本来なら貴族として格上であり、人生経験も豊富であろう公爵夫人に言い返す必要はなかったのだが、エレミアにしては浅はかな言動だったように思えた。
アースにはわからなかったが、何かが彼女の琴線に触れたのであろうか。
「ああ、それと息子を紹介するわね。ダストンちゃん! ご挨拶なさい!」
ニラメイアに名を呼ばれ、奥で食事をしていた小太りの青年がこちらへと、のしのし歩いてきた。
その肥えた腹は歩を進める度に揺れ動き、相当に裕福な生活を送ってきたことを窺わせる。
「なんだよ母様。僕は今食事を……ん? へぇ……」
不満げな態度で現れた青年、コンクエスター公爵家の一人息子ダストンは、エレミアの姿を確認すると舐め回すような視線で見つめた後に、にやりと口元を歪ませる。
「どうも、僕はダストンだ。君のような美人に参加して貰えるだなんて光栄だよ! この舞踏会は僕の花嫁候補を探すために開かれたんだよ。どうだい? 君も候補に加えてあげようじゃないか!」
アースはその言葉を聞き辺りを見回すと、確かにエレミアと年の近い女性の参加者が多いように思えた。
皆、玉の輿を狙って参加しているのであろうか。
お世辞にもダストンは美男子とは言えない容貌であるが、有力な公爵家の一人息子だ、取り入ろうとする者は多いだろう。
それにしても、レオナルドは舞踏会が何の目的で開かれたのかという大事な事を伝え忘れていたようだ。
もしかしたら単純に先代当主のエドモンドが直接招待状を出し、久々にレオナルド達の顔を見たかっただけかもしれないが。
「……初めましてダストン様。私はエレミア・リーフェルニアと申します。お誘いいただき光栄なのですが……大変申し訳ございません。本日はお世話になった先代当主のエドモンド様に挨拶に伺っただけですので、私はそういった意図では参加しておりませんの。――そう言えばエドモンド様の姿が見当たりませんが、いったいどちらに?」
「――あ? ……あー、あのジジ……祖父なら病を患っていてね。別邸で療養中さ」
「そうなのですか……お会いすることは可能でしょうか?」
「そんなことより宴を楽しみなよ。そのうち君の気も変わるかもしれないしさ」
エレミアはまだ小さい頃にエドモンドと会っていて、色々と世話になっていたが、ここ数年は会えていない。
可能であれば久々に会いたいと思っているし、この旅の最大の目的だと言えるので、それが叶わないとなるとエレミアの心の中に悔いが残ってしまう。
「……私が案内しよう。……父からも君達が来たら……案内するよう言付けられている。だが……一先ずは舞踏会を楽しむといい。……それからでも遅くはないだろう」
エレミアが困った表情をしているのを察したのか、フガイドルが助け舟を出す。
「ほ、本当ですか!? フガイドル様、ありがとうございます!」
エレミアはエドモンドとの面会の約束を取り交わした。
約束を反古にされない限りは、これで一番の目的は達成できそうだと、エレミアは一安心する。
「では、私達は一旦失礼します。……行くわよ、アース」
「ああ」
アースとエレミアは一旦その場を離れ、舞踏会へ参加することにした。
と言っても目立つようなことはしたくないし、音楽と食事を楽しみなから寛ぐつもりである。
二人がその場を離れた後、ダストンは独り言を呟く。
「チッ、ジジイのお気に入りの奴らだったか……かなりの上玉だったが、まあいい。他にも女はいくらでも居る。……さて、今夜はどの娘で遊んでやろうか……フヒヒッ!」
その声は誰かに届くことはなく、歪な笑みだけがその場に残った。




