不穏な空気
アースは素早く衛兵の元へと移動し、その肩を掴み動きを制止させる。
「あ……? なんだお前は?」
衛兵は首だけをアースの方へと向け、睨み付ける。
「やめろ、相手は子供だぞ。窃盗をしたとはいえ明らかにやりすぎだ」
「はぁ? 何を言ってるんだお前。下級民が罪を犯した時点で……なんだあんたもしかして余所者か?」
衛兵がそう質問したところで、エレミアがアースに追い付く。
エレミアも子供に暴力を振るわれたのを見て、反射的に駆け出していたのだった。
「私の従者が申し訳ありません。商品の代金は私が立て替えますのでここはどうか穏便にお願い致します。あ、店主さん、お釣りは結構ですよ」
そう言ってエレミアは大金貨を一枚取り出し、店主に手渡す。
大金貨は金貨100枚分の価値があり、パン屋でそれと同額の利益を出すとなると普通数ヶ月は必要だろう。
そんな大金がポンと手元に来たのだから、最初は呆気にとられていた店主であったが、次第に表情が緩んで締まりのない表情へと変わっていった。
「――――ああ、衛兵さん。どうも俺が勘違いしたみたいだ。そこの子供はこのお嬢さんのお使いで来たみたいだな。すまんすまん!」
大金を手にして気がよくなったのか、店主は即座に先ほどの通報を取り消した。
衛兵達もそう言われては手が出せないようで、渋々ながら子供から離れる。
「他領の貴族様でしたか……そう言えば今日コンクエスター様主催の舞踏会があるんでしたね」
金払いの良さからエレミアの事を貴族と判断した衛兵の小隊長は、先程とは態度を変えてそう言った。
そして神妙な面持ちでこう続ける。
「でも、あまりこの領地の事に首を突っ込まないほうが身のためですよ。貴族様とはいえただでは済まされないでしょうし……では、任務に戻るので失礼します」
不穏な言葉を残し、衛兵達はその場を立ち去った。
アースとエレミアは衛兵の言葉にえも言われぬ不安感を覚えるが、事情が分からない事にはどうしようもない。
ふと気付くと、この場には先程の子供の姿は既に無くなっていた。
衛兵との会話の途中で逃げたしたのだろうか、よほど必死だったのだろう。
衝撃的な事の連続で二人はしばらく無言で立ち尽くしていたが、アースはエレミアに余計な出費をさせてしまった事に気付き、謝罪する。
「……エレミア、すまない。俺が余計な真似をしたばかりに金を使わせてしまったようだ」
「――いえ、アース。あなたがそうしなくても私がやっていたわ。お金のことだって、私がそうしたほうが丸く収まると思ったからそうしただけよ。それにこのお金はアースのおかげで手に入れたようなものだし、気にしないでね」
大金貨1枚は決して安い金額ではない。
貴族達にはそこまでではないのだろうが、最近まで平民と同様の生活水準であったリーフェルニア家にとってはポンと出すには躊躇いを伴う金額だったであろう。
「すまない……いや、ありがとうエレミア。助かった」
「ふふ、どういたしまして。――あ、そろそろいい時間ね、いろいろと気になることはあるけど……今は宿に戻りましょうか」
不穏な空気を感じながらも、日も傾き舞踏会までの時間が迫ってきた。
アースとエレミアは舞踏会への参加準備のために、一旦宿に戻ることにした。




