宝石店
華やかな市街地へ繰り出した二人は、様々な店を回っていた。
見たこともない魔道具や食べ物など、初めて見るようなものがそこかしこに溢れていた。
その中でもアースの目を引いたのは宝石と呼ばれる装飾品だった。
鉱石の中でも特に見た目が美しく、かつ稀少な物を加工し、指輪などの装飾品として身に付けるいわゆる贅沢品の一種だ。
美しさにも目を引かれたが、アースはその値段にも驚愕した。
「この石ころが金貨300枚!? 爪の先ぐらいの大きさしかないぞ!? 確かに指輪は精緻な加工が施されているがそんなにするものか……?」
魔王の政策により、魔族間での通貨単位は人間族と同じだったため、アースにもその価値がどれ程のものなのか理解できた。
金貨300枚は、慎ましく暮らせば一家族が5年程度は生活が出来る金額だ。
この小さな装飾品一つにそれ程の価値があるとは思えず、アースはつい大きな声を出してしまった。
「しーっ、声を落としてアース! お店の人に聞かれたら気まずいでしょ!」
「む……すまん」
「し、失礼しましたー!」
どうやらしっかり聞こえていたようで、『商売の邪魔をするなら帰れ』と言わんばかりにこちらを睨み付ける店主を背にして、アースとエレミアはそそくさと店を出る。
「まったくアースったら……もうちょっと周りに気遣ってよね! 一緒に居る私が恥ずかしいんだから!」
「……すまんエレミア。配慮が足りなかった」
確かに店の人間からしたら迷惑行為でしかないだろうし、需要があるからこそあの価格で販売しているのだろう。
こういった店が多数あることがこの領地の裕福さを表しているだろう。
「まあ……しょうがないわよね。サタノキアにはこういうお店はなかったの?」
「ああ、いや……あるのかも知れないが……俺の周りにはあまりそういった贅沢品を身に付けた者は見たことがないな。基本的に魔族は見映えより、強さを求める者が多かった印象がある」
アースの知っている人物だと、魔王ですら王族として必要最低限の装飾品しか身に付けていなかった。
人口の差が違うからなのか、住む場所の問題なのかは分からないが、魔族と人間族とでは価値観が大きく異なるのをアースは改めて認識した。
「へぇ、そうなんだ。 ……ちなみに、ああいうのを私が身につけたらどう思う?」
「ん? そうだな……エレミアにはあまり派手すぎないシンプルなのが似合いそうな気がするな。多分宝石とやらを作る――」
アースの言葉を遮るように街中に怒号が響き渡る。
「待ちやがれ! クソガキが!」
アースとエレミアは反射的に、その声の主へと注意を向ける。
見ると、この場所に相応しいと思えないみすぼらしい格好をした子供が、両手にパンを抱えながら走っていた。
その背後を鬼のような形相で追いかける壮年の男が、ふらふらと足元がおぼつかない様子の子供の肩を今まさに掴んだところだ。
「やっと捕まえたぞクソガキ……! 手間かけさせやがって! うちの商品を盗むたぁ、いい度胸してやがるぜ!」
「ひっ……! ごめんなさい! ごめんなさいっ! しばらくも何も食べてなくて……!」
会話の様子から、大方子供がお腹を空かせて男の店のパンを盗んでしまったのだろうと予想する。
しかし、それを見るアースとエレミアは違和感を感じていた。
あのような非日常の光景が目の前で繰り広げられているというのに、通行人は誰一人として気に止めている様子が無いのだ。
「おーい! 衛兵! 下級民の犯罪者を捕まえたぞ! 処分を頼む!」
男が声をあげると、すかさす衛兵が数人現れて、子供を取り囲んだ。
「あ、ああ……お父さん、お母さん……!」
周りを囲まれ逃げ道を失ったその子供は、目に涙を滲ませながら絶望の表情を浮かべる。
「ご協力、感謝します。――ふん、小汚ないガキが……馬鹿な真似をしてくれたな!」
衛兵の中で隊長格と思わしき男が通報した男に礼を述べると、捕らえられうずくまる子供に向き直り、その腹部めがけて何度も蹴りを入れる。
「がぁっ! かはっ……! うぐっ!」
その状況を目にした瞬間、アースの体は無意識に反応していた。




