↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/172

第66話 遭遇戦の終わりに

 秘儀を破った者ではないとはどういうことだ?


(何故、そう言える)

(破ってたなら俺の動きを見極めようとはしない。あの女エルフ、ウォーターアローの操作より俺の体捌きのほうに注目していたぞ)

(お前のことを気にかけてたが。何者と問われていただろう)

(かましだな。本音は別にある。お前は化かされやすそうだな、ヒュー)

(そうか?)

(強い権力を持ってた者ならそうなるさ。俺は忍びの頭領にすぎんからな。一国の王子とはちがう)

(まぁ、小太郎の見解は心に留めておく)

(うむ)


 オレはしばし考えた。敵前にしても小太郎も今は深度一にいるので余裕がある。


 それにしても小太郎である。

 オレの身体で小太郎が防ぎまくってしまった。降霊召喚のすごさを我が事ながら垣間見てしまったわけだが、それは敵の方も同じようで、アルバストがしみじみと自分の手を見やっていた。

 そして確かに小太郎が断じるように、オレもアルバストは深度一には潜れないと踏んでいた。

 深度一に潜れなければ、アルバストはフォルテの王室を襲った者ではないということになる。あの時リアのために動いた王廷守護隊のガイ・ガー隊長もロッド・ホーヘバッグ隊長もしっかり深度一に入っていた。

 もとろんオレもである。

 だがアルバストが入れない、その概念すらないように思われる以上、アルバストは実行犯からは外れることになる。


 オスニエル王子を逃がす実行犯ではあっても、フォルテの王室に襲撃をかけた実行部隊にはいなかった。そういうことになる。

 もっと立場のある者がフォルテの王室には襲撃をかけたことが、うっすらと見えてくる。


 そういえばこの深度一に潜った状態で、今、奴らを襲えば、まちがいなく全員を殺せるなと思った。オレたちの時の流れより、向こうの時の流れは格段に遅い。やつらのすぐ隣にまで歩いて行って、今から殺しますねと宣言しても、奴等は聞き取ることも反応することも出来ないままに、小太郎の手によって皆殺しすることも出来るだろう。

 だが小太郎はそれをしない。

 小太郎とて思うところはあるのだ。

 庭先での初めてのお茶会において、小太郎は自分のせいで危機を招いたやも知れぬとリアに頭を下げている。しかも日の本の国から手土産にお茶菓子まで携えてこちらに降霊召喚された。

 無防備な、それでいてこちらへの害意を持って立ちはだかる奴等の一人や二人、己の失態から招いたことと今すぐ斬り捨ててもおかしくないのだ。

 だがそこを小太郎はグッと押さえた。オレも余計なことは言わぬ。互いに考慮の内に入ってること。

 リアの身体さえ取り戻せれば、いずれは、いずれはそんな我慢もしないで済む。


 オレは心を乱しながらも、いつまでもこうしてはいられないと体外へと干渉する降霊召喚陣をわずかばかりほどいて、深度一から通常の時空間へと浮上した。

 そしてオレを化かしたというアルバストの様子を窺う。アルバストはウォーターアローを放った己の両の手を見比べて、面白くなさそうにつぶやいた。


「ふむ。やはり最初だけで後は不発ばかりか。思ってたほどではないな」

「上役~、アンタ凄いんだからさっさと片づけちゃってくれよ~ん」「そうだそうだ」「腹減ったぞ」「…………」


 小太郎が外套の中に忍者刀を隠すと、そのまま逆手に手首を返して、素早く納刀をしてしまった。正直オレの納刀より速い。オレは外套を破かないかと心配になって、自ら回転することでふわりと外套を浮かせて少し空間を開き、その空間を利用して忍者刀をしまうわけだが、こいつは外套の中のわずかな隙間の中で、それをこなしてしまった。アーサー流の剣も腰にあるのでそれも邪魔になるだろうに、無造作に…………。


 フッと小太郎が鼻で嗤った。


「あ、あいつ、鼻で嗤いやがった。上役は凄いんだぞ」「そうだそうだ」「オレらみんなやられたもんな」「…………」


(おい、ヒュー)

(なんだ)

(代われ)


 お前がこの事態を招いたんだろうが。

 しかし返事はなかった。召喚の場で、ちょっと頑張りましたと小太郎が天道神さまに挨拶を行っている。

 まあいい。オレもあいつらには一言いいたいことがある。

 オレはアルバストの前にずいと出た。


「そんなに凄い凄い言うなら、いっぺんに解決してみせてくれ。この世の全ての問題を今すぐ解決してみせてくれ」

「はあ?」

「国の力は巨大だ。あんたらの上司に本当に凄いと言えるほどの力があるなら、戦争起こす以前に目的を叶えてくれ。頼むからこっちに迷惑をかけるな」


 アルバストは鋭い眼でオレを睨みつけ、フッと表情を緩めた。


「バカか?」

「バカなことを言ったのはそっちだろうが。オレみたいな下っ端はな、本当に大変なんだぞ。敵の上役にまで振り回されちまう。オレの方こそ解決してほしいぐらいだ」


 お前の立ち位置も含めてな。


 するとアルバストがオレの背後にいるソマ村の住民を見やり、視線を左に動かしてその中に治癒された乙女の祈り魔法士団の三名の姿を見つけると、ほうと感心し、それからもう一度オレの方へと視線を戻すと、その金色(こんじき)の眼でオレを射抜いた。


「とぼけたことを言って相手を引きずり回そうとするのが、お前の世界の流儀か?」

「世界?」

「風魔の小太郎、その顔は忘れないぞ。いずれかならず決着をつけてやる。その時には貴様のそのふた振りの聖剣、必ずへし折ってくれる」

「は?」


 セプティリオンがひとつだけ赤い閃光を放った。


「ウォーターウォール」


 馬鹿でかい水の壁が出現した。オレたちと奴等との間を分断する、ぶあつい水の壁だ。それが洞穴のある山の岩肌から枢密院殿の潜む山岳樹林のところまで一瞬で広がってみせた。

 そしてその瞬間には身を翻し、脱兎のごとく村の出入り口へと全員が駆け出していた。敵がやって来た方向に戻ったのだから撤退、あるいは逃げ帰ったとも言えるが、そこまでビビらずともオレに追う気はなかったのだ。


 しかし聖剣だと? 何を言ってるんだあのエルフ女は。

 攻めてくる村民を見やる。機械召喚を解除する。リアの召喚獣が現実世界から消えて行く。


(ヒュー)

(ああ、見えてる。魔力のコントロールで出し入れしてるようだな)


 セプティリオンはウォーターウォールを一瞬で構築し、役目を終えたとみるや、すぐにアルバストの周囲から消えていた。

 召喚陣になにか細工をされてるのかも知れない。

 フォルテの秘儀を。

 父さまの認可なくあつかえる召喚魔法陣。

 織りなす断片がオレを戸惑わせる。

 これは王族に裏切り者がいる可能性を示唆するのか、それともそこまで情報を抜かれたことを示唆するのか…………。


 ソマ村の住民は喜んでいた。


「撤退するぞ」「やったやった」「皆に伝えてきてくれ」「了解」


 ウォーターウォールがザバッと消えて辺りを水浸しにすると、散っていた人々がオレの元へと集まりだした。中には乙女の祈り魔法士団の小隊三名もいる。

 ルイ隊長がオレに言った。


「助かりました」

「ありがとう」「ありがと~」

「大したことはしてませんよ。むしろ凄かったのはサマースでしょう。良かったですね」


 乙女の祈り魔法士団のお姉さん方も、削られた左の手足がいまは元に戻っており、無垢な素肌をさらしながら、そうなのよ~、とオレの隣にいたサマースの肩を叩いて、嬉しそうにサマースを囲んだ。何というかガールズトークに花が咲き、チラチラと見える素肌とその健康美にオレは居たたまれなくり、ここは治癒した当人さえいればいいと判断し、お姉さま方の餌食となってる恩人くんに後を任せることとした。


 うむ。


 とりあえずサマースには後で訊こう。もちろん炎の治癒魔法についてである。決して部位欠損は治っても衣類は直らなかった婦女子の生肌についてではない。

 さて、我らが雇い主殿はどこに居るかと思って広場をグルリと見渡したら、枢密院殿は元の場所に居た。というか一歩も動いてない。

 しかも下を向いて微動だにしないものだからオレも気になり、オレも一時身を隠していた枢密院殿の潜む土塁にまでもどってみると、そこで枢密院殿がぎっくり腰に苦しんでいた。

 女子(おなご)は洞穴の秘密の扉を開け閉めしろと奴等に脅されていたせいで、敵から解放されたことで緊張が解け、今は泥のように眠っていた。

 そしてその女子を抱っこしようと、手を身体の下にまわしたところで枢密院殿の腰に激痛がはしったらしい。


「…………急に重い物を持ってはいけませんぞ」

「うむ。わかっておる」


 貫禄のある返答であった。でもあんた、状況を知ってたオレでない人に見つかってたら、山の下草に隠れて大きいのをしてるようにしか見えないから――。


「どうした」

「いえ、なんでも。寝入った女子を置いておくわけにはいきませんからな」

「うむ。抱っこして合流しようとしたらやってしまった」

「なるほど」


 七、八歳ぐらいでもそれなりの重さがあるからな、子供は。

 お気の毒に。


「どれ、オレが抱っこしますから、その体勢を解いてください」

「動けぬ」


 簡潔な答えが返って来た。

 オレに労苦を見せるためではなかったのか。では――。


「光よ癒せ、ライトキュア」


 光の回復魔法で枢密院殿の腰を治した。

 女子をオレに預け、すっかり動けるようになった枢密院殿は土塁の陰から土を踏みしめ力強く登ると、肩と腰を回して広場へと出、忌々しげに奴等の去った方に目をやった。


「くそ、あの無法者めら。儂をこんな目に遭わすとは」

「それは違うような」

「逃がすな」


 しかしそうは言われてもすでに追い返した後だった。女子も取り返したし、無理をして追う必要もない状況であった。魔法士団の女子の治療後の経過もある。

 すると奴等の消えた山道のちょっと下の辺りからワイバーンが大きな翼を羽ばたかせるのが見え、人が乗ってるワイバーンもいれば、騎乗席が空のワイバーンもあり、それらを含めたワイバーンがオレたちとは反対方角へと飛び去って行った。こちらの方など一顧だにしない、速やかな撤退であった。


「…………行ってしまいましたな」

「そのようだな。戻って来たのは仲間との合流ばかりではなかったのだな。あれの回収であったか」


 ワイバーンは高い。一騎用立てるだけでも数百万ギルはかかる。そのうえ飼育に訓練、騎乗する人材の育成も含めたら、それこそ国家規模の予算が必要だろう。乗る者がいなくなり、空になったワイバーンでも回収するのは至極当然と思えた。


 そして敵は、ワイバーンを所有する財力があることもこれでわかった。


 オレがますますアルバストを探す条件が狭(せば)まったと絞り込みをかける算段を立てていると、枢密院殿が身動(みじろ)ぎをした。こちらに振り返りもせずに山を滑空してゆくワイバーンの姿をジッと見据えて、オレに尋ねた。


「あ奴らはどこへ行くと思う、ピュー」

「ヒューです」

「うむ」


 そしてオレは嘆息した。この爺ちゃん、もう直す気ないだろうなと思ったのだ。


「ほれほれ」

「あの方向ならボヌーヴ川の戦場かと。ですのでどこへ行くのかはと言うより、何が目的か、の方が気になってます」

「それは?」

「撤退するほどのことだったろうか、と」

「それはそうだろう」


 サマースがそんなことを言いながらオレの方へとやって来た。当然、乙女の祈り魔法士団とソマ村の村人達もやって来る。


「たった一人にやることなすこと全て押さえ込まれてしまったのだぞ」

「聖剣とも言ってたよね。聖剣なの?」

「まさか。ただの鋼(はがね)の刀ですよ」


 見せて見せてと言われそうなところで、サマースが口を開いた。


「それにしてもお主のあれは凄かった。アーサー流を習う必要などないのではないか?」

「冗談を言うな。アーサー流はオレの生命線だ。きちんと学ぶぞ」

「お、おう。そうなのか」

「認識阻害の魔法もすごいよね。それって無属性?」

「わかりません。出来たから出来たとしか」

「うわ~」「もしかしてヒューくんって天然?」

「あ、そうなんで勘弁してやって下さい。今は自治領の田舎者ですし」

「サマースくんも?」

「田舎者ですよ。自治領から出るのは二回目ですし」

「あら。一回目は?」

「アート城に行きました」

「え? こないだのサーバ城に行ったのが?」「もしかしてもしかして」「うわー純粋」

「はい。先日、枢密院殿の用心棒で出たのが初めてです」


 うむ。サマースに任せておけば安心だ。

 こいつは気づいてるのか知らんが、いろいろと訊かれたら困るオレの立場を秘匿する、立派な防波堤になってくれている。これは大いに助かる。


 さて――。

 この空いた時間に枢密院殿の出した宿題だ。

 だがこれが難しい。思い浮かばん。こういう時には自分が何を考えていたのかから復習しよう。


 まぁとりえず、オレの正体は秘匿できたわけだが、腑には落ちなかった。あの女はリアの身体から伸びてる赤い糸を持つ召喚獣セプティリオンとリアの四肢そのものの手がかりだ。今は用心棒を優先せねばならぬが、この仕事を終えたらオレはあの女エルフを追跡しなければならない。何処へ逃げ、何を目的に、何をしでかしたのか、そういうことをきちんと伝えるためにはサーバのことを、それからライムのことをきちんと知らねばならなかった。


 オレはライム本国を出、属国のサーバをも出、どうせ自治領に腰を据えるのだから、サーバの町や村の名前など覚える必要もないと思っていたわけだが、どうやらもう、そういうわけにはいかないようだった。

 これは枢密院殿の出した宿題、奴らの目的は何かということにもつながる。いや、これを言ったのはオレで、枢密院殿はどこへ行くのか尋ねたわけだが、いかんな。


 フォルテから王室外交という名目で国外に出され、転々とたらい回しにあってからひと月ほど経ったわけだが、オレはライムの属国であるサーバの地理情勢が全く思い浮かばなかった。

 だから何がどこにどう配置されているのか、とんと見当がつかん。おかげで相手の考えてることが薄ぼんやりとしてて、直接対峙していないと敵の目論見がまるで見えてこないようだ。これはオレの弱点と言っていい。


「枢密院殿にお答えするには、オレはいろいろと基礎知識が足りないな。奴らの目的か…………」

「報告ではないか?」


 横からサマースがそんなことを言った。


「報告?」

「目的も何も、アルバスト達は敗走した以上、上司に状況を報告しなければいけないのではないか? それをしないと上司にも追われることになるだろう」

「時々思うがサマース、お前は天才か。そうだな」


 確かに奴らはやって来た道をまた戻ってしまったことでもある。その先にあるのはキボッドから属国の国境線を越えて進軍してきた地平の彼方騎士団と、それにすばやく対峙してみせたサーバのフィッシュダイス騎士団である。この二つの騎士団はいつまで経っても始まらない戦争を田畑の上でくりひろげ、互いに対峙し合ってる。ということは退くタイミングを待ってるとも考えられるわけだしな――。


「ということは敗走は伝えず、オスニエル王子を脱出させたことで、用は済んだとキボッドの騎士団、地平の彼方騎士団に伝えに行ったのかもな。どう思う、サマース」

「それだろうな。報告と周辺の分析、ここらへんが一番しっくり来る」


 オレとサマースは顔を見合わせて、うむ、と頷き合った。


「枢密院殿」


 これがオレたちの見解ですとばかりに枢密院殿の名を呼んだ。すると枢密院殿がちいさく肯いてそれを是とした。よかった。


「やれやれ。とりあえず危機は去ったか。しかしそうなると政治の出番じゃな。アートも気の毒に。ライオネルに王位を譲るタイミングを逃したな」


 ひと息ついた枢密院殿に、オレは手を挙げた。


「なんじゃ」

「村民の手によって捕らえた者は奪還されたようですが、一部は残ってるかと。オレが藪に蹴り込んだ男と、サマースが捕まえた五名ほどが、おそらく」

「それは村の者に管理をさせよう」


 枢密院殿がでかしたと言わんばかりに、老獪な笑みをみせて笑んだ。


「ああ、それと」

「なんじゃ」

「サマースを探しに行った時に見つけたのですが、何者かが三名、このソマ村に向かってきてますので、その者たちに訊くのも一興かと」

「何じゃと。敵か?」

「わかりません。ただ、オレたちが通ってきた道をものすごい速さで迫って来てました」


ブクマ、ありがとうございます。こつこつやってくのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。