第65話 化かし合い
オレが残心の構えを崩さずにいると、アルバスト達は秘密の洞穴の前からジリジリと後退し、オレの様子を窺っていた。そして泳がす方針を決めたオレが追わずにその場に留まる姿勢を見せると、アルバストの配下たちが大騒ぎし始めた。
「あの剣、おかしいぞ」「忍び刀つったよな」「今のはブーストかけてんのにこれかよ」「似てるな…………」「「「何にだよ、ギャハハハ」」」
相も変わらず配下は粗野なことばで会話を交わしているが、おかしいとはウォーターボールを斬ったことに対してだろうか。
敵側の奥から攻撃ついでに最初に声を上げたのは誰だろうと思ってアルバストの背後を見たら、そこにオレに右手をシワシワに水抜きされたバックドアがいた。しかし今となっては水抜きされたことも昔の話で、現状は水分を抜かれて機能しなくなった右手を仲間に断たせたようで、右手がない。
思い切りがいいのか、向こうにも再生魔法の使い手がいるのか、それは次に会った時にわかるだろうが、しかし。そんな状態になっても残った左手でオレに水魔法を放つとは、見上げた根性である。
王杖に喧嘩を売っただけのことはある。
しかもこいつも水魔法か。
どうやらアルバストは、オスニエル王子を出国させるために水魔法の使い手ばかりを選んでるようだ。火魔法が高山地帯では大気が薄くて役に立たないといってたこととも合致して、この人選も納得がゆくわけだが、もしくはオスニエル王子を水魔法で安定して遡上させるために、と云う事もあるか。川筋を行かせるためには水魔法のほうが都合よさそうだ。なるほど、その両方か?
わかりやすいな。
するとオレが本格的に反応しないので、安全圏に完全に退避したアルバストの配下が気を抜いてお喋りをしだした。
「おいおいブーストかければイチコロじゃないのかよ」「上役自慢してたのに恥ずかしっ」「言ってたよなぁ、ブースト最強っ、ギャハハハハ」「…………」
オレはその光景を目に映しながら、こいつら、本当に全くわかってないのだろうなと思った。
セプティリオンは召喚獣だ。
アルバストがその気になればこの場にいる全員、オレ以外を皆殺しにできる。
なにせ位相がずれてるのだから村民からの攻撃は中らず、深度一からは攻撃を中て放題なのだからな。
ブーストなどという威力の底上げが真髄ではないのだ。
まぁいずれにせよ、アルバストには配下の者を皆殺しにする気はないようで、咎める気もないようである。
それだけオレに集中している証左でもあるのだろう。次こそは倒すという必殺の魔法を放ってくるかもしれない。エルフなのだ。魔法の扱いは初心者のオレより遥かに長けているだろう。
だが深度一での遣り取りでオレが破れるわけには行かぬ。
向こうはブーストの効果が召喚魔法によるものだとすらわかっていないし、リアの機械召喚だということも全く理解していない。赤い光はただの過給器としてしか認識しておらず、それ以外の使用方法でも使わないようなので、それだけしか理解してないのならブーストは確かに便利だが、オレの相手にはならない。
もっとも召喚魔法の共通事項を除けば、オレもつい二、三日前に知ったばかりの研究成果だが、機械召喚であることも、機械であることも、群体であることも、生命が宿っていることも、意思があることも話しかける素振りもないので奴らは理解していない。
思うところはある。それも多々ある。
リアはこんな奴らがセプティリオンを使うために両の目と四肢を奪われているのだ。
あんまりではないか。
リアの十代の青春は、蔑まれ、四肢なしと揶揄され、日常生活にすら不便を強いられ、あげく最後はオレと共にせめて最後は王室外交の役に立てである。
リアの失った幸せに比して、こいつらの粗雑な言動とソマ村の民を襲った人間性の発露を見知って、何も思わないわけがない。
こんなことのためにリアの幸せをむさぼるなと声を大にして叱りつけたいところでもある。しないけど。
泳がせるから。
ふう。落ち着け。
セプティリオンのことも考えよう。セプティリオンも感情があることをオレは知っている。機械召喚体は、サーシア母さまの未来召喚のその先を行ってるかもしれないと、実はオレは思っている。
なにせ機械の生命体のようなのだ。
その未来のさらに先を行った機械召喚体が、リアから奪われたあげくにこんな輩に関わらせられているのだ。しかも今はリアの兄にあたるオレと対峙させられてるわけだ。おそらく意に反してるだろうが、命令を聞かなければならないのは召喚契約にある通りのはずなので、敵対する羽目になったセプティリオンにも気の毒になる。
だが、ここで立ち止まれない。
四肢ごと根こそぎ奪われてしまったリアのためにも、こんな雑な力押しには絶対に負けられないのだ。
オレはアルバストに話しかけた。離れ終えたが、一定の距離を維持してなお立ち去るそぶりも見せないからだ。配下の者もそれ以上引き下がる気もないようなのが、ちょっと気になる。言動ほどバカではないのかもしれない。
「ウォーターボールか。良い魔法だ。しかし随分と大盤振る舞いだったな」
「全て叩き落としといて、その言い種か」
「いや、痛いのは勘弁してくれ」
「ギャハハハ」「言われてる、言われてる~」「がんばれ上役~」「…………」
…………別にお主らに言ったのではない。
だが大前提としてリアの残る十五の赤い糸を辿って全ての部位を取り戻すためには、こいつらは泳がせるしかないのだ。
オレには他に手がかりがない。
いま目の前にいるセプティリオンこそが、微かでわずかな細い糸なのだ。
早く帰れと、そう思う。
だがオレの意に反して、距離を開けることに成功して段々とこいつらは余裕を持ってきたように思う。
最初はオレの忍者刀をこれでもかと注視していたが、忍者や忍びという概念のないこいつらには、現物さえ認識してしまえば所詮はみじかい刀でしかないようだ。
結果、奴等は剣に魔力を乗せる「魔力乗せ」や「騎士の剣」と勘違いして、それなら離れれば二重の意味で対処できると考えてるようだが、オレのは似てるようでまるで違う。
オレの風魔忍術は、深度一をも斬る。
そもそもアルバスト以下お主らは深度一すら認識できてないが、これで更に欺くことも出来たと思う。
まずはオレの正体。
それとオレに幾度か封じられたことで、信頼を置くほどの物ではないと判断したのだろう、リアの機械召喚体を使えない物と判じたところ。
これらは素晴らしい成果だと思う。今できる最善だ。
「上役、見込みが甘いんじゃね~の」「そうそ。鍵に土魔法がいるってことも知らなかったしさ~」「そのツケを払うために俺なんか村中走り回ったんだぜ~。こんな山だらけの村の中を」「俺たちをこき使うことで自分の失敗をごまかしてたよな」「俺なんか小っちゃい女の子を誘拐しちまったぜ~」
「黙れ」
アルバストが配下を怒鳴った。
「敵に情報を与えるな。せっかく間抜けが自分の正体を明かしてくれたんだぞ」
「さーせんでしたー」「したー」「したー」「した」
オレはさもやられたとばかりに口を閉じた。
アルバストが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「しかしお前にはいろいろと邪魔をされた。お前がいなければもっと早く済んだものを」
「済んだのではないのか?」
早く帰れ。
「我らの目の前に現れて、これだけのことをしてくれたのだ。お礼は必要だろう」
剣呑なことを言う。するとサマースが乙女の祈り魔法士団の面々から離れて、オレの横に並び立った。そのサマースに、任せろ、とオレは言った。
サマースも魔法で対抗できるはずだが、サマースは自分が使ってる魔法が召喚魔法の流れを汲んでることを知らない。オレが召喚魔法の遣い手だと教えていないのだから当然なわけだが、その秘事を明かしてしまうわけにもいかないので、深度一の概念がないサマースには意味もわからぬまま対峙して欲しくないのだ。
友達だしな。
するとアルバストが左右の手を広げて、こちらへ向けてウォーターボールを放った。左右からの二連撃、ブーストなしである。
その二つのウォーターボールをオレはひと振りで無造作に斬って捨てた。
それからアルバストの連撃が始まった。オレが一刀で斬り捨てたのを見て、わずかに早めたり二つの間にもう一撃を加えたり、リズムを変えて数多のウォーターボールがオレに襲いかかった。
そのすべてをオレは斬り捨てた。
イヤらしい時間差攻撃も深度一のなかでは鈍重な攻撃でしかない。
「どうやって止めた」
問うたアルバストの眼がオレだけでなく、横にいるサマースにも向けられていた。
「おいおい、それを教えたら俺の相棒が困るだろ」
「貴様、誰だ」
サマースが息を吸ったので、名乗るな、とオレは止めた。
「しかし」
「認識阻害をかけていると言ったろう」
「俺にもか」
「全員だ」
サマースはヒューを見て、言われてみれば顔が違うと思った。
「そもそもだ。あの者はお前からも話を聞きたいようだぞ。それを素直に教えてやるか?」
オレはクイクイとグラスを呷る真似をした。
「ふむ。ラガーも飲ませてもらってないのに、それはちと無理な相談だな」
「であろう? オレも同感だ。そういうことだ、女エルフ」
アルバストがニヤリとした。それまで表情を変えなかった女が、女エルフといった途端にその表情を動かしたのだ。自分の名前はつかめてないと思ったようだ。
オレがつかめてないのは、用心棒としてはオスニエルを逃がした後のお前達の目的と、それから個人的にはオレたち兄妹を悲しみとやるせなさのどん底へと叩き落としてくれたリアの身体をどこにやった、ということなのだが――。
アルバストが表情を動かした流れに乗って、そのまま調子に乗った。
「さて。ではもうちょっとマシなのを飲ませてやろうか」
水か? 水魔法か? 水魔法など要らぬ。
要るのはリアの身体なのだ。リアの身体を返せとオレの心情的にはぶち上げたいところだが、そのわかってない顔が小憎らしく見えてくる。
女だろうがエルフだろうが感情としてはやはり、ぶっ殺したいな、と思ってしまうわけだが、ああ、しかし、残りの身体の情報も必要だ。
(悶々としてるところ悪いがヒュー、あの女、深度一に潜れるのか)
(わからん。潜られたらオレの秘密は少なくともここにいる皆にはバレるな)
その姿をもしも見られたなら、光あれと光速移動を連続で行使してるとはまず思わないだろう。流れるような動きと異常な速さに、魔法とは別の何かだと絶対に気づく。
アルバストが潜れずに、魔法だけをブーストしてくれるのならば小太郎の心配も杞憂に終わるのだが、さて。
「行くぞ。風魔の小太郎」
(来るぞ、小太郎。もう下が…………)
(ヒューは見てろ。アルバストは俺をご指名だ)
(あ、おまえ)
言ってる間に身体の制御権を奪われていた。取り戻せるけど今とりもどしたら確実にアルバストの攻撃を喰らう。
オレの師匠は卑怯である。
(おまえ、楽しむつもりだろう)
(せっかく来たのだ。この世界の手合いとも戦ってみたいだろうが)
言う間にウォーターアローが増殖し、無数の数となってアルバストの周囲にどのどん展開する。どれだけの魔力を込めているのだ。
水でどっかんならオレでも出来るが、矢の形にして刺してくる気でいるのだ。あんな制御をオレは知らない。
(てか、まだ増えるのか。おいおい、あれはヤバいぞ小太郎)
(フッ。矢の形か。鏃にすることでウォーターボールより投影面積を小さくして斬りにくくしたわけだな)
(そこじゃない。数を見ろ数を)
何千本ではない。今もどんどん増えている。ここまで来ると万単位であるのではなかろうか。
しかもセプティリオンが赤く光っている。ブーストをかけ、しかもセプティリオンの力を使って数をも増やしているのだ。
鋭利な水の鏃、そのすべてがオレに向いている。これを二本の忍者刀で捌ききれるのか?
(だが喜べ。あやつは深度一へは潜れないと思うぞ)
それはフォルテの王室の秘儀中の秘儀である召喚の儀を突破されたが、その戦利品である機械召喚のセプティリオンを、少なくともこの女エルフが把握していないことを意味したが、小太郎に煙に巻かれてる気もする。
だが確かにジッと見てみると、小太郎の言う通り、セプティリオンが徐々に赤い光を帯びて行き、いっぺんにその状態に持って行けない様子が見て取れた。下手くそである。だがこれはあくまで見た目である。
(しかも喜べるかっ。これから攻撃されるんだぞっ)
(それがどうした)
小太郎が野太い笑みを浮かべて一歩前に出た。
受けて立つと意思表示を示したのだ。
(ああっ)
何てことをっ、とオレは思った。
小太郎は、オレが思ってた以上に好戦的な男であった。
しかもアルバストもアルバストで、小太郎が受けた立つという姿勢を見せたせいで、ムキになってウォーターアローを作っている節がある。どんどん増えてるぞ、おい。
どうすんだよ。
てかセプティリオンが元気よくお仕事をしています。
オレの妹の召喚獣なのに。
兄さまと言ってくれるリアの心持ちは残ってないのだろうか、残ってないのだろうな。
(がんばるな、あの女)
受けて立つと表明した以上、小太郎はその場から一歩も動かない。両の手も外套の中にしまったままだ。つまり言ってみれば棒立ちである。
…………棒立ちだぞ。
(もしやおまえ、人の身体だと思ってないだろうな)
(思ってるが何か?)
(おいおいおいおい、自重しろよ、おい)
止めて下さいと咄嗟に頼もうとして、召喚の場のオレの隣にいる天道神さまに振り返ると、その天道神さまがにこにこと笑んでいた。
と天道神さまに気を取られてる間にアルバストが一斉に矢を放った。
オレは間に合わなかった。
今となってはオレの頭上どころか背後からも矢が飛んできてる。飛んで来てるし降り注いでいる。
ああ。
オレには見えてるがお前には見えてるのか、小太郎。お前はオレの眼で物を観てるんだろ、おい、小太郎。
(こたろーーーっ)
返事はなかった。
小太郎は舌なめずりをして深度一へと潜った。オレの一切を無視し、そして集中して降り注ぐウォーターアローへとオレの身体が通り抜ける分だけを斬り落として活路を開くと、その矢群を抜けながらヒュンヒュンと横合いを抜ける矢の箆を斬り落として行く。
そして周囲のあらかたを片づけると、背後からのウォーターアローにも立ち向かって行く。こちらは鏃の先端を正確に斬り裂いて、一閃で斬れる物をことごとく撃ち落として行く。そして時間差で遅れてくる偏差攻撃の矢も、その遅れたままに鏃の先端をごていねいに潰して行く。
どうとでも料理できるようだ。
完全に遊んでいた。
小太郎の前では数も死角も意味がなかった。
オレの深度一での動き以上なのはさすがである。降霊召喚は自分の身体で自分以上のことが出来てしまう。そしてオレは己の未熟を思い知るわけだ。
(この野郎)
(ばか。余韻を見せろ。魔気が変じるのは、俺はこの世界でしか見ることが叶わないんだぞ)
オレは黙った。都合も聞かずに日の本から小太郎を喚びつけてるのはオレだ。だから今の申し出ぐらいの小太郎の望みには耳を傾けるべきであろうと、そう思った。
確かに美しい光景だった。
大気中に魔気が散って消えて行く。消散というのだろうか。水であった魔法が魔気をうしなって麗らかに大気へと戻ってゆく。それもオレたちの一角を埋め尽くすほどの水魔法がその結合を斬られて大気へと帰すのだ。
荘厳であった。
召喚の場から小太郎をしずかに俯瞰すると、小太郎は自分の仕事に満足げに眺めやっていた。
「雨が降らない…………」
うしろにいる乙女の祈り魔法士団の誰かのつぶやきが聞こえた。
サマースは剣を抜かずに外套を深く身体におおって自らの動きを隠していた。それはアルバストの配下への牽制になっていた。さすが友達である。気遣いありがとうだ。
村民も遠く離れてオレたちの成り行きを見守っている。
そして枢密院殿は、我らが雇い主殿は、山岳樹林の樹影とオレが土いじりでつくった土塁の陰に隠れて我らを眺めつつ、鼻毛を抜いていた。
と、年寄りである。
枢密院殿には無数の矢もただの水でしかなく、たぶん、細かな物は見えなかったのだろう。
だがその手で女子を撫でたらいかんぞとオレは思った。
アルバストが向こうで呆然としている。
気持はわからんでもない。
小太郎の動きはオレの更に上を行く。何しろ風魔の十三代目の頭領だ。
オレとは年季が違う。
「お前は、お前はいったい何なのだ」
「対処できるわけがないと思ったか?」
小太郎がオレの声でそう言った。
だが返事はなかった。答えたくないという意思表示だろうか。
その奥には何があるのだろうか。今はまだわからぬ。
だがアルバストはそれからセプティリオンをチラと見て、アルバストが命じたのか、セプティリオンがその赤い光をゆっくりと減じさせ、やがてそれは消失した。消えた後には、何事もなかったかのように山肌が見えるばかりである。
リア――。
ここに手がかりがあったぞ。
オレが目を凝らして尚も消えたリアの機械召喚体の姿を探していると、ヒュー、と呼ばれた。
(なんだ)
(喜べ。あれは秘儀を破った者ではない)
小太郎が得意そうにそう断じた。
ブクマ、ありがとうございます。なろうには面白い小説がいっぱいあるので、見つけて頂けるのは本当にありがたいです。




