第100話 神前にて古傷を
浅い深度一だからオレが解除すればすべてを解けるが、それが状況的に正しいかはわからない。一気にオレの存在が注目されてしまうことになる。
そもそもオレ自身から潜ったわけではないのだ。対応してたら深度一の狭間に足を突っ込んでいたというのが正解なのだ。
悩ましいと思ってたら通常空間に復帰した。
どうやらそこまでセプティリオンを使いこなせるわけではない、のか。
(自分でわかったようだが甘いんだよ、観察する眼が)
師匠筋である風魔の忍者、小太郎から叱責を受けた。小太郎は召喚の場で腕を組み、どかりと胡座を組んで座っていた。
(すまん)
(謝るな。戦闘中だぞ)
(了解)
(今の騎士団統括部崩れは深紫の闇に当てられたようだが、現況はわかってるんだろうな)
(わかってる。あの深紫の闇の中にリアのセプティリオンがいるのだろう?)
(さて。セプティリオンはソマ村で使っていたが、それが王都にもいたと?)
(機械召喚体は群体だ。分けることも十分に出来る)
(そうか? リアでさえわずかなお願いしか出来ないのに、セプティリオンをろくに使えないと吐き捨てたあの女エルフに、果たして使えるだろうかと俺は思うがね。おっと、すまんな。俺が話しかけたせいで今斬った奴に治癒がかかったな)
確かに小太郎の言う通り、いきなり斬りかかってきた騎士の身体から流血が止まったようだ。だが正気を保てなかった騎士など何度復活しようが問題ない。
(小太郎はどう見てるんだ。詫び料だ、戻る前に置いてけ)
(そこの騎士団統括部崩れは、俺は精神系の魔法で操られてると思う。その操り先は)
(深紫の闇か)
(そうだ)
深紫の闇は魔法陣の中央でいまだ鎮座していた。
(あれをアルバストは回収に来たのだろうな)
(まず間違いなく)
(ということは王都の魔法封じの元凶もあの深紫の闇ということになるが、それがお前の見解か、小太郎)
(ああ。ではな)
(いい土産だ。後は見ててくれ)
(心に、気合いを入れろ)
(了解だ)
小太郎のおしえてくれた客観的な見解が、オレにできる深紫の闇への対処法なのだろう。
上役うわやくとアルバストをからかってたアルバスト配下の四人組のひとりが、仲間のもとを離れてオレの斬った騎士団統括部崩れをつんつんとつついてる。だが一向に起き上がる気配がないのはどういうことだろう。傷が塞がっても起き上がらないのには何かしらの理由があるのだろうか。
と思う間に四人組のひとりが騎士の腕をつかんでズリズリと魔法陣の上を引きずってアルバストのいる離れのほうに向かおうとしたので、それを阻止しようと動きを見せたら、よせ、と鋭い叱責が飛んで来た。
枢密院殿だ。
「時間をかけろ。今、この間は操ることもしておらん」
云われてみれば騎士団統括部の騎士からの追い撃ちがない。この秘奥の間に集まってきた面々の誰が正気で、誰が操られてるのか、その見極めは出来ないが、こちらにもありがたいことに時間ができるのだ。
そして枢密院殿はオレに動くことを取りやめさせようと思う何かを見つけたようだった。若造のオレよりも老練なその眼に見えてる何かとはなんだと枢密院殿の目線を辿ると、そこに奴らの姿があった。
サーバの王都を襲ったテロリスト、国籍不明のアルバストという女エルフとその配下たち。
そして考えてみれば確かに枢密院殿が注目するように、こんな時間稼ぎをする必要があるのなら、そのまま姿を現さずに隠れてた場所に潜んでいた方がテロリストとしては自然ではないかとオレも思い至った。
なぜ姿を現したのだろう。
今は配下と洗脳集団と手駒には困ってないはずで、姿を現すのは必要のない事のはずだったが、それでも奴らは姿を現した。
枢密院殿はそこをつつこうとしない。時間がほしいという利害が一致してる今なら、敵味方としての情報収集をする絶好の機会だと思うのだが、雇い主殿はそれらを選ばず、どうやら時間稼ぎだけをしたいらしい。
そしてそれは奴らも同じようだった。
秘奥の間に現れたアルバストとその配下は、オレにやられた騎士団統括部の騎士をあからさまに見下ろすと、小声で何かを話し合った。そして何をどう判断したのか、我らから距離を取って、と同時に全員の眼がオレを射抜いた。
「でも敵対してるよなー」「洗脳はー」「失敗みたい」「…………」
どうやらこれを聞かせたいらしい。
ところどころ話の主語が抜けてるので、こちらの撹乱も頭の隅に入れておかねばなるまい。しかし聞いた限りでは騎士に洗脳をかけたことに関しての話し合いのようだ。
ということは暴れ出した魔法陣の効力は、なにがしかの仕込みで我らが魔力を抜かれて弱くなるのと、それからこちらの思考を妨害する洗脳という、二つの効果が奴らの中では見込まれていたのだろうか。
それともオレにかけたのか?
だが小太郎からの指摘はない。オレ自身も問題ない。
ふむ。
色々と思考の糸は伸ばせるが、もっとも警戒すべき敵味方の判別に関しては今の話を話半分で聞いても、これで統括部の面々をあからさまな敵として断じることは出来なくなったようだ。つまり、斬ることが封じられてしまったわけか。
無論、宰相派であることを誇りにしており、洗脳など関係なく我ら枢密院一派を、その用心棒たるオレを敵視してる者もいるだろう。だが生憎オレには誰が洗脳を受けて、誰が洗脳を受けていないのかの判断がつかない。
しかしそれでも襲われることがほぼ確定してるのだ。
洗脳か。
味方が洗脳されて襲って来たら、やはり簡単に斬り捨てることは許されないだろう。特にオレは今の肩書きこそ枢密院殿の用心棒だが、王杖第三席のサドンにはオレがフォルテの王子だということがバレている。
あとあとサドンが庇ってくれることもあるかも知れないが、そこへ持って行くためにはフォルテとライムとの間で対外的には取り引きが交わされる事になる。そしてその取り引きはフォルテの王子が秘奥の間に入って統括部の者を斬ったという事実が世界各国に示されることになるのだ。
これはフォルテからも大目玉を食らうだろう。
もちろんどうしようもなくなった場合にはそれらをわかっていても躊躇なく斬ることになるわけだが、警邏隊、あるいは統括部の面々が正気だったか操られてたか、この肝となる部分は厳格に見極めることが求められる。
そして事と次第によっては枢密院殿の用心棒の立場にあるオレとて、獄に繋がれてもおかしくないことになるだろう。何せそこで手を抜こうものなら枢密院殿にだって重罰が向かう可能性があるのだ。
だがそうなれば枢密院殿も黙っていないだろう。オレが自分の正体を枢密院殿に秘している以上、国家間の問題を背負った覚えはなく、オレが勝手に用心棒に名乗り出て、サーバの統括部の面々を斬ったのだと議論の余地を残すだろう。
残せるのだ。指示ではなくオレが一存で統括部の連中は斬ってもかまわないと動いているのだから。そして残せるのなら枢密院殿ならやる。良くも悪くも仕事の手は抜かないお人だ。
いや、こんなことを考えてはいけないな。
何でこんな方向にオレの心は流れたのだろう。
向こうであの四人組がニヤリとした。
完全にオレを嵌められたこと、そしてオレに攻める手札が減らないことを理解した上での笑顔なのだろうな。
「おいお主ら、性格悪いとよく言われるであろう?」
「言われないよー」「そういう奴は」「とっくに死んでるしー」「…………」
死人に口なしか。
しかし実際はそんな生易しいものではないと思う。何しろ生きていても口無しのまま襲いかかって来るわけで、それが心情的に肩入れしてる警邏隊の方々がオレに向かって群れをなして襲ってくるわけだから、やはりきつい。
警邏隊の方々は素晴らしい。尊崇の念さえ抱いている。その警邏隊の方々がなにも言わずにオレへと襲いかかって来るのだ。たまったものではない。しかもその数たくさん。秘奥の間に何人詰めていたのか、絶対の味方と思ってその数は数えていなかったので、そういった面でも非常に困る。
「お主ら本当に酷いな。しかし…………」
いくらセプティリオンを利用して深度一から攻撃をしようとも、そんなのは召喚魔法の世界では入り口にしかすぎない。
ましてや召喚獣もなしにオレに攻撃を加えようとしても、その攻撃に人の意思というか、魂が入ってないから、ただ刃物を振り回してるだけになっている。
磨き上げた騎士の技が意図もないまま振るわれても、軌道はたやすく読めるし、狙いを隠すような細やかなフェイントもなくあからさまだから間違いなど起こりようもない。
のだが――。
数は暴力だ。
一人を見てる間に二人三人と襲いかかって来る。
「無駄だよー」「うわ、がんばっちゃってるよ、あの子」「でも今回は敵がいっぱいだよー」「…………」
その瞬間に魔法陣から青白い魔力光がオレの足下に流れて浮き上がってきた。
魔力が流れ込む。
四人組の内、三人が口の端を微かに上げて笑んだ。
ああ――。
ゴシップを扱うかのように軽く転がされて思い出した。確かに敵はいっぱいいる。目の前にいるだけでなく、目の届かないところにも。そしてオレは流れ流れてこの地に流れ着いた異邦人なのだということを。
思えばフォルテでうまくいかず、せめて最後は役に立てとライムに送り出されたのがオレであった。そんな存在が所を変えた途端にうまい流れに乗れるはずなどないのだ。
「手を抜いてるからそうなるんだよ」「本気出せよー」「さっきみたいにさー」「…………」
斬らずにやり過ごすのは難しい。
かといって枢密院殿の元に通すわけにもいかない。老いを感じてる枢密院殿は手ぶらで重い物を基本持ちたがらないから、雇い主殿を守るためにオレが頑張らなければならない。頑張らなければならないわけだが、オレに警邏隊の人たちを斬る気はないので当然剣の腹で叩くような動きが増えていく。
「な~にやってんのー」「力を持つとすぐ使いたくなるだろうが」
「そういう貧乏性はオレにはあまりないな」
三人目が茶々を入れるまえに遮って答えた。
力にも色々あるが、まずもって思うのは、力を持ったらすぐ使うというのは火の車の家だけだとオレは思ってる。なにしろオレは王族だった。昔の話だが。
力は振るうものではなく、手に持ってきちんと敵に見せるところに意味がある。
しかしせっかく返事を返してやったのに、返事にでなく、オレが返答したことに奴らは驚きの表情を浮かべていた。
「何を驚く。力を持ったらすぐ使いたがるというのは違うと思うぞ。そんなのは下策も下策、下の下だ。それは力の出し方を誤って、国中から顰蹙を買ってしまうだけにすぎない。実際お主らは既にサーバ中から顰蹙を買ってるぞ」
(いやいや、お前に驚くわ。しかし奴らが顰蹙でも、お前の場合は無能と呼ばれたんだろ)
小太郎から茶々が入ったが、うるさい奴だな。もうすこし包んで言え。
(ふふ」
なぜか小太郎が笑った。
(戦闘中だぞ。シャキッとしろ)
(ああ、そうだな。しかし危なっかしかったがよく耐えた)
(ん? お前が気合いを入れろと言ったんだろうが)
(そうだな。で、どうする。降霊召喚をするなら、すぐにでも殺してやるぞ。星読みの塔でのことはお前の意を汲み取り損ねた俺のミスだしな)
(いや、いいのだ)
オレはもう、ひと息にやろうとは思わん。周囲に与える影響が大きすぎるのだ。奴らの言動とて耐えきった今は煽ってるようにしか思えない。
星読みの塔でさえ爆発するような咒札を仕込んでた奴らだぞ。
放出型の魔法とちがって、設置型の魔法は瞬間で片がつかないから厄介なのだ。そして我らは今、その相手の俎上に載せられている。ここで大きく動いていいよと唆されて大きく動くのは阿呆であろう。
ひと息でやらせたいのか、大技を使わせたいのか。
オレは四人組に鋭い眼を送った。
「どちらにも乗らんぞ。咒札はどっから飛び出すかわからないんでな。少々おっかない」
「な? やっぱ返事だろ?」「二発中ったよな」「マジか?」「…………」
返事の代わりに剣を振った。答えがほしいのなら答えを出せ。
それはオレが答えてやることではない。
そしてオレのひと振りによって魔法陣の流れが断ち斬られると、それまでオレの周囲に集まりかけていた警邏隊の人が動かなくなった。そして目に光をとりもどして行く。真っ先に立ち直った隊長格らしい人が隊員に告げた。
「魔法陣から離れろ」
その指示にオレに近いところにいた人たちほど正気に戻るのが早かった。おかげで彼らが何を言っているのかがよく聞こえる。
「乗っ取られてた?」「入り口まで退避」
判断も警邏隊らしくキビキビとした物がすぐに戻って来た。
こうして近くにいた幾人かは魔力が断たれて正気に戻ったが、その他の人物はまだ魔法陣の影響下にあるようで、どこかぼんやりとしていた。
だが慌てたのは四人組だった。
「おいおいおいおい」「どうやってんだよ」「剣先で魔力操作なんてできるものか?」「…………」
一番左の無口な奴が、相も変わらずひと言も発さぬまま魔法陣に手を置いた。