1.迷いなく
隣にいる男がずっとイライラしていたが、薬のせいでぼんやりとしか考えられない。
この部屋で待たされてから、もう三時間もたっていた。
次第に薬の効果が薄れて意識がはっきりしてくると、
この場にいるのが嫌で仕方なくなる。
出て行こうと立ち上がったら咎められた。
「ルシール、勝手に動くな」
「……もう嫌!あんたの言う事なんて聞かない」
「ちっ。薬が切れたか。いいから黙っておとなしくしていろ」
「嫌よ。手を放して。私は出ていくから」
「どこに行くというんだ。
この国のことも知らず出て行ったところで、
十歳の娘が生きていけないのはわかっているだろう」
そんなことはこの男に言われなくても知っている。
ここを出られたとしても、私には帰る場所なんてないんだって。
それでもこの男たちの思い通りにさせるのは嫌だった。
「生きていけなくたっていい。死んだってかまわないんだから!」
その言葉に周りが驚いているのがわかった。どうしてそんな驚くんだろう。
「ほう。死んだってかまわないと?」
突然、知らない男性の声がした。
そちらを見れば、背の高い男性が私を見下ろしていた。
着ている服からも身分の高い人だというのはわかる。
周りが驚いた顔をしていたのは、私の発言じゃなく、
この男性が部屋に来たことらしい。
長い銀色の髪に凍てつくような青い目。
ノヴェル国の若き国王。義母の話では二十四歳だと言っていた。
こいつに会わせるために私は連れて来られたのか。
悔しくて、思わずにらみつける。
国王は私を呆れるような目で見ていた。
「本当に死にたいのか?」
ああ、どうせ嘘だと思っているのかもしれない。
幼い娘が癇癪をおこして、こんなことを言っているって。
「ええ。自由になれないのなら、死んだ方がましよ!」
無礼だと怒り出すだろうか。
そう思っていたら、ごとりと目の前に剣を置かれた。
宝石や組みひもがついた綺麗な短剣だった。
「本当に死にたいというのなら、ここで死んで見せろ」
脅したくてそう言ったのかもしれない。
だけど、私にとっては背中を押されたようなものだった。
素早く目の前の剣を拾い上げ、鞘から抜いて、
私の首元に当てて思いっきり引っ張った。
国王の目が見開かれている。
止めようとしたのか、その手は私に伸ばされていた。
だが、私の動きの方が早い。
ざまあみろ。
そう思ったけれど、剣の重さのせいで切れたのは首ではなく左肩に近い場所だった。
重い剣が肩の骨にあたって、ごりっとした音が聞こえる。
このままでは死にきれないかもしれない。
もう一度試みるかと思ったけれど、肩を切った痛みで気が遠くなる。
あれ……焦ったような国王の顔……見覚えがある?
「……れおん?」
気を失う少し前、私はルシールとして生まれる前の記憶を取り戻していた。
目を開けたら、違う部屋に寝かされているようだった。
天蓋のついた大きな寝台。
あきらかに高価な家具を見て、貴族の部屋のようだと判断する。
ここはあの男の屋敷ではないようだ。
では、まだ王宮内にいるのだろうか。
「起きたのか」
その声で、寝台の横に人がいるのに気づいた。
ノヴェル国、国王レオンハルトだった。
起き上がろうとしたら、痛みで動けない。
「まだ動くな。さっきまで死にかけていたんだ」
あぁ、そうだった。
私、死のうとしていたんだった。
「お前、倒れる寸前に俺の名を呼んでいた。
……どうしてだ?」
何かを探るような、期待するような、
揺れている目で聞いてくる。
さっきは凍てついたような目だと思ったのに。
前は冬の空の色のようだと思っていた。
懐かしいけれど、十三歳だったころとはかなり違う。
背も高くなって、面差しも大人になっている。
それでも愛しい人に変わりはなかった。
「やっと……帰ってこられたわ。ただいま、レオン」
再会できたうれしさで思わず笑ってしまって、涙がこぼれた。
「……まさか、本当に?リアーヌなのか?」
私はこの国の筆頭侯爵家の長女リアーヌとして生まれ、
十二歳の時に死んでいた。
今から十一年前のことだ。
お茶会の最中に倒れ、そのまま。
レオンにお別れを言う間もなく息絶えて、
その後で隣国の公爵家の長女に生まれ変わっていたらしい。




