魔王編⑯
魔王ルクスを自慢しまくって満足したシービーは、俺を半ば引きずるように研究所へと急いだ。
この焦りよう、きっと遅刻したら怒られるんだろう。……でも、それだけ魔王のことが好きなんだな。あいつのおかげで、俺の中の魔王の印象も少しずつ変わってきた。
研究所の扉が開くと、薬品の刺激臭と、油の混ざった金属の匂いが鼻を突く。
壁際には見慣れない魔導具が並び、その間に、どこか既視感のある……いや、少し形の違う工具や計測器が置かれていた。魔法と科学が奇妙に混ざり合った、異様な空間だ。
「おお、来たか。早速始めるぞ」
白衣を翻しながら、ドルガスが出迎える。その背後から、ライオネットが涼しい笑みを浮かべて現れた。シービーも、その様子を見てほっと肩の力を抜く。
「では、“家電”とやらを召喚していただきましょう」
言われるがまま、俺は電子レンジを呼び出した。異世界に来て最初に手元に現れた、ある意味で相棒みたいな存在だ。
銀色の筐体に、二人の研究者がぐっと顔を近づける。
「……扉の内側に金属の格子があるな。これは?」
「マイクロウェーブを閉じ込めるためだ。中の食材に分子振動を起こして、内部から温める」
「分子……振動……火も魔力も使わんとな」
「そういうことだ」
説明すると、二人の目がさらに鋭く光った。
次に冷蔵庫を召喚する。扉を開けた瞬間、冷気がぶわっと溢れ出した。
「ひゃっ……! な、なんだこれ!? 氷の魔法も使ってねぇのに!」
シービーが身をすくめる。
「圧縮と膨張で熱を移動させてるんだ。外の熱を追い出して中を冷やす仕組みだ」
「……マジでおっさん、ただの変なオヤジじゃなかったんだな」
「今さら気づいたか」
俺が笑うと、シービーはそっぽを向きながらも耳の先が赤くなっていた。
最後にIHコンロを出す。
「火を使わずに調理が可能だと?」
「ああ電磁誘導で鍋を直接温める。魔力じゃなく、電子の流れを使う」
「電子……」
ライオネットの口元がわずかに吊り上がった。その一瞬の表情に、妙な寒気を覚える。
ひと通り説明を終えたところで、俺は少し躊躇いながら口を開いた。
「……もし農業用の重機やトラクターを出せれば、荒れ地を耕して畑を作れるかもしれん」
「それは可能なのですの?」
「いや……電気屋だからな。家電は出せても重機は専門外だ」
頭に浮かんだのは、魔王領の荒野と干からびた畑。何とかできるならやってやりたいが、出せない物は出せない。
「……でもよ」
シービーが横から口を挟む。
「おっさんが出す道具だけでも十分すげーよ。冷やすやつ、温めるやつ、ぜんぶ魔法なしで動くなんて聞いたことねぇ」
「……ありがとな」
素直に褒められると、逆にこっちが照れる。
その後もドルガスとライオネットは質問を重ね、家電の内部構造や消費電力まで細かく聞き出してきた。
俺が説明するたび、二人がだんだん興奮してきている感じがして怖くなったが、俺も新しい家電の説明書を捲るたびに、そんな感じだった気がして親近感が湧いてきた。
やがて休憩となり、ドルガスは俺とシービーを部屋の外へと追いやった。
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「……どうやら確かじゃな。家電に使われるエネルギー……あれはマナではない」
ドルガスが額から汗を流し、喜びとも恐怖ともとれるような笑みで言った。
「ええ。しかも安定した供給が可能……魔力の強弱に左右されない兵器の動力源になり得ますわ」
ライオネットも似たような表情を浮かべる。
「以前は違ったようじゃが、轟が近くに居れば電力が供給され、家電の動作が可能なようじゃな」
「ええ、原理原則は未だ不明。だが、こちらにとっても都合が良い」
「うむ、魔王領の技術者を総動員し、家電の解明にあたろうぞ」
ドルガスとライオネットは無邪気な子供のように電次郎の家電を分解し始めた。
電力の供給と、家電が故障した際の再召喚のため、電次郎とシービーは、隣の部屋でくつろいでいるようにと言われた。
電次郎は「そんなんでいいのか?」と不審に思ったが、シービーから聞いていた魔王ルクスの願いのためと、従った。




