魔王編⑮
ツンツンしているくせに、やけに世話焼きだからおかしいと思ったんだ。
こっちが頼んでもいないのに、飯は出てくるし、洗濯も勝手に終わっている。
しかも文句ひとつ言わず……いや、文句は山ほど言うが、結局はやってくれる。
そんな奴が「何でそこまで?」と気にならないはずがない。
だから思い切って聞いてみた。
「なぁ、お前……なんでそんなに世話焼くんだ?」
すると、シービーは腕を組み、胸を張って、やけに誇らしげな顔をした。
「記憶がねぇんだわ」
「……は?」
何だその堂々とした言い方は。普通、記憶喪失ってもっとこう……しおらしく言うもんじゃないのか?
「物心ついた時には、もう魔王様のそばに居た。自分がどこから来たのかも、なんでここにいるのかも、さっぱりわからねぇ」
「じゃあ……なんで俺の世話を?」
「一つだけ、はっきり覚えてんだよ」
シービーは人差し指をぴんと立てて、はっきりと言った。
「──魔王様の命令は絶対」
その声には迷いも揺らぎもなかった。
「魔王様が『やれ』って言ったら、たとえ地の果てだろうが行く。どんな相手だろうがぶっ倒す。死んだってやり遂げる……それがあたしの全部だ」
その瞳は、不思議なほど澄んでいるのに、底が見えない。
「……で、俺の世話をしろって命令されたと」
「ああ。『この男を見ておけ』ってな。だからやってるだけだ」
あまりにもあっさりした口ぶりだったが、その裏には揺るぎない確信があるように思えた。
「ルクス様はな、すげぇ人なんだぞ」
急に声の調子が変わった。さっきまで淡々としていたのに、一気に熱を帯びてきた。
「まず頭がキレる。剣も魔法も一級品。なのに偉ぶらねぇ。民の声をちゃんと聞くし、弱ぇやつを切り捨てねぇ。笑うときは本気で笑うし、怒るときは本気で怒る」
「お、おう……」
「それにな、魔王様は戦が嫌いなんだ。無駄に血を流すくらいなら、うまく立ち回って全部丸く収めちまう。領民だろうが部下だろうが、損させねぇ」
「ほう……」
「領民の暮らしだってそうだ。寒い地方には温もりを、飢えた土地には食い物を、荒れた街には秩序を持ってくる。やろうと思っても普通はできねぇだろ、そんなの」
次から次へとルクス賛美が飛び出してくる。
こいつ、間違いなく信者だな……と心の中で呟く。
「あと魔王様はな、嘘をつかねぇ。戦いで勝つために策略は使うが、仲間を騙すような真似はしねぇ。言葉に嘘がないから、誰もがついて行くんだ」
シービーの目は真っ直ぐだった。そこには盲目的な信頼と、絶対的な忠誠がある。
「だからあたしは、魔王様が信じた相手を信じる。それが……おっさん、お前ってわけだ」
「……おいおい、持ち上げても何も出ねぇぞ」
「ふん、元から期待なんかしてねぇよ。ただ……」
シービーはそこで言葉を切り、少しだけ視線を外した。
「……魔王様が信じたもんを、あたしが守れなかったら、それこそ一生の恥だからな」
そう言って、にやりと笑う。
ツンとした表情の奥に、ほんの少しだけ柔らかい色が混じって見えた気がした。




