学園編㉑
♦-/-/-//-/-魔王城/--/-/-/--/♦
魔王城、深奥の謁見の間。 黒曜石で構築された壁は、魔力の鼓動に呼応するように脈打ち、仄暗い蝋燭の灯りがその影を揺らしていた。
インスーラは跪き、玉座に座する“主”を見上げていた。
「……“特異点”の追跡が滞っているようだな、インスーラ」
「申し訳ありません、魔王様……」
インスーラは、数多の言い訳を用意していた。しかし、この場においてはすべてが無意味。主の前では、ただ沈黙こそが最も誠実な応答であることを悟った。
「ですが、一つ気になる情報が……」
「申せ」
「王族の一人が、魔法学園エルグラッドに入学したとのことです」
「王族がエルグラッドに?」
魔王は声を曇らせた。
「はい、名前も目的も不明ですが確かです。そして、“特異点”が放ったであろう魔道具が飛来してきた方向もエルグラッド方面……」
インスーラは俯きつつもはっきりとした口調で言った。
「なるほど、調べる必要がありそうだな」
「はい、ただちに手配いたします」
「しかし、あそこには難儀な結界が張ってある。ことを荒立てると勇者も動きかねん。策はあるのか?」
魔王の口から勇者の名が漏れると、インスーラは空間全体が酷く重くなったことを感じた。
「お任せください、うってつけの者がおります」
自信ありげなインスーラを見やった魔王は、それ以上何も言わず、闇に消えた。
♦-/-/-//-/-ボルトリア王国/--/-/-/--/♦
ボルトリア城内。正午の鐘が、首都の空に静かに鳴り響く。
王宮の謁見室。陽光と静寂が満ちるその空間に、ミカは姿を現した。
ロココ調の黒いドレスを翻し、慌てるように一礼を済ませた。
「なぜ姫様を、エルグラッドへ向かわせたのじゃ?」
王は茶をすすり、穏やかな笑みを浮かべた。
「あの子がどうしても行きたいと申してな」
「なんと……結界が強固とはいえ、危険じゃろう。わしの手も届かぬし、一体何を考えておる」
「可愛い子には旅をさせよ、そう言うではないか。護衛も精鋭を付けた。一年限りの特例だ。場所も場所、心配は無用」
王の目が、わずかに細められた。
「……親バカも聞いてあきれるわい。じゃがまぁ、多少の危険を承知だとしても、生涯をこの檻の中で過ごすよりマシかもしれぬ……」
「ミカよ……そなたが背負った業は、私の代でも償いきれぬ。だからこそ、できることがあるならば、私は喜んで力を貸そう。電次郎のときのようにな」
ミカの悲し気な表情を汲み取ったボルトリア王は、深く頭を下げた。
「よさんかアレス坊。わしの業なぞ無きに等しい」
「そう言ってくれるだけで、我らボルトリア王族は報われる」
「言っておくが、お主ら王族だけのためではないぞ。ボルトリアの全ての国民のためにわしはおる。ゆめゆめ忘れるでない」
「あい分かった。これからもよろしく頼む」
王は再び頭を下げる。
「うむ……しかし、これではどっちが王様かわらなんなぁ」
「アレス坊などと呼ばれたのは、いつ以来か。昔が懐かしまれるのぉ」
ボルトリア王アレスト・グラン・ボルトリアとミカは夜更けまで語らい、笑い声は城に静かに響いた。
自室に戻ったミカは、
「電のじ……エネッタを任せたぞ」
窓からのぞく夜空に願いを込めた。




