火の神子は風の神子を怒らせる
『しかし、火の大陸も風の大陸も、少子化問題を問題と思っていないのは大問題だよな』
『そうだね』
オレとハルナは改めて、本題に向き合っている。
風の大陸は、子供がいないことを問題としていない。
火の大陸は、少子化に気付いていても、それ以上に優先させたいものがある。
まあ、オレが担当する火の大陸は神官が「神子」に対して協力的なだけマシだとは思う。
どんな命令でも従いそうな危うさはあったが、それで問題が解決するなら、オレとしては好都合だ。
『現実的に国が解決できないような問題を、15歳のガキどもに任せるとは、正気じゃねえよな』
オレたちの世界でも、お偉いさんたちが無駄に税金を使っても、解決しない問題だった。
『ゲームではどんな風に解決したんだ?』
その「乙女ゲーム」がこの世界で実際に起きたことを元にしているのなら、そこになんらかのヒントがある気がする。
『神子たちが不思議な力を神官の世界へ向かって送り続ければ、自然に増えていった』
……待て?
それは本当に神の力……、「神力」を使うってことか?
あの少女漫画の主人公のように?
『超常現象でしかない』
思わず溜息を吐きたくなる。
そうだな。
ここは、魔法の世界だった。
その不思議な力が基本なんだ。
オレたちの常識で測ってはいけない。
『原作の「救いの神子」たちはどうしたの?』
今度はこちらに尋ねてきた。
『原作から離れた時代だから、具体的にどうしたとかは描かれてなかったんだよ。ただ人口減少を止めて、滅びの世界を救ったから「救いの神子」とされた、だったはず』
考えてみれば、この世界は、あの少女漫画の時代からずっと昔の話だった。
それも、千年単位の話ではないはずだ。
少なくとも、六千年前の話はそこそこ描かれていたのだから。
だから、具体的な世界の救った方法までは、記録に残っていなかったかもしれない。
もしくは、作者があえて描き残したくなかったか。
あの世界ではそれもあり得るから困る。
『単純に「ヤれ」って命令するか? 分かりやすく年頃の男女は「一日一発」を義務付けるとか?』
これなら分かりやすいと思うが……。
『直接的過ぎる!』
駄目らしい。
顔を真っ赤にして書きなぐられた。
『でも、言葉を飾ったって、結局、そ~ゆ~ことだろ? 避妊せずに数をヤれば、ポコポコとできるんじゃねえのか?「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うだろ?」』
現代社会は避妊をするから、少子化になっている可能性もある。
戦国時代の武将の子供は今では考えられないほどの数だったりするし、今から百年と離れていない昭和時代すら一人っ子は「子供が可哀そう」と言われてしまうほどの話だったと聞いている。
つまり、避妊具メーカーは少子化の敵ってことか?
『だから、表現!』
『表現? 男女の営みを大切にしましょう?』
一応、控えめの表現を考えてみる。
『そして、それを、どう神官に伝えろと?』
『軽いセクハラだな』
オレは、中身が男だからそれを口にすることに対してそこまで抵抗はないが、外見は女だ。
しかも、整った顔立ちの若い女。
オッサンに向かって言うならともかく、頭を疑われるかもしれん。
いや、流石にオッサンでも引くか?
それ以外の表現か。
それも、女が言っても問題がなさそうな言葉で……?
『生物の本能を否定することは神の教えを否定するとかなんとか?』
この辺が妥協点か?
あの神官はオレが神の言葉を聞けると信じていた。
これなら、説得力もあるんじゃないか?
オレの文字を見ながら、ハルナも考え込む。
『その言葉なら納得できなくもないけど、仮にも神子という聖女が神官と言う聖職者に対して生殖行為を勧めるってどんな世界だ!?』
ハルナは頭を押さえながらも、そんな言葉を書いた。
『生殖行為って?』
あまり見覚えのないその言葉を自分でも書いた直後に……、その字面でハルナの言いたいことを理解する。
『ああ、セッ』
そして、現代人にも分かりやすい言葉に直そうとした時……、ハルナから、目の前の紙を奪われ、両手でぐしゃりと丸められてしまった。
なんとも分かりやすい。
「ら、ラシアレス様!?」
ハルナの背後にいた世話役が驚いた声を上げる。
どうやら、あまり、素のハルナを知らないようだ。
意外と感情的で反応がいちいち面白い、この女の素を。
近くにいるのに勿体ない。
どうせなら、もっと反応を見たいと思ってしまう。
いい年したオッサンたちが、若い女にセクハラ発言をしたくなる理由を理解する。
だから、オレは……。
『落ち着けよ、処女』
と、渡された紙に大きく書いてやった。
それを見たハルナは、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。
図星らしい。
『うるさい!!』
同じように、紙に大きく書き返された。
そして、考え込むハルナ。
本当に彼女は表情がくるくると変わって面白い。
「アイル、この世界では罪人たちってどんな扱いを受ける?」
ハルナは、自分の背後にいる使用人にそんなことを確認し始めた。
ちょっと待て?
もしかして、これはネットでよく見る「おまわりさん、こっちです」ってやつか?
「は? ざ、罪人でしょうか?」
何かを察したのか、アイルと呼ばれた女の視線がオレに突き刺さる。
「罪を犯した内容にもよりますが……、大陸によって異なるとは聞いております。シルヴァーレン大陸では、最高刑で他者による魔法死刑。次いで、服毒死。その次は魔法力枯渇系刑」
風の大陸は、死刑推奨大陸らしい。
だが、人口減少が問題になっているこの世界で死刑にしてはいかんだろう?
いや、風の大陸は少子化を火の大陸以上に気にしていなかったか。
その命の軽さが一番の問題なんじゃねえか? 風の大陸!!
だから、あの少女漫画の主人公やその護衛たちがかなり苦労することになるんだよ。
「ロメリアさんの大陸ではどうするか伺っても?」
さらに、ハルナはオレの背後にいる世話役にまで声をかけた。
直接攻撃ではなく、周囲からじわじわと追い込みをかける辺り、なかなか黒い性格をしているようだ。
「え? あ……、我が国では最高刑は魔法の的、次に魔法力枯渇刑、そして、新型魔法の実験体となっており、死による救済はありません」
死が救済ってなんだ!?
それって、死んだ方がマシってことだよな?
……そういや、そういう世界だったか。
「ラシアレス様。我が主人が何か、貴女様に対して無作法でも?」
オレの背後にいるロメリアの声が鋭い。
怖くて後ろを向けない。
下手に目線を合わせると、謝りたくなるような冷たい視線を向けられるような気がする。
「ただでさえ少ない人間が、各大陸で罪を犯せばどうなるかを知りたかっただけなの。刑罰の名のもとに、些細な罪で人口を減らされるのも困るから。でも、恥ずかしながら、わたしも知らなかったし、アルズヴェール様もご存じないようでしたから」
そう言いながら、ハルナがオレに目線をよこしたので、無言で頷くだけにした。
これ以上、余計なことを書くなという脅しだろう。
そこまで脅されて、さらに反撃をする気はない。
オレは精神的に苛められて愉悦に浸るようなマゾではないのだ。
「確かに……、神子様たちにお教えするような知識ではありませんから、ご存じないのは当然でしょう」
ロメリアはそう言った。
『オレに対する仕返しが酷い。上級者向けの言葉責めだ』
『誰のせいかな?』
オレの言葉に対して、にっこりと擬音が尽きそうなほど良い笑顔を向けられた。
『分かってるよ。からかいすぎたよ』
あまりにも、反応が可愛かったからといって、調子に乗り過ぎたのは認める。
『悪かった』
だから、頭を下げる。
謝罪は大事だ。
本当ならちゃんと言葉にしたいが、それをしてしまうと、背後の二人に怪しまれるから、紙の上だけで許して欲しい。
『そう思うなら、二度と、あんな言葉を書かないで』
ハルナは少しだけむっとした顔で、そんな文章を書いた。
だけど、なんだろう?
そんな姿を見ても、可愛いと思ってしまう。
『本当に悪かったよ』
だから、もう一度書く。
そして……。
『でも、本当に可愛いな、ラシアレス』
本音も一緒に書いた。
本当なら、これこそ口にしたい。
『そりゃ、乙女ゲームのヒロインの一人ですもの。ある程度の愛らしさは持っているでしょうね』
だが、ハルナはそんなことを書いた。
「乙女ゲーム」のヒロイン?
ああ、外見の話か。
『いやいや、違う違う。オレが言いたいのは』
分かってないな、この女は。
『ラシアレスは、外見だけじゃなく、その中身もとても可愛い』
そう思っていなければ、こんなに構いたくなるはずがないだろ?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




