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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第2章】少女漫画と仮定する
31/60

火の神子は風の神子と密かに話す

 自分でもよく分からないこの世界に来て8日目。


 オレは、今日もラシアレスと密会をしていた。


 尤も、立会人たちが互いの背後で目を光らせている上、中身はともかく、オレの外見が、誰が見ても文句なしの美少女の時点で、この状態を「密会」と言って良いのかは判断に困るところではあるのだが、オレ自身は、この状況を「密会」、「逢引」だと認識している。


『思ったよりも問題が手強くて困る』

 その密会相手であるラシアレスは全く、そんな気もないようなのが、問題だった。


 すらすらと書かれた文字。

 オレと違って紙にひっかかることもなく、随分、この筆記具に慣れていることが分かる。


 さて、今回のお題は「神官との会話」だった。


 なんでも、ラシアレスと話した神官はかなりの子供嫌いだったらしい。

 しかも、少子化、人口減少についても、何とも思っていないようなタイプだったそうだ。


「へえ……、少子化問題に全く関心がなくて、その上、子供嫌いの神官様か……」

 思わず、そう口にしていた。


 あの世界でも、神官は子供好きという印象はなかった。


 その頂点に立つ大神官と呼ばれる方ですら、自分の遺伝子が次世代に伝わることを喜ばないような人間だったから、余計にそう思ってしまうのだろう。


 まあ、その前に至る行為に対して無駄に熱心な「下種な神官」が多すぎる問題もあったようだが。


『声、声!』

 ラシアレスはそう書き込みながら、頭を抱えている。


『いや、これは口に出しても良い問題だろ?』

 後ろの二人に聞かれても問題ではない話だとは思う。


 それでも、ラシアレスが望むなら、それに合わせるけど。


『あなたに自覚がなくても、わたしたちはライバルなの。競争相手なの!』

「あ~、忘れてた、忘れてた」

 その一生懸命な顔に癒されて、思わず書いた文字と同じ言葉を口にしてしまうと、ラシアレスは再びオレを睨んだ。


 好みの顔が睨んでも怖くない。

 寧ろ、ご褒美だ。


 あの少女漫画に出てくる護衛の男が言った言葉が我が身に染みる。


 勿論、彼女の外見と中身が全く違うことぐらいは十分承知である。

 こんな可愛らしい容姿の人間が、現実の世界にもいたら、悪い男に騙されて美味しく頂かれてしまうだけだろう。


 それでも、この表情の変化は、外見だけではなくその中身の影響をしっかりと受けているとは思っている。


 現実の「ラシアレス(ハルナ)」はどんな女なのだろう?


『ところで、火の大陸はどう? あなたも行ったのでしょ?』


 オレを睨むのにも飽きたのか。

 ラシアレスが別の話題を書き込んだ。


 どうでもいいが、オレとラシアレスが書き込むたびに、後ろの二人が覗き込むのは止めて欲しい。


 どうやら、二人ともオレたちが書く日本語を覚えたいらしい。


 だが、教える気はない。

 少なくとも、オレはロメリアに教えたいとは思っていなかった。


 常に「神子」の傍に控える従者。


 確かにその存在には助けられているとは思うが、こいつらは「神の手先」でもあると思っている。


 つまりは、オレにとって「敵」だ。


 そして、最後の最後で裏切る可能性が高い。

 利用できるうちは利用させてもらうが、自分の懐に入れる気はなかった。

 

 利用しているのはお互い様だからな。


『火の大陸の神官は、魔法の暴発について困っていた』

『魔法の暴発?』


 実際には、始めは少し違った。

 あの神官が気にしていたのは土地の荒廃についてだった。


 だが、オレが「全てが神の意思」だと告げた途端、思い当ることがあったようで、あの大陸での「魔法の暴発」の話題が上がったのだ。


 この時代は「古代魔法」が主流だ。

 自分の魔力を使って、大気中に巡る精霊たちを直接使う魔法。


 あの少女漫画の時代では「現代魔法」と呼ばれる近代的な魔法が主流だった。

 確か、自分の魔力を利用して、大気中の精霊たちの力を借りる魔法。


 精霊を使うか、借りるかならば、どう考えても直接使う方が威力も大きい。


 だが、その精霊たちにくれてやる魔法力(えさ)も相応に必要となり、精霊たちが喜ぶ魔力の質も必要となるに、「古代魔法」の使い手はかなり少ないという設定だった。


 尤も、あの少女漫画の後半は、その「古代魔法」だけでなく、神の力を直接借りるという「神力」を使った究極魔法のオンパレード状態ではあったが。

 もしくは極大魔法のバーゲンセールか。


『魔力が強すぎて、魔法の制御ができないらしい』


 あの大陸ではそれだけ魔力の強すぎる存在が多いのだ。

 そして、大気中の魔力……、精霊たちの勢いも強すぎる。


 力と力のぶつかり合った結果……、人間たちが使う魔法は暴発しやすくなり、土地は荒廃していくという結果に繋がっているのだ。


 まさに負の連鎖!!


 だが、土地の荒廃に関しては、今のところラシアレスに伝える気はなかった。


『それに対して、なんと返答したの?』

 ラシアレスは興味津々な眼差しをオレに向ける。


『すぐに返答できないから、持ち帰って、前向きに返答するって答えた』

『どこのお偉いさんですか?』

 好奇心旺盛な表情からの見事な破顔。


 なかなか男心が分かっている流れだが、恐らく、当人にその意識はない。


『多分、その原因はなんとなく分かっているんだよ』

『分かっている?』


 思いのほか、ラシアレスはオレとの話題に集中してくれる。


 自分が興味のある話題だからというのもあるのだろうが、根が真面目なのだろう。

 すぐにその表情を真剣な顔へと切り替える。


『魔法の暴発、暴走は、想像力と創造力の欠如だ』

 オレがそう書くと、ラシアレスはゴクリと喉を鳴らした。


『それは、古代魔法も現代魔法も変わらなかったはずだ。そして、聖女が誕生する前のこの時代は間違いなく古代魔法しかない。かなりの意思の強さが必要だと思う』


 これはあの少女漫画の常識であり、乙女ゲームの方にはない知識なのだろう。


 ラシアレスはそれをしっかりと読み込んだ上で……。

『長文だね』

 笑いながら、こう書いた。


『悪いか?』

 オレがそう書くと、微笑みながら首を横に振ってくれる。


 どうやら、悪くはないらしい。


『で、それを上手く伝えるにはどうしたら良い?』

『おいこら、ライバル?』

『協力者だろ?』

 どうせなら、上手い言い方を教えてもらいたいものだと思っている。


 オレが言うと、どうしても角が立ちそうなのだ。

 どうも、神官に対して不信感しかない。


 ……洒落ではなく、あの少女漫画を読んでいると、徐々にそんな考えを植え付けられてしまうのだ。


 神官は女の敵だと。


 あの少女漫画の作者は、男……、特に神官が嫌いらしい。

 憎しみすら感じられるほどだった。


 一体、何があったのだろうか?


『協力者でもあり、好敵手でもあるの。こういった部分は自分で考えなければ駄目でしょう? アルズヴェール』

 ラシアレスはちょっと意地悪く笑いながら、こう書いた。


『ケチ』

 だが、オレがこれだけ書くと、その口をあんぐりと開ける。


 いや、見事な開きっぷりだった。


『ケチじゃない。その辺は大事なんだから。なんでも教え合うのは協力ではなくて、ただの共依存になってしまうの』

『共依存?』

『お互いに対しての依存症。酷いDV男から離れられない女性って言えば分かりやすい?』

『オレは彼女に暴力を振るったことはないぞ』


 これまでに散々な相手と付き合ってきたと悪い意味で自負しているが、それだけは一度もやったことがない。


 最近なんか、逆に振るわれたぐらいだ。

 それほど痛烈なビンタだった。


 かけていた眼鏡が無事だったのは、奇跡と言えるだろう。


『今のはただの例えだから。でも、お互いべったりと甘え合う関係は良くないってことぐらいは分かるでしょ?』

『甘えることもできない関係も辛いぞ』


 一方的に甘えられるのはきついだけだがな。


『甘えちゃダメってわけじゃなくて、甘えすぎ……いや、相手に過剰な期待をしすぎるなってこと。仲が良くたって、結局は他人だからね』


 ああ、それは嫌というほど分かっている。

 相手への過剰な期待は、裏切られた時が辛い。


『冷めてるな、ラシアレス』

『だから、独り身だったんだよ、アルズヴェール』

 その理由も分かる気がして、思わず笑いが出てしまう。


 この目の前にいる女は真面目で、気丈で、強すぎるのだ。

 こんな女が彼女なら、相手の男が自信を喪失してしまうぐらいに。


『強すぎると、男は避けるからな。自分がいなくても一人で立てるような女の傍にいると辛い』

『辛い?』

『お前なんか不要だって言われている気分になるんだよ』

 そう書くと、ラシアレスは不思議そうな顔をして首を捻った。


 それだけで、彼女の歩んできた道が見えてしまう気がする。

 一人で歩むことに慣れていて、横で支えられる心強さを知らないのだ。


 そして、恐らく、彼女からは「一人でも平気だ」とか、「弱い男の方が悪い」などの強気な反論が来るだろうと予想して……。


『そんな器の小さい男なら、要らないな。わたしは前で守られるより、一緒に横に並びたいから』

 オレの予想に反して、ラシアレスはこう書いた。


 ―――― わたしの前で護ってくれるより、あなたにはずっと隣にいて欲しいんだよ


 そんな台詞を思い出す。


『どうして、そう思った?』

 手の震えに気付かれないように文字を綴る。


『前に立たれると、相手の顔が見えないからかな? だから、個人的には横に並んで欲しい』


 ―――― 背中からじゃ、あなたの顔が見えないでしょう?


 何故、そんなことをあの主人公が口にしたのかは分からない。

 相手の男はそれで納得してしまったから。


 だけど、オレはもし、そんなことを言われたら、こう返したかった。


『それは、正面から向かい合えば良いのでは?』

 これなら相手を庇いながらも、互いの顔が見えるのではないか?


『それじゃあ、前に進めないでしょ?』

 オレの言葉に、あっさりとその答えを書き込む。


 あの言葉は……、ずっと一緒に歩きたいってことだったのか。


 ラシアレスにとっては深い意味のない言葉。

 だが、オレにとっては目から鱗が落ちるような思いだった。


『なるほどな』

 ずっと謎だった疑問が解けた気がする。


 そして同時に……。


()()()が神子に選ばれた理由が分かった気がする」

 オレにはそう思えたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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