めんどくさいけど人生初デートしてみる
……気が付くと、俺は街の路地裏のような所の出口付近に居た。
すぐ前に大通り?があって街並みが見える。
テレビやネットで見るヨーロッパの風景みたいだ。
ただ、車とかはない。中世ってやつか?
でもゲームとかアニメに出てくる「中世」ヨーロッパ風世界って実は近世だとか聞いた気がする。
中世と近世で何が違うのかはしらねーけど。
うーん。どうするか……。
めんどくさいな。
俺は座り込んだ。
普通なら好奇心を持って軽く見て回るんだろうけど……なんかやる気でない。
元の世界でも、オランダ村だの、ドイツ村だのあったけどさ、ああいう所に行きたいとも別に思わなかったし。ここもそういう所と大差ないような気がする。
それより家でゲームしたりアニメ観たりしてた方がずっと有益だ。
この世界にはそういった娯楽は無いように見える。……それって最悪じゃね?
それに飯の種類も少ないだろうし、ベッドの寝心地とかも悪そうだ。風呂もシャワーだけかもしれない。いや、シャワーすら無いのかも。
メフィストはいい思いが出来るとか言ってたけど、とてもそうは思えない。
異世界に行くとか一見夢がありそうだけど、その実態はタイムマシンで過去の未開で野蛮で不衛生な時代に飛ばされるようなもんだろ。
病気になったら助からないんじゃね?治癒魔法とかあるのかもしれないけどさ…それをかけてもらえなかったら終わりじゃないのか。
はぁ…どんどんネガティブスパイラルにハマって行くわ……。
俺は頭を膝に埋めて、貝のポーズになって途方に暮れた。
…………。
「あんた、邪魔よ!そこをどきなさいよ」
「うん!?」
見上げると……一人の少女が両手を腰に当てて俺のことをにらんでいた。
……凄い、かわいい。こんな整った顔、初めて見た。元の世界のアイドルでも声優でも、こんな飛び切りの美少女はいないんじゃないか。
千年に一度の美少女とかいうのがいたけど、全然比較にならない。
髪は金髪で長く、ポニーテールにまとめて縛っている。服装は、鎧だ。しかし甲冑をまとっていながらも、かなり華奢で細い。腰には剣を帯びている。
「そんな所に座り込んで、迷惑じゃない。立ち上がりなさいよ」
「……えっと……」
自慢じゃないが、俺は女と話すのは得意ではない。というか、近い世代の女と会話するなんて、妹の美里を除いたら最近の記憶にない。
つーか、ぼっち…じゃなくてソロだから同世代の男ともろくに会話してないのだが。
……美里……。そうか、もう妹にも会えないんだな……。
「あんた何ぼーっとしてんのよ、ほら立ちなさいよ!」
そう言って彼女は俺の腕をつかんだ。鎧姿だが素手にしているのは戦闘態勢じゃないからだろうか。指が細くてとても綺麗だ。
しかし、引っ張っても彼女は俺を立ち上がらせることはできない。女の細腕にしては力は強い方かもしれない。一応戦士のようだし。
だが、メフィストが言っていたように俺の肉体が強化されているからだろう、彼女は俺をどうすることもできない。
「あ、あんた意外と力あるわね……」
つーか、俺はこの路地をふさいでいるわけじゃないんだが。横をすり抜けることは十分可能だ。
この女は何で俺にかまうんだろう。俺に気があるのか?異世界に来てモテ期が到来したのか?
モテてしまったのなら、しょーがねーか。
俺は立ち上がった。サトシ、異世界の大地に立つ!あ、最初立ってたけど座ったんだっけ。
彼女は少しほっとしたような顔をした。
立って気付いたが、女の背はさすがに俺よりは少し低い。
「それでいいのよ。あんた、ここで何をしてたの?」
「何って……」
「まあいいわ。……あんた、力があるなら、ちょっと手伝ってくれない?」
「……」
そら来た。早くも面倒ごとに巻き込まれてしまいましたよ。
俺はあの悪魔に出会った時から、これからめんどくさいことに巻き込まれることを予感してたね。
そして早速こうなったと。
……まあでも、こんなかわいい子に頼られるなら、最初の出だしとしては悪く無いか。
「手伝うって、何?」
「ちょっとした仕事よ。ところであんた、名前は?私は22位銅印騎士、マリーヒェン・フォン・マリーンドルフ。これでも由緒正しい貴族の末裔よ」
彼女は右手を自分の胸に当てて、得意げな顔をした。胸と言えば、この女のは女性用の鎧らしく胸の所が大きく出ている。その形の通りならスタイルはかなりいいはずだが、脱いでも凄いのだろうか?
「俺は……佐藤聡」
「サトウサトシ?変な名前ね……服装も変だし、異国の人かしら?じゃあサトシって呼ぶわね、いい?」
「あ、ああ……」
ガーン。服が変って、陰キャに対して『服が変』は禁句なんだぞぉ!
でも今の服って、死んだ時の部屋着のままだからなあ。シャツとゆるズボン。外でこのカッコのままはまずいな。
あと変な名前って、この女もたいがいじゃね。マリーなんとかマリーなんたら……マリマリは無いとして、マリーって呼べばいいのかな。馴れ馴れしいか?でも一度で覚えられなかったし。俺は人付き合いを絞っているから、人の名前を覚える機会はそうはない。
「マリー……マリーさん?」
「い、いきなりファーストネーム呼び!?普通はマリーンドルフ殿とかでしょ!」
あ……そうか……いやでも、この女は俺をサトシって呼ぶんだろ?だったらおあいこじゃね?
「まあマリーでいいわ。それより仕事の話をしたいの……そうね、そこのカフェで話ましょ」
「!!」
お、女とカフェだと!?こ、これは……確かに、異世界に来て良かった!!
とまでは言わないけど……でも、カフェで女と何話したらいいんだよ……あ、仕事の話をするのか、じゃあ聞いているだけでいいんだろうな。
俺とマリーは路地を出てすぐ近くのオープンカフェの空いている席に座った。
メイド服の子が注文を取りにくる。
「コーヒー2つ。あんたもそれでいいわよね?じゃ、それで」
勝手に決められてしまった。無遠慮な性格だよなこの女。
この世界はコーヒーはあるのか……意外と前の世界と同じ物があるのかもしれない。少し希望が持てそうだ。漫画は無くてもラノベくらいはあるのだろうか?
「鎧のままカフェに入るなんて無粋だけどしかたないわね、私は騎士なんだし」
「騎士……そう言えばさっき、22位銅印騎士とか言ってたけど、それって」
「あ、もう来た!ここのコーヒー美味しいのよねー。ねえ、砂糖は何杯入れる?」
「え……2杯で」
この世界には角砂糖は無いようだ。
「そう言えばあなたの名字?ってサトウって言うのよね。この砂糖と関係あるのかしら」
「あ、いや、たまたまで……」
メフィストが言っていたように会話は普通にできているけど、完全に日本語圏として会話が通じているのが謎だ。まあ、上手い事変換されているのだろう。
それより22位銅印の件がはぐらかされたのは……まぁいいや、さほど興味もないし。
砂糖をどっさり入れたコーヒーを一口飲んだ後、マリーはテーブルの上で細い指を伸ばして交差させるように組んで、また話し始めた。
「えーと、仕事の件よね。この街の中に、最近魔物が出るらしいの。それを退治して欲しいって依頼されてるから、あんたも手伝って。ね、簡単でしょ?」
「え……他になんかないの?例えば……どんな魔物なんだよ」
「青い奴らしいわ」
「……それだけ?」
「それだけ」
何つーアバウトな。いわゆるポンコツってやつかな、この子は。
この世界の奴はみんなこうなのか?マリーだけだと信じたいが……。
俺はため息をついて、マリーを軽く皮肉る。
「それだけじゃ、向こうから出てきてくれでもしてくれないと無理だわ」
「そうだな、だからこうして自分から来てやった俺に感謝することだな」
!!?
振り返ると、青い奴がいた。
普通の人間より一回り大きいサイズで、人型をしているが、体全体が青白い炎になっている。
デフォで火だるまって感じだ。顔の目と口に当たる所には、暗い色のくぼみがある。なんとなく笑っているように見えた。
「俺の名はブレイザーだ。正確には魔人の種族名だが、あいにく俺たちには個々の名前が無いのでなあ」
「…………」
俺はあっけに取られて言葉が出なかった。昔遊んだロールプレイングゲームにこういう奴がいたが、実際に目の当たりにしてみると、実に不思議な感覚だ。
ただ、不気味とか気持ち悪いという印象はなかった。ごく自然に火だるまになっていて、それは元からそういう姿なんだと直感的に理解できる。
と、突然マリーが椅子から立ち上って叫んだ。
「抜刀!!」
ん?その掛け声って一人で言って意味があるのか?俺は剣を持ってないから何もできないんだが。
いやそれどころじゃない、こんな時に俺は何しょうもないツッコミを入れてるんだ。
そしてマリーはブレイザーに飛び掛かる――
「たあっ!!」
ジャッ!!
マリーの剣がブレイザーの肩の位置から袈裟懸けに入った。
上段斬りが綺麗に決まった……かに、見えたのだが。
「ふっ、体をかき回されて、いい気持ちだぜ。俺らの種族にとってはむしろ健康法だな」
そう言ってブレイザーは斬られた側の腕を振った。
全く効いていない……。
マリーが悔しそうな顔でつぶやく。
「物理が通用しない……私の魔力付与されてない剣ではダメなのね、やはり」
ブレイザーとやらは気体のような存在で、実体がないようだ。そりゃ物理攻撃は効かないだろうな。
となると、身体能力が高い俺でも、どうにもならないのか……。
「そら、お返しだ!」
「きゃあっ!!」
ブレイザーがアッパーのような動作でマリーをぶっ飛ばした!
ごろごろと後ろに転がるマリー。
俺はすぐに側に駆け寄った。
「大丈夫か!」
「う……うん」
幸いマリーはかすり傷程度ですんだようだ。ポンコツでも騎士というだけあって受け身は取れていたようだ。
しかし……次はこうはいかないだろう。つーか、向こうだけ物理攻撃できるとか卑怯だろ……。
オン・オフみたいに物理を切り替えできるのか?
「どうした、もう終わりか?」
心なしか奴の顔がニヤついているように見える。
こいつ……マリーに乱暴したのも許せんが、ただし先に切りかかったのはマリーであったりする。
一回反撃する権利は奴にはあるかもしれない。
それよりも……
俺の人生初デートを邪魔したことが……それが一番、許せねえ!
あ、デートじゃなくて仕事か。
とかどうでもいいことを考えている暇はない。
どうすれば……。
……あれ?周りの景色がさっきから動かないぞ。
マリーもブレイザーも固まっている。
音も聞こえない。
いったい、俺はどうなっちまったんだ!?
「さあ、選択の時間が来たレスよ」
気が付くと目の前に、またあの悪魔がいた。