267◇不死に関する考察
それは和平会議に赴く前。王都の酒場・生命の雫亭で行われた会話。
「『不死』なんてあるのか?」
そう尋ねたのはクロ。
美女に囲まれた『黒の英雄』の卓には、もう一人増えていた。
趣味の悪い熊っぽいぬいぐるみを抱えた、眼帯の童女だ。フード付きのケープマントによって隠れているが、髪の色はマゼンタ。『編纂の英雄』プラタナスカイ。
彼女は鶏の足の唐揚げをつまみ、小さな口が肉を噛む。もぐもぐ。
「定義によるだろう。そもそもが矛盾した語だ」
「あー……生き物は必ず死ぬんだから、死なない何かは生き物じゃない?」
「うむ。単に精神の連続性を保つ、ということなら転生者は全員当てはまる。世界を越えてなお、過去生から地続きの己を生きているのだから。次があるかは分からないわけだが」
「前回、アルとイヴが戦った双子が気になる」
「両名が七回、オーレリア嬢が一回、致死レベルのダメージを与えたにもかかわらず死ななかったそうだな。不死性を感じさせる敵がもう一人いた筈だが?」
様々な生き物に姿を変える、角の生えた女性だ。
「あれは多分、鬼だろう。元々丈夫な種族が英雄規格として転生した上、形態変化と『治癒』を上手く使って不死に見せかけてるんじゃないか」
クロはヘケロメタンでシュカという女性に逢った。角を折られた鬼。薔薇を鏤めたような毛髪。旅団の英雄と似通った点があるとして、話を聞いてみたのだという。
「有り得るな。現地人は転生者を別の生き物のように扱うことがある。そう思わせてしまう程に、転生者に掛かる補正は強力なものだ。彼らから見て我々が不死に近い耐久性を持っているように、我々から見てさえ驚異的な耐久力を持った生き物がいれば、それを不死と感じることはあるだろう」
「あぁ、でも双子の方はグラス経由で貰った映像を見ても、よく分からなかった」
コンタクト型の万能機器・グラスは映像記録とその送受信が可能。旅団戦の情報は連合で共有されていた。
「ふむ。可能性は幾つかある。一、未知の色彩属性。二、『治癒』に特化した魔法使いで、死の脅威に先んじて再生の魔法式を組んでいた。三、宝具、四、血廻系スキルの持ち主」
一の可能性は低いだろう。『黒』以外は、今の所被っていない。
二はまだ有り得るが、オーレリアに引き裂かれた時に粘液化したことの説明がつかない。冠絶した『治癒』の遣い手であるというなら、必要のない過程だ。
三であればあるいは擬似的な不死も成立させられるやもしれぬが、オーレリアは一度彼女をバラバラにしている。体内に隠し持っていたのだとしても、あの攻撃を受けては露出する筈。映像に装飾品は確認出来なかった。
残るは一つ。
「けっかい、系?」
聞き慣れない語だったようで、クロの発音は怪しかった。
「スキルは先天が一項目、後天が三項目あるのがあなたも知ってることと思う」
「あぁ、先天が生まれつきで、後天Ⅰが努力で、後天Ⅱが魔術的開発で、後天Ⅲが魔法具装備で、それぞれ獲得したものだろう」
「過去生で特殊な能力を持っていた者が転生した場合、その能力はアークレアという世界の理に適した形で再構築される」
「シオンの吸血鬼としての能力なんかがそうだよな」
血を操るという能力は魔法に。口にした血液を己の血へと変換する能力はスキルに。口にした血液の主の性質を一定時間再現することが出来る能力は……どちらなのだろう。それ自体に魔力が必要な様子はなかったから、スキルか。
「通常、特殊能力は後天Ⅲで発現するものだ。魔法具や宝具を装備することによって、神の力を授かる。自分が魔力を負担せずして、特別な力を扱えるようになる。英雄規格となると、加護ということもあるか。あれはより直接的に神の寵愛を受けた者に与えられる特殊能力だな」
「先天スキルに登録される特殊能力が、血廻系?」
「あぁ、その血に刻まれた、輪廻を経ても消えぬ能力。先程話に出た鬼の強靭さも血廻系スキルといっていいだろう。そちらの場合、誰しも持ち得るスキルの延長線上にあるが」
自然治癒力や腕力脚力などは、誰しも持つ者。鬼の再生能力や膂力はその強化版というイメージ。
だが中には吸血鬼のように、普通の人間が持たない能力を持つ者もいる。
思えば『天恵の修道騎士』イヴが持つ『動物の声を聞く耳』やライムの『その時の感情が見える目』なども血廻系スキルなのだろう。
転生者ではないがクウィンの『言葉の真意が聞こえる』能力やセツナの『契約を結ぶことで対象と魔力的に繋がる』能力も似たものかもしれない。
「あの双子も、特殊な先天スキルで擬似的な不死を成立させている?」
「そういう可能性もある、という話だ。わたしはなんでも知っているわけではないからな。はむっ」
情報国家ラルークヨルドの者は知識欲旺盛という話だが、プラナは食への関心も強い。話に応じつつテーブルの上の料理を小さな腹にどんどん収めていた。
「傷を受けても粘液化して再生する、って部分は魔法か? 形態変化で再現出来そうではあるけど」
「魔法の発動には『意識』が必要だ。事前に魔法式を組むことも可能だが、あの連続した死を見るに可能性は低いだろう。魔力消費はあるかもしれないが、あれはスキルの類と推測する」
人工魔法具のようなものか。オリジナルは世界が魔力を負担するが、人工魔法具は機能のみを再現したものの為、使用者が魔力を用意しなければならない。
「なるほど、そこを確かめる必要があるな」
「あぁ、大きな違いだ。魔法でなくとも魔力が必要なら、その不死性を封じることが出来る」
「もしそれが出来ないなら?」
スープを一口含んでから、プラナは頷く。
「シオン殿の戦闘記録は確認したかと思うが、旅団の吸血鬼が興味深い発言をしていた」
クロはすぐにそれが何か思い至ったようだ。
「過去生での、吸血鬼の殺し方か?」
「あぁ、シオン殿の世界では吸血鬼こそが不死の象徴だったようだが、それでも殺す方法があった。血を我が物とする能力も身体機能である以上は限界があると想定し、己のものに出来なくなるまで血を打ち込む、という方法だ。そしてその殺し方はこの世界でも通じる」
「あの双子の不死性が純粋なスキルだけで完結するものだった場合……」
「それ自体を攻略しない限りは、殺せないだろう」
だが、とプラナは続けた。
「そもそも、あなたはどうしても例の双子を殺したいわけではあるまい?」
それはプラナにしては珍しく、からかうような響きで放たれた。
「女も子供も関係ないとは思うよ。敵として目の前に立つなら。ただ、関係はないけど、気にはならないわけじゃない」
「正常だ」
「かな」
「一応、幾つかのパターンを想定し、みなと共有しようと思うが」
「手伝うよ」
完全な不死は有り得ない。
そもそも、死なないなら、転生なんてするわけがない。
ならばそれは転生以後に獲得したものか、転生以前から持っていた不完全な不死性でしかないのだ。
その後、二人の会話に他の英雄も加わり盛んに議論が交わされた。
ミアもフィオも、双子がいかにして不死を演出しているか、その可能性に関する情報は受け取っている。
この二人が双子と戦うように指示したのは、他ならぬクロだった。
二人は迷わず、『黒の英雄』の指示通りに動く。




