266◇死なない双子の秘密
戦場に不似合いな光景だった。
「ふんふふーん。お散歩楽しいのです」
「らーらららー。ピクニックみたいでわくわくするのだぞ」
クリーム色の髪をした二人の童女。瓜二つで、一目で双子と分かる。
共に『双生の英雄』を拝命したシンラキュメイルとメトレキュメイル姉妹だ。
それぞれ髪を片側に寄せドーナツのように結んでいる。シンラは自分から見て右、メトレは自分から見て左側。シンラはタレ目がちで、逆にメトレは吊り目がち。
二人は仲良く手を繋いで戦場をスキップしている。
「まだ子供じゃないか……!」
「馬鹿野郎! 英雄規格だぞ!」
「報告にあった『双生の英雄』だ!」
連合の兵士が騒ぐが、二人は気にせず進み続ける。
「だんちょうにも来てほしかったのです」
「だんちょうがいなくてさみしいのだぞ」
二人は戦闘能力の高い英雄ではない。ただし、継戦能力は旅団随一。
なにせ、死なない。
その不死性は『神罰の修道騎士』アルヴァート、『天恵の修道騎士』イヴ、『統御の英雄』オーレリア、『干戈の英雄』キースが揃っていたにもかかわらず殺しきれなかった程。
死なない双子はぐいぐいと敵陣へと食い込んでいく。広がる戸惑い、混乱、恐怖。それらは伝播し、敵の動きを鈍らせる。
二人にとって、戦場も日常も変わらない。旅団のみんなと一緒にいられればそれが幸せで、その邪魔をする人達が死ぬことに思うことはない。
好きな人が好きで、どうでもいい人はどうでもいい。そんな当たり前を疑問に思うことなく生きている。
「くっ、止まれッ!」
一人の兵士が二人の前に立ち塞がる。
二人は止まらない。
兵士が剣を抜いた。
「子供といえど、帝国に与する英雄。自ら戦場に足を運んだならば、覚悟は出来ているだろう」
兵士は子供の姿をした生き物を斬る嫌悪感からか、顔を苦しげに歪めた。
振り下ろされた剣はシンラの半身を斜めに斬った。ずず、と胴体がずれて落ちる。
「あー、シンラが切られちゃったのだぞ。だいじょぶかー?」
己の片割れが真っ二つにされたというのに、メトレには驚きも悲しみもない。
半分だけ残った身体と、そのまま手を繋いでいる。
「……ッ。なんなんだ、貴様らッ!」
敵を斬った側の兵士が、双子の異様さに後ずさる。
そんな兵士を、メトレは無垢な瞳で見上げた。
「なにって――英雄に決まっているのだぞ」
メトレが歩き出す。下半身だけのシンラもそのまま歩いていた。
「なっ」
「みんなでいっしょ。たのしいぞ」
にこにこしているメトレ。
兵士は更に下がろうとして、失敗。
突然膝を付き、苦しみ出す。
「おごっ、あっ、うぇっ、ぼっ」
喉を押さえ、溺れているようにもがく。
そう、溺れていた。
断たれて落ちたシンラの半身は粘液状に変じ、兵士の軍服を這い上がって口と鼻に入り込んでいた。 必然、呼吸できなくなった兵士は地上で溺れることになる。
「ころそうとしたら、ころされても仕方ないのだぞ? しらなかったか?」
子供と大人。その身長差から、兵士は子供達を見下ろす形だった。それが今は逆。地面に蹲ってもがく兵士は、逆に見下されていた。
「あぁ、もうっ!」
兵士は喋ることが出来ないし、シンラとメトレでもない。
目の前の兵士が消えた。
「およ?」
首を傾げたメトレだが、すぐに違うと気づく。
消えたのではなく、勢いよく引っ張られたのだ。『風』魔法なら可能だが、それなら分かる筈。
一瞬で手が伸び、兵士を掴み、そして大きく後退したような。
「偉いけどダメだよおじさん。命は懸けるものじゃないんだから。全うすることを第一に考えなきゃ、弱っちぃんだから尚更ね」
サイドテールに結われた白い髪にはところどころ赤茶の線が入っている。服装はダルトラの英雄が着用する礼装だったが、それはこの戦いに参加する連合の英雄全てに共通することだった。十代程の少女で、全体的に慎ましやかな体型をしている。反して見た目は派手派手しい。
兵士の口許に手を寄せたかと思うと、粘液化したシンラを『風』魔法で吸い出す。
咳き込む兵士の背中をぽんぽんと擦り、立ち上がった少女はメトレを見た。
「きみ、知ってるよ。死なない双子だ」
「メトレはおねーちゃんを知らないのだぞ」
「このドロドロの状態で瓶詰めとかにしたら、どうなるの?」
「やってみればいいのだぞ。やれるなら」
少女の『風』魔法に囚われたシンラが次の瞬間――すり抜けて地面に落ちた。
「……うぇ、可愛くない魔法だね」
少女は警戒を見せつつも追撃を仕掛けはしなかった。
粘液状のシンラが下半身の元に戻り、ぐじゅりぐじゅりと人間の姿を取り戻す。
「びっくりしたのです。掃除機みたいな魔法だったのです。驚愕の吸引力だったのです」
「は? そうじき?」
怪訝そうな顔をする少女を置いて、童女らはきゃっきゃとはしゃぐ。
「まぁ、いいや」
いつの間にか槍を構えた少女が、表情を消した。
「ほんとはリアっちとか、じゃなきゃシオンくんかクロくんと一緒が良かったんだけど、なんか全員バラバラだし、でも仕事はしなきゃだし、仕方ないかな。あんま絡みなかったけど、よろしくね――フィオっち」
「うんっ、がんばろーねミアちょん!」
気づけば少女の隣に誰か立っていた。
波打つクリーム色の長髪を靡かせた、ほんわかした女性だ。扇情的な肢体を覆うのは礼装ではない。スカートは残っているから、他を脱いだのか。理由は明らか。
墨状人工魔法式紋身。
紋章化した魔法式を刺青のように身体に刻み込むことで、特定の魔法の発動までに掛かる時間を大幅に短縮する技術がある。
「おむねがおおきいおねーさんの方は知ってるのです」
「おっぱいでかい方のおねーちゃんは知ってるのだぞ」
「サファイアに負けてたのです」
「サファイアに歩けないようにされてたのだぞ」
「どうして歩いてるのです?」
「おかしいのだぞ」
『神速の英雄』フィオレンツァーリ。技術国家メレクト出身の魔女兼魔術師。彼女は先の戦いで『蒼の英雄』サファイアと対峙し、その神速の要である両足の活動を『途絶』された。
「クロたすが治してくれたんだよ~」
なるほど確かに、『黒』の遣い手であればそれも可能かもしれない。
「だから、ね。フィオは恩返しがしたいんだぁ」
それはつまり、この戦場で戦果を上げるということだろう。
そして戦果とは、シンラとメトレの殺害か捕縛。
「不可能なのです」
「無理なのだぞ」




