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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
天網が如き慧眼、故に並び立つ者は無く
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265◇睡魔と醒覚2

 



 幼い頃から、どうしようもない敵意が胸の中に渦巻いていた。見るもの見るものに苛立って仕方がなかった。何を壊しても、自分より弱い者を傷つけても気は晴れない。

 だが一つだけ。

 強い者を打ちのめした時だけ。一瞬、頭が晴れる。充足感のようなものが得られる。 

 強い者と戦っている間に感じる痛みが、恐怖が、高揚がマステマに生を実感させた。

 闘争だけが、マステマを人間に留めておく手段だった。それがなければとうに気が狂っていただろう。あるいは最初から狂っていて、戦いだけがそれを誤魔化す手段だったのかもしれない。

「認めるぜアキハ、オレの目は節穴だったらしい」

 アキハは想定以上の強者だ。

 これは推測になるが、彼の異能には先があった。

 可能性の同時選択以外の能力を持っていた、ということではない。

 その応用だろう。

 斬撃を繰り出した時、他にも辿ることの出来た軌跡を現実とすることが出来る。

 それが彼の異能だと思っていた。事実そういう使い方を彼もトウマもしていた。

 だが、実際は剣を振らずとも斬撃を繰り出すことが出来たのだ。

 剣を構えた時点で、『辿ることの出来る軌跡』は生じる。一つを選んだ後で、選ばなかった選択肢も現実とする異能ではなく。剣技を繰り出すことなく、全ての選択肢を現実とすることも可能。

 構えた時点で、そこから繰り出すことが出来る斬撃をこの世に刻むことが出来るわけだ。

 それだけならば大した能力ではない。

 構えてから斬撃が生じるまで、それを崩すことが出来ないのだから。その時点で『辿ることの出来る軌跡』が消え失せ、選択も不可能になる。

 だからマステマが評価しているのは、その使い時だ。

 マステマは彼の考え通りに誘導されたのだ。アキハが時間稼ぎにシフトしたと思い、そんなものに付き合ってられないと考え、大量の魔力消費を渋り、近距離で決着をつけようと動き、死にかけた。

 彼は、最初から勝利のみを考えて行動していた。

 それが堪らなく、喜ばしい。

「仕切り直しといこうぜ」

 首を治したマステマが獰猛な笑みを浮かべてアキハを見る。

「……あ?」

 彼の身体が、傾いていた。

 その腹部は裂け、赤が滲んでいる。

「おい、待て」

 風刃か。彼の剣を圧し折るつもりで放った攻撃。回避なり迎撃するなりすると思っていたが、彼は動かなかった。斬撃の為だ。だから風刃は彼に直撃したのか。

 アキハが倒れ、ゴーストシミターを落とす。

「……待てよ。何倒れてやがる。まだこっからだろうが、立てよアキハ」

 無理だ。分かっている。

 トウマと違い、アキハの身体は現地人レベル。どれだけ鍛えて、どんな技を携えていようと、脆弱極まりない凡人なのだ。英雄なら『治癒』を施しながら戦い続けられる負傷でも、アキハには致命傷。

 彼は先程の一撃に命を懸けた。

 マステマは生き延びた。

 だから、彼の命だけが終わる。

「ごめんなさい……ししょー……」

 掠れた声で何者かへの謝罪を呟くアキハ。

 そんなアキハの許に、トウマが這って近付こうとしていた。

 熱が急速に冷めていくのを感じる。

 勝敗が決してしまった。

「……ふざけんな」

 マステマは頭を掻き毟る。

「クソッ! おい、お前ら」

 マステマは後ろに控えていた部下を呼ぶ。

 それぞれ目、口、耳を隠している女。

「なんでしょう」 

 目を隠した金髪の女・ディレイが応える。

「コイツらを治せ」

 口を隠した黒髪の女・マスクが首を傾げた。

「むむ?」

「出た。マステマ様って強い人とか弱い女の子に甘いよね。そういうとこ好きー」

 耳を隠した白髪の女・ノイズがにへらっと笑いながら言う。

「治療するのですか? 敵ですよ?」

 ディレイは不満げ。

「む!」

「捕まえたってことにすればいいんじゃない? ほら、なんだっけ? ほろ?」

「……捕虜でしょう」

「むーむー」

「そうそうそれそれ。りょりょ?」

「ですから、捕虜でしょう。もういいです、どうせわたくし達はマステマ様には逆らえません」

「むっむっむっ」

 マスクがからかうように笑う。

「ねー。ディレイってばほんとは頼られて嬉しいくせに素直じゃないねー?」

 ノイズが両手の人差し指でディレイを示してにやつき出した。

 そんな二人に対し、ディレイから冷え切った声が放たれた。

「あなた方を治療が必要になる程痛めつけても構わないのですよ?」

 三人共、死にかけのところを拾った。マステマは強者との戦いを望んでいるのであって、殺しそのものには興味がない。率先して人助けなどする質ではないが、気まぐれに介入することはあった。

 この三人は、勝手に恩義を感じ勝手についてくるようになった変人。

「いいからさっさと治せ。死なせるなよ」

 ディレイが恭しく一礼し、アキハの許へ向かう。二人も続いた。この三人は転生者だ。アキハとトウマを治すくらいは出来るだろう。

「承知致しました。マステマ様は……クロノの許へ?」 

「いや……今はいい」

 勝利はただ積み重ねるものではない。次なる勝利の糧とすべき。

 アキハが先程の攻撃に倒れず戦闘が続いたとしたら。

 どう戦う? どう倒す? 望んだ戦いの続きを夢想する。

 そうしてアキハを倒さねば、次には進めない。

 明らかに性能で劣っていても、アキハの刃は自分の命に届いた。

 退屈な日々を送っていた所為かマステマは他者への期待をしなくなり、それが敵を無意識の内に見くびることに繋がってしまったのか。

 改善せねばなるまい。

 クロノと戦う前にこの二人と戦うことが出来て良かった。

 世界は広く、己の刃は気付かぬ内に鈍ってしまっていた。

 そのことを頭に入れ、意識を改める。




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