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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
天網が如き慧眼、故に並び立つ者は無く
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260◇惨憺たる劇毒、慈母が如き神愛、蝕むは3




 アリルデントは悩んだ。とても悩んだ。どうやって殺そう。テレサ。『慈愛の修道騎士』。黄金を思わせる高貴な毛髪は清流が如く頭頂部より背中まで続いている。磨き上げたエメラルドを嵌め込んだような両眼には溢れんばかりの愛を湛え、褐色の肌は舐めたら甘い味が舌の上に溶けそうだ。

 アークスバオナ帝国に限らずほとんどの国は他国に対し間者を送り込んでいるだろう。情報収集を怠る者に未来などない。アークレア神教を国から締め出したアークスバオナだが、当然総本山たるゲドンドゥラにも間諜を派遣していた。

 ゲドンドゥラ及びアークレア神教信徒は神代の英雄を聖者、自国の英雄を修道騎士と呼ぶ。

 彼女の肩書きは――聖教軍神園(しんえん)騎士団『天眠守護之番(てんみんしゅごのばん)』第一席といったか。それを聞いてアリルデントは思い出した。

 国家規模が最小かつ長らく戦争がなかったこともあり、軍といったところで大した規模ではない。更に言えば、彼女の役職である天眠守護之番とは、平たく言えばただの警備だ。

 ゲドンドゥラとはそもそも神が眠りについた地へ、巡礼者達が集まって出来た国だ。

 テレサは神の眠りを守護する任につく信徒の中で、最も位の高い者ということ。いかに信心深く、能力が高いか窺えるというものだ。アリルデントが得た情報によると、彼女は非常に信徒からの人気が高いのだという。

 周囲の者を強制的に安らかな気持ちにさせる魔法のおかげ、ということではない。それを好む者もいるだろうが、離れれば正気に戻るのだ。彼女に母性を感じている間に自分のしたことを正気で振り返れば、大抵の人間は苦手意識を覚えるのではないか。

 厄介な魔法を考慮しても、彼女が尊敬に値する人間だと多くの信徒が思っている。

 それが醜く苦しみ抜いた果てに死んだと知れれば、どうなるか。考えるだけで興奮してくるというものだ。

「今までどれだけの人を殺めてしまったのか、覚えていますか?」

 悲しげに問うテレサ。我が子の罪に苦しみ、だが共に背負う覚悟を決めた者の顔。

「さぁ、覚えていませんね。確かに最初は数を重ねること自体にも興奮や達成感があったものですが、百を越えたあたりから関心がなくなりまして。えぇ、ですから百人以上というのが答えになりましょう」

「……なんてこと」

 細くしなやかな指で口許を覆い、嘆くように目を伏せる。

「ふっ、言っておきますが私は後悔などしていませんし、しませんよ。これが私なのです。変えられないのですよ。殺す以外に、私に殺しをやめさせる方法はない」

「人を殺めることは、罪です。神はお許しにならない」

「人殺しを転生させる神なのに?」

「全ての人間は罪を抱えて生きるものです。過去生で罪と向き合い、贖罪することが叶わなかった哀れな魂は、来世に旅立つ前にアークレアへと導かれる。慈悲深き聖なる神の御手によって」

「はっ。それではまるで煉獄だ。怖いな。神の許しが欲しくなってきましたよ。そうだ、贖宥状を売っては頂けませんか?」

「そのようなもの、教会は発行していませんよ」

「残念です。しかしよく考えてみればおかしくはありませんか? 確かにこの世界に来て贖罪に励む者はいるのでしょう。その方法を見つけられる者も。ですが私は殺し続けていますよ? 失敗から学び仲間を作ることの大切さこそ理解しましたが、そこから更に殺し続けた」

「人はそう簡単には変われません。いかに全能の神と言えど、罪人の心を変えはしない。改心を促すのみです。そしてあなたにとって、この母こそが改悛のきっかけとなりましょう」

「神に縋る者は妄想ばかり達者でいけない」

「他者に打ち込む言の葉の毒は、自身の品性をも蝕みますよ」

「腐ったところで死ぬわけでもなし、構いませんね」

「いいえ、悲しいことです」

「いつまでその余裕が保つか、楽しみですよ」

 指の倍程の長さがある針を左右計六本、懐から抜き出す。全ての先端に『毒』を塗布。胸の前で腕を交差させた構えから、放つ。

 六つの毒針がテレサへと襲いかかった。

 テレサは横に跳ねてそれを回避。毒針は地面に突き刺さる。

「……っ!? こ、れは――」

 テレサが険しい顔をして、膝をついた。端整な顔が驚きと痛みに歪む。

 周囲一帯はアリルデントの狩場。

 戦闘において『土』属性の優れている点は、形成後に魔力反応が残らないことだ。『風』属性であれば、攻撃に転用する為に魔力で『操り続ける』必要がある。『火』も『水』もそれは同じ。

 だがたとえば『土』属性で作った剣は、その形成までに魔力が必要なのであって、出来上がったものを魔力で維持する必要はない。故に、剣は魔力を発することなく単に剣として使用可能。

 それは『毒』でも同じことが言えた。

 事前に周囲の地面に極小の棘を設置、その全てに『毒』を塗布していたのだ。英雄ともなれば『囲繞』属性による不自然な隠匿も気づきかねない。だがこれなら、不自然さなどないが故に警戒さえ出来ない。

 脂汗を垂らし、身体をガクガクと震わせるテレサ。その状態でも解毒を試みているのだろう。

 だからアリルデントは更に毒を打ち込む。毒針を連続で六、十二、十八、二十四、と打ち込んでいく。

「美女を貫く悦楽というのは、どうしてこうも甘美なのでしょうね」

 追加された毒はアリルデントが対魔法使い用に調合した特別製。この世界の人間は魔力器官という臓器を持つが、それを機能不全に陥らせる毒。

 『治癒』属性に特化した英雄だろうが関係ない。魔力が練れないなら、解毒など不可能。

 純白の衣装が赤黒く汚されていく。

 テレサが呻きながらそれでも倒れず、四つん這いの姿勢でもがく。

 ぞくぞくぞく――っと全身を駆け上る快感。

 見たい。早くその顔を見たかった。どうせもう何も出来やしないのだ。

 彼女の前に膝をつき、その手で顎を持ち上げる。

 そこには苦痛に歪む美女の顔が――無かった。

「捕まえましたよ」

 柔和な笑みと、優しげな声。そして――抱擁。

「我が子を抱きしめる為とはいえ、己を偽り人を欺いたことは罪。いかなる罰も受ける所存にございます。けれどどうかその前に、この子に愛を」

 柔らかく温かく、眠ってしまいたくなるような良い匂いがする。

「……げ、解毒していたのか、い、いやだがっ」

 ――一体どのタイミングで? 毒は効いていた筈だ。いくら英雄でも初めて食らう毒を瞬間的に無害化させることなど出来ない。追加の毒は魔力器官の機能を阻害し、やがて停止させる。どうしてこんなことに。ありとあらゆる毒を無力化する魔法具か宝具を持っている? そんなピンポイントでアリルデントに対応したような装備を偶然纏っていたという可能性は低いのではないか。

 じゃあ、つまり。

「あなたは先程贖宥状を欲しましたね。書類一枚で、人の犯した罪が軽くなることは有り得ません。全ての転生者は迷い子。主のお導きによって、私は悟ったのです。己の罪と向き合うことが出来た」

「なにを、言って」

「人と関わることで味わうものを除き、この世全ての苦しみを、私はこの身に刻みました」

 彼女は、ありとあらゆる『苦痛』の類を自身に課したということなのか。

 例えば、自分を殴り、自分を切り刻み、自分を刺し貫き、豪炎に水中に雷撃に土中に暴風に身を晒し、飲食を絶ち閉所に暗所に高所に自らを置き、人体に有害な何もかもを取り込むような。

 究極の自罰を、完了したというのか。

 もし、そうなら。彼女はどのような苦しみにでも耐え、また対応する。毒は抗体があって効かなかったのか。二度目も? 仮に未知だとしても調合とは組み合わせ。対応されたということは、彼女にとって完全なる未知ではなかったということ。

「そこまでしても、まだ足りない。当然です。この魂が犯した罪はその程度では雪ぐことなど叶わない。己を罰するだけでなく、子の扶けとならねば。子供達が清く正しく生きられる手助けを」

「わ、たしっは、貴様の子などでは、ないッ」

「いいえ、アリルデント。お腹を痛めて産んだわけではないけれど、愛さえあれば家族になれるものですよ。そして母はあなたを愛おしんでいる。だからこそ、過ちは正さねばね」

「後悔など、するものか。殺すなら、殺せばいい。私は、私だ」

「いいえ、始まりは無垢なる赤子。悪に染まったのなら、問題は過程にあります。安心してくださいね。人は変われます。善人になることが出来る。心の内から悪を追い出すことが出来る。悪は罪の種であり、それが芽吹いた先に待つのは罰です。残念なことに、世界には罰から逃れる悪い人がいる。だから、教えねばならないのです。逃げられはしないのだと。そうしてようやく、人は理解することが出来る。あぁ、天は全てを見ているのだから、清く正しく生きるべきなのだと」




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◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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