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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
天網が如き慧眼、故に並び立つ者は無く

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261◇惨憺たる劇毒、慈母が如き神愛、蝕むは4

 



 おかしい。魔法が使えない。魔法式が組み上げられない。魔力はあるのに、考えがまとまらない。

 思考を乱されている?

「罰する、だと。何の権利があってほざいている! 神の代行者を気取るとは傲慢ではないのか!」

「話を聞いていなかったのですか? これは天罰ではなく、親の躾ですよ」

「いかれが……ッ!」

 テレサがアリルデントを撫でた。

 その瞬間、いや彼女に抱きすくめられた時には既に、アリルデントは敗北していた。

 ――自分は猫だ。近所に陰気な少年が住んでいる。デリル。母親は病床に伏せ父親は蒸発。ロクに飯を食べていないからか不健康に痩せていた。反して私は人気者だった。人間から見て愛くるしい見た目をしているからだろうか、すり寄って鳴いてやるだけで餌を寄越す者が絶えなかった。ある日デリルが私に餌を持ってきた。初めてのことだ。猫に餌をやるだけの余裕がある家庭だとは思えなかったが、貰えるものは貰おう。妙な味だ。そう思ったのも束の間、視界が斜めになる。身体が思い通りに動かない。呼吸が上手くいかない。自分を見下ろすデリルの顔が、歪んで見えた。苦しい。だんだんと視界が霞み、意識が遠ざかっていく。あぁ嫌だ。嫌だ。もがこうとするも、無意味で――。

「――ッ」

 ――なんだ、今のは。

「アリルデント。いいえデリル。あなたが初めて殺めたのは猫なのですね」

「き、貴様がやったのか。今のは、クソッ、私の記憶を、いやっ違う。なんだ今のは!」

 遠い昔の記憶。覚えてはいたが、思い出すこともほとんどなくなっていた。今の記憶のおかしいところは、視点だ。アリルデントは過去生の記憶を再生されたのではない。少年に殺される猫になっていた。疑いもせず人間の与える餌に食らいつき、愚かにも死んだ馬鹿な猫になっていた。自分が想像していた苦しみを想像通りに味わった。

 ――まさか。まさか、この女。

「やめろ」

「母君が亡くなられた時に、喪失感だけでなく解放感を感じてしまった。『もう世話をしなくてもいいのだ』と。薬代の為に様々なものを我慢しなくていいのだと。そのこと自体は罪ではなかったのですよ。罪ではなかったのに、あなたは忘れられなかったのですね」

「黙れ」

「苦しんだ命が目の前で失われた時に胸に去来する感情を、あなたは『快感』と名付けてしまった。自分はそういう人間だと定義することで、罪の意識から逃れることに成功した」

「違う、私は」

「そこからあなたが犯した命を摘み取る行為は、紛れもない罪です。人にやられて嫌なことは、人にしてはいけないと言います。自分の好悪に関係なく悪いことはしてはいけませんが、このフレーズにはとても大切なことが含まれています。共感です。他者と己を重ね、対等な存在と認められれば、その者を傷つけることがいかに罪深いか理解出来るでしょう。ですが、これは実践が難しい」

 当たり前だ。世界は自分を通してみるもので、他人とは自分の外にある存在なのだから。余程のいかれでもなければ、同一視など出来るものか。対等な存在? 論外だ。命は等価などではない。

 他人と自分の命、どちらの方が価値が高いか。そんなものは自分に決まっている。

「そこで母は考えました。過ちを犯した我が子をどうすれば改心させられるのか。言葉通り、心を改めさせることが出来るのか」

 ぞっとした。

 彼女の慈しみに満ちた笑みが、恐ろしくてならなかった。

「そう、共感を教え込めばよいのです」

「…………修道騎士殿、やめろ」

「あなたが殺めた全ての命、その苦しみを体験なさい」

「私は――」

 煉獄なんて生易しいものではない。それは地獄の責め苦だった。アリルデントは母の薬を買っていた医者になり、薬を法外な値段で売りつけていたことがバレて殺された。また初めて出来た恋人になり、アリルデントの異常性に気付いたが故に殺された。またアリルデントの患者になり、信頼していた医師であるアリルデントに殺された。患者、患者、患者、患者。みんなアリルデントに殺された。とても苦しんで死んだ。恨みつらみを吐き出しながら、また吐き出すことも出来ず死んだ。信じていた者に裏切られる絶望が百三十四回アリルデントの胸を引き裂いた。いくら息を吸っても楽にならず死んだ。溺れたような感覚のまま死んだ。食道に灼けるような痛みを感じながら死んだ。身体の内側がドロドロに溶けるような恐怖に震えながら死んだ。その日の内に死ぬこともあれば、わざと延命を施されて何日も苦しみが長引いたこともあった。

 アリルデントは。現実のアリルデント=ファシーガロンは死が二桁に突入してしばらくしてからずっと、テレサに許しを請うた。死して現実に戻り、また死の苦しみを味わうまでの短い時間にどうかやめてくれと懇願した。

「いけませんよ」

「私が間違っていた! もうしないと誓う!」

「反省していないようですね、母に嘘は通じませんよ」

「あ、あぁ……ッ!」

 『神癒の英雄』エルフィナーフェに等しい『治癒』魔法。いや、二人のそれは最早『治癒』属性とは呼べない。技術的にその応用なのだとしても、これは『感応』とも呼ぶべきものだ。

 アリルデントの記憶さえ読み、更には被害者視点での再生さえも強制する技量。彼女には今この時アリルデントが考えていることが手に取るように分かる筈だ。

 苦しみから逃れる為に、思ってもいないことを口にしただけだと見抜かれた。

 そのことが、アリルデントをより深い絶望に叩き込んだ。

 割れた陶器を、接着剤でくっつけても。それは元通りとはいえない。直ったと言うかは自由だが、元に戻ってはいない。割れた事実と、罅が残る。無傷には戻れない。

 それと同じ。アリルデントの狂気が彼女の言うように後天的なものだとしても、もう歪んでしまっているのだ。どれだけの罰を受けても、歪む前には戻れない。記憶を消しでもすれば別かもしれないが、彼女はそれを許しはしないだろう。罰から逃れることになるから。

 だから自分は、彼女と相対する前に殺した兵士達になって死ぬまで、死に続ける。

「だ、だんちょう……。さふぁいあ、ふぃーてぃ、めた、ろーぐ、だ、誰でもいい、た、たすけて」

「無駄ですよ。あなたの魔力反応は健在です。グラスの操作と共に、母に掌握されているだけなのですから。遠目では敵の苦しむ姿を間近で観賞しているようにしか見えないでしょう」

 頭を撫でられる。優しく。愛おしむように。そしてアリルデントは死ぬのだ。また現実に戻ってくる。頭を撫でられる。死ぬ。現実に。頭を。気が狂いそうなのに、それも出来ない。全てを母に支配されている。……母? 母だと。テレサだ。テレサ。敵。そして、自分の。自分の。

「……か、母さん、もっ、もう、許してください」

 縋るように母の背中に手を這わせる。

「可哀想に。母も我が子を苦しめたくなどないのです。ですが、ここで甘やかしてはあなたに殺された命が報われない。罪には罰なのですよ」

「つ、償う。贖罪に努める。こ、これからは! 本気です! だ、だから!」

 アリルデントは涙さえながしてみっともなく許しを請うた。

 なのに。

「まだ気付いていないのですね。自分の心が許される為に贖罪があるのではありません。自分の罪を償う為の行いが贖罪なのです。あなたが本当に罪を知ったなら、自ら進んで残りの苦しみも受け入れる筈。それが出来ないのは、罪過と向き合えていないからに他なりません」

「そんな……」

 い、嫌だ。こんな苦しいのはもう嫌だ。いっそ殺してくれと願うも、目の前の女性には通じない。誰も助けてはくれないし、自力で脱することも出来ない。無力な自分は無様に苦しみ続けるのだ。

「こんなにも苦しいことを、あなたは他者に強制していたのです」

 心を読んだ母が、そんなことを言う。

「こ、こうかい。こうかい、して――」

「言ったでしょう。嘘は通じません。まったく、いけない子です」

 めっ、と人差し指を立てて叱る。

「ですが、大丈夫ですよ。母は子を見捨てません。アリルデント、安心していいのですよ。全ての死の果てに、あなたが善なる心を取り戻せなくても諦めたりなどしませんから」

「――――」

 それから彼女は、慈母が如き優しい笑みを浮かべた。

「ちゃあんと連れて帰って、いい子になるまでいつまでも頭を撫でてあげますからね」




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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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[一言] マーベル最強とうたわれるゴーストライダーと同じような能力だね。
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