245◇主定めし者、健闘ス
シヴァローグは、理解が出来なかった。
クウィンティもトワイライツも自分を捉えきれない。クロノの介入は最初のものを除けば無いに等しい。
指揮官でありながら前線で戦うとなれば脳もパンクするというものだろう。だがそれがわからないほど愚か者だろうか?
その程度の男が、我らが団長を負かすなど有り得ない。
あと一瞬遅かったら、ローグは死んでいただろう。
クロノが何かしら企んでいるとあたりをつけ、トワイライツ殺害よりもクロノへの攻撃を優先しようと空中で体勢を変えた時だ。
「あら」
胸を貫かれた。
「あ?」
直前の方向転換が無ければ心の臓を貫かれていたところだ。
戦慄する。
――んだこの女ッ!? どっから湧いて来やがった!
どこからともなく現れた。忽然と、まるで無から生じたとばかりに。
マスカレイドで着用するような、目許だけを隠す仮面。
「てめぇ」
「私は謎の仮面少女です。ミステリアスで魅力的ですね?」
背中側から女の腕が貫通している。
ワインレッドの髪は風にたなびき、瞳は楽しげ。
首輪と仮面とローブ、更に貫通した腕だけ見てもじゃらじゃら付けられた装飾具――魔法具や……宝具まで混ざっているようだった。
確かにローグに気づかれずして接近するなどという離れ業を成し遂げるには、宝具が無ければ不可能。
なるほど、攻撃の手が緩くこそはないが必死さに欠けてもいたのは、女がローグに接近し暗殺の要領で消すというシナリオがあったからか。
クロノは自分の相手をしなかったのではなく、自分の相手を女に任せたのだ。
だがこの女の情報は無い。少なくともローグは知らない。勉強不足どころかしていないから当たり前ではあるのだが、見るからにまともな英雄ではないこと以外は不明。
英雄ではないが宝具を所持している……貴族か。
だがいかれている。
腕だけで二つの宝具をつけている。
ローグは仲間のことであれば覚えている。力を手に入れようともがき、同じことをした同胞は呪われた。
解呪方法は、無い。
「死ぬぞ、お前」
女は何がおかしいのか吹き出すように笑う。
「あはは、人はみんな死ぬんですよ? 転生者なのにご存じない?」
死を恐れていないというより、自分は此処で死なないという自信にも見えた。
「私に『紅の英雄』の相手をしろだなんて……旦那様ってば鬼畜」
嬉しそうに嘆きながら、少女の魔力がローグの全身を焼いた。
――この程度でッ。
◇
「まァ、暇つぶしにゃなったな」
マステマにとって、それは正当な評価だった。
トウマとか言ったか、サムライの女。
『銀灰』が司るのは『振幅』。可能性の揺れ幅の中で自在な値を選ぶことの出来る能力。
それによって敵の攻撃があたる確率を極限まで下げることが可能。絶対など存在しない。故にいかに優れた技量を持つ者だろうと行動には『失敗する可能性』がつきまとう。マステマはそれを最大にするこで敵の失敗を誘発することが可能。
逆に己が持つ『失敗する可能性』を下げる。
これで大抵の攻撃はマステマに掠りもしなくなる。
だがトウマの剣戟はマステマを傷つけた。
「わたしは、まだ……」
トウマは全身裂傷だらけになりながら、焦点の定まらない瞳をこちらに向けている。
半ばから断たれたカタナの柄をぎゅっと握り、なんとか構えようと動く。
「失せろ、テメェの底は知れた。これ以上は無駄だ」
種は割れた。
ただの一閃で複数箇所を切る技。
その正体は、選択肢を同時に複数選び取ることが出来るというもの。
例えば三叉路にぶちあたった時。
普通の人間は一つの道にしか進めない。別の道を行くには引き返さなければならない。
だがトウマはこと剣技に限ってではあるが、二つ三つの道を同時に進むことが出来る。
これは理に反する。
極めて限定的とはいえ、宝具も神の寵愛もなく世界の法則を歪める域にまで達した技。
神にさえ認められた絶技。
だがマステマにとって重要なのは、強いかどうか。
彼女は強かった。
それでも足りない。
『銀灰』を使うには値するが、全力でぶつかり合うには足りない。
「勝利を捧げると、わたしは主に、そう言った」
「知ったことか」
マステマは優劣を知りたい、強弱を知りたい、勝敗を明確にしたい。
相手の生死はどうでもいいのだ。ただ、自分に劣るが実力はあるという者に関しては、なるべく生かしておくことにしている。
生きて、また戦いになれば今度は楽しめるかもしれない。
この女は、生かすだけの価値がある。
優劣がついた後になって死んでいないのであれば、それは彼女の実力。
敗北を認め、消えればいいものを。
トウマは立ちふさがった。
「オイ、邪魔だ」
突風を吹かせると、それだけでトウマは藁のように転がっていく。
「ったく……眠ぃったらねぇ」
トウマの立っていた箇所を通り過ぎようとしたその時。
マステマは咄嗟に後方に跳ねた。
つぅ、と。
自分の胸部に斜めの裂傷が刻まれていた。薄皮を裂き、ぷつと血が滲む。
「どう、した。目を見開いて、睡魔は去ったか?」
立ち上がったトウマが、闘志に燃える瞳でこちらを見据えていた。
「テメェ……」
思わず笑みが浮かぶ。
「あぁ、悪かったなトウマ」
あの絶技は複数の選択肢を同時に掴み取ることが出来るものだが、それでは正確ではなかったのだ。
複数の選択肢を、自在に現実とすることが出来る。
三つの可能性がある時に二つを同時発現させたならば、不使用の三つ目は消えるのではない。
世界に残るのだ。
トウマを吹き飛ばした後、彼女のいた場所を通り過ぎようとした時に斬撃に見舞われた。
魔法でないから気づくのが遅れた。
可能性の遅延発現。
これはもう剣技という域を越えている。
剣技を通じて至った、魔法ならざる超常――異能だ。
「もう少し付き合え」




