244◇教導の英雄、露呈ス
ローグに紅焔を放っていたトワが、ぴくりと肩を揺らす。
戯言だ。
「例えば――エルマー・エルド=アマリリスにとっての黒野永遠である可能性も否定できないのではないかな?」
――ッ。
いや、ハッタリだ。彼女程の知能の持ち主であればそういった仮説にたどり着くことも可能だろう。
だが確証は持てない。証拠は掴めない。
否、知る方法はある。
「無視かい? つれないねぇ――こうすけさん?」
その呼び方をする者で、彼女が接触出来るのは。
「お前」
セツナから情報を抜き出したのか。
沸き起こる怒りを瞬時に鎮める。
「ところで古の大英雄・エルマー」
「俺は、クロだ」
「よしてくれよ。エルマーの威光を使って引きこもり国家を誑かしたくせに、さ」
鎖国状態にあるヘケロメタンからの協力をとりつけられたのは、確かに幸助がエルマーと同質の存在だからだ。
「そんなんじゃない!」
叫んだのは、トワだ。
抑え切れなくなったのか、怒りに肩を震わせながらジャンヌを睨みつける。
「さっきからなんなんだ……! 人をなんだと思ってるのさ!」
トワの、あまりに人として真っ当な激怒はしかし、彼女を冷めさせるだけ。
うんざりといった具合に目許と唇を歪めるジャンヌ。
「人は人だろ。きみさ、少しはお兄さんを見習ったらどうだい? すぐにキャンキャン喚くと、また面倒なお猿さん達を興奮させちゃうかもだぜ? それとも、今は隣にお兄ちゃんがいるから鳴いているのかい? それできみが死んだら、あはは、お兄さんはもう立ち上がれないんじゃない?」
「――このッ……!」
平静を失いかけたトワの腕を掴む。
「トワ、相手にするな」
そんな幸助を見て、ジャンヌは嬉しそうだ。
「冷静だねクロノ。なぁんだ、思ったより妹が大事じゃないみたいだなぁ。あぁそっか。かわいい恋人が出来たのだものね。妹よりそっちに夢中かな? そっちはあれだろう? きみが責任を感じるような死は迎えていないんだろう? いや、これからあるかもしれないけれどね」
わざとだ。
ジャンヌはこの期に及んで幸助を品定めしている。
自分と並ぶ器かどうか。
勝利を目指すべき状況で、愛情なんかに足を絡め取られやしないか。
大きく失望しない為に、細かく確認を入れてくるのだ。
己と同じ域に達してほしい。
「無駄だぞ、ジャンヌ」
「……何を言い出すんだい? あぁ、挑発には乗らないって? それを無駄と言う時間が無駄だよ。そんなことでわたしの口が止まるとでも?」
「お前はきっと、勝ち過ぎたんだな」
ぴたりと、彼女から笑みが消えた。
幸助の今は、悲劇と自責があったから到達したものだ。
だがジャンヌは、最初からなのだ。
心を通わせるまでもなく戦力を掻き集めることが出来、盲いた目で両目に光を映す者達よりもよっぽど明確に世界を捉え、人も魔獣も意のままに操れる。
天才の天才性はアークレア召喚によって一層高まってしまった。
孤高は孤独を生む。
成長を歩くことに例えるなら、彼女の前には誰もいなかった。
兎の全力を前に、その他大勢の亀は遙か後方を這うしか出来なかったから。
進んでも進んでも一人。
見える景色は同じ。
振り返って、後戻りして、惰眠を貪って、それでようやく競合なんてものが成立する世界。
それは、ぞっとするような人生だ。
全力を出しても、それが意味を為さない世界。
誰もそれを理解出来ない世界。
頑張ることが無意味な世界。
熱量がただ空費されていく、空虚な歩み。
そんな人間が、それでも生きようとするなら。
自分に鎖を巻くしかない。おもりをつけるしかない。
限界まで枷を付けて、その状態で全力を出せば、どうにか勝負が演出出来る。
その勝負ですら、彼女は無敗だったのだろう。
教導の英雄。
なんて悲しい名だろう。
何を教え、何処に導こうとも。
誰一人、彼女の許にはたどり着けないというのに。
それでも彼女は諦めきれないのだ。
どうか此処まで来てと。
一人で走るのも、体中に鎖を巻いて遊ぶのも、とても辛いから。
「否定はしないさ。ただお前、邪魔だ」
幸助の単純な言葉に、ジャンヌはなんとか絞り出すように笑う。
「あはは、そう思うなら退かしてみておくれよ」
幸助は何も、突っ立っていたわけではない。
ジャンヌの戯言に付き合わされているフリをして、待っていたのだ。
そして、その時は訪れた。
「断ち切りなさい」
「……おっと」
予兆など無かったというのに。
背後から迫るそれを、ジャンヌは軽やかに跳ねることで交わした。横に跳んだ彼女は、間一髪のところで回避に成功。
『斫断』の刃は彼女を断ち切ることは無かった。
「あら、避けるとは思いませんでしたわ」
「言ってくれて構わないんだよ? 『後ろに目があるんですの?』とかおマヌケなことを。そうしたらわたしは『そもそも前にも無いけどね』と言ってきみたちを笑いの渦に叩き込むから」
「笑えると思いまして?」
「過剰な配慮は時に無遠慮な嘲笑よりも差別的で心を刺すんだぜ?」
「経験がおありなのかしら」
「もちろんあるとも。心を刺されれて命の危機を感じたから、正当防衛でしっかり相手に刃を突き立てたけどね。もちろん物理的に」
「過剰防衛どころかただの殺人ですわね」
「不意打ちで全身真っ二つにしようとしてた性悪妖精にだけは言われたくないなぁ」
鈍色の毛髪は二つに分かれ、それぞれが螺旋を描いている。
扇のように口許に当てられた小さな手。当人自身も背は低く、童顔。
その顔は自信に満ち、その魔法は鋭利にして鮮烈。軌道上の全てを瞬時に斬り伏せて進む不可視の飛行する刃を操る者、人は彼女をこう呼ぶ――戦妖精と。
『斫断の英雄』パルフェンディ・フィラティカプラティカ=メラガウェイン。
「想像より静かに人質を解放したものだね。シノビでも紛れ込んでいたのかな」
幸助達が救助に向かうことまでは予想出来た筈だ。
救出成功に、ジャンヌは別段驚いていないようだった。
違和感。
取り返されることが予期出来たならば、何故対策を講じなかった?
殺してしまえば奪還は不可能となり、ジャンヌはそれを迷うような人間ではない。
――奪還させることに意味がある?
「マスター!」
その思考は、猫耳従者の声によって遮られる。
「セツナ!」
それだけで充分。
二人を魔力的に繋ぐ経路が活性化。幸助の魔力が彼女に流れ込む。
そして――右腕の獣へと変じたセツナの『黒』き爪撃が、ジャンヌを襲う。
合わせるようにして幸助も【黒喰】を放った。
人質が解放された今、ジャンヌを攻撃しない理由は無い。
「まだ話は終わっていないよ」
ジャンヌは笑っている。




