243◇煽動者、長言ス
「わたしは考えたんだよ、クロノ。考えたんだ。考えるのは得意だからね、それでもうんと頭をひねった。だってそうだろう? きみは決して天才ではないが、その不屈だけで望む未来を掴みとる男だ。あぁ馬鹿にしているわけではないよ? そして諦めないだけで未来が拓けるとは思っていないとも。そうであれば世界はとても簡単なものになってしまう。そうではないものね。
わたしが言いたいのは、きみは真の不屈を理解しているということさ。諦めが悪いのと、諦めないのは違う。諦めきれないのと、諦めないのは違う。きみは意地になったり自分を誤魔化しているわけではない。しっかりと目標を定め、そこにたどり着く為に何が必要か選定し、迷わず実行する。そこに掛かる時間や苦労は考慮しない。ただ実行する。不可能事に思えるものなら、まずはそれをどう可能事にするかについて思考を巡らせる!」
幸助がジャンヌに攻撃しないのは、それをすれば囚われの身であるセツナとパルフェを殺すと脅されているから。
この戦い自体はもう、二人の命では止められない。関わっている人間が、結果に左右される命が、あまりに多いから。
だがこの瞬間、幸助に話を聞かせる交渉材料にはなる。
そういう風に使えるならば充分だとジャンヌは考えているようだ。
「いやはや素晴らしい。まさに言うは易し行うは難しというもの。諦めないと言うのは簡単だ。惨めにしがみ付いてるだけでも吠えることが出来る。そうなってしまう者の方が多い。きっぱり諦められる者は強いね。けれどきみはどちらでもない。
けれどね? そこまでの強さは、自分の中だけで育むことは難しいんだ。自分に熱狂出来る人間は少数派だ。一部の天才くらいのものだよ、そんな異常を抱えて結果を出せるのはね。きみはだいぶいかれているけど、それはいかれていたのはでなく、いかれたのだよね。後天的なわけだ。きみを目標に駆り立てる誰か、あるいは何かがあったわけだ」
不愉快だが、当たっている。
幸助はその日まで、塾さえ適当にサボる程に、平凡かそれ以下の中学生だった。
目標を達成するまで決して立ち止まらない?
そんな格好いい人間ではなかったし、それが出来る程熱中出来るものもなかった。
どこにでもいる、普通の中学生。それこそ、何の特徴もない。
それが変わったのは、自分のそんな適当さの所為で――妹を失ってから。
確かにそうだ。
幸助は天才なんかではない。
とんでもない愚か者で、兄失格で、親不孝者だ。
そんな救えない馬鹿は、せめて罪人に報いをあたえようと復讐に奔走した。
その果てに自殺を敢行し、アークレアに転生。
不幸な者が喚び出される世界。
そこでは過去生での経験や能力が増強される形で補正なるものがかかった。
復讐の鬼と化した少年が身につけた能力や平然と行えるようになった様々な行動は、少年を英雄規格にまで押し上げた。
そして、あらゆるものを併呑する『黒』は、少年を短期間で英雄とした。
「つまり、きみの強さから戦闘能力を引くと、残るのは思考力ということになる。先程メタを撃墜したのも思考力のたまものだろう? 適応力と言うべきかな。一瞬で己を更新した。では、だ。それを越えるにはどうすればいい? 想定内なら対策を講じられてしまうし、生半可な想定外では対応されてしまう。今のところ、きみはそうしてきたろう? でもね、でもだよクロノ。きみにもキャパシティというものは存在する筈だ。ぷつりと、一瞬でいい、思考が落ちるような出来事がある筈だ。例えば――」
「もう一度、今度は目の前で妹を殺されるとかなぁッ!」
空から英雄が落ちてきた。
落下にしては加速が普通ではない。これでは急降下というより、推進だ。
『クロ、『紅の英雄』』
コンタクトレンズ型の多機能デバイス・グラスに備わった通信機能。
それによって『白の英雄』クウィンから発声よりも迅速な報告が入る。
天地を逆向きに頭から迫る青年は、アークスバオナが保有する英雄戦力の一つ。
概念属性『紅』は『進行』を司る。それは促進であったり、加速であったりという形で現れる。
なるほど落下速度を『進行』させたわけだ。
逆立った紅蓮の短髪、刃の如き鋭さを持った瞳に、歯茎が覗くような笑み、それによって露わになる鮫のような歯。
「よぉ裏切り者のクウィンティッ! てめぇの相手は後でしてやる! 楽しみにしとけや!」
「要らない」
「遠慮すんなよなぁ!」
シヴァローグ=グラファイレングスはクウィンの『白』を突破した。
正確には、瞬間的にあらゆるものを『無かったこと』にする『白』き攻撃が展開される頃には、その箇所を通り過ぎていたのだ。
的確に魔法発動を予測しタイミングを計って加速することで、予想通過時間とのズレを作った。
野卑極まる発言からは想像もつかない程に、冷静で迅速な判断。
「あッ?」
彼に急制動が掛かる。幸助が周囲の空間に散布した『蒼』によって勢いが『途絶』されようとしているのだ。
「はっ、『進行』と『途絶』! 進む力と断つ力! どっちが上か試してぇんだな!? 上等だ!」
「馬鹿なのか?」
幸助が手を下すまでもない。
一度目で仕損じたクウィンは既に第二撃に移っていた。今の彼の速度ならば捕捉も難しくない。
『ナノランスロット卿、一名取りこぼしたが、我々は空より迫る敵の迎撃にあたる』
エルソドシャラルの英雄規格『導き手』・オズからのメッセージ。
これは提案ではなく判断。既に彼女達は行動に移っていた。
『オレは……フィーティの相手をする』
『血盟の英雄』シオン。
『小官はこのまま上空を制し、第二撃に移るべく魔力捻出に努めるであります』
『耀の継承者』プラス。
彼らだけではない。
この場にいる多くの者達から代わる代わる絶えずメッセージを受信。必要なものに関しては返信。
戦場に飛び交う情報を片端から脳に放り込み、ジャンヌの相手をしながら処理していく。
「なぁ黒野幸助、妹と再会出来てよかったじゃあないか」
驚かない。
妹の仇であるリュウセイが旅団にいたのだ。将軍であるジャンヌに情報が伝わっていることに不思議はない。
ローグはやはり見た目にそぐわず巧者。
クウィンの魔法発動前に、魔法発生地点に対して『進行』を発動。
魔法が発生する直前に、魔法を構成する情報を探り『座標指定』を発見、距離の項目の値を進める。
つまり、クウィンの想定よりも後方にて『白』が発動したのだ。
当然、『否定』領域にローグは含まれない。
幸助の【黒喰】などは発生させてから飛ばす。だから発動時点まで他者の魔力干渉を受けにくい。
だがクウィンは基本的に目視による座標指定。
魔法になる前の魔力を含んだ魔法式は指定箇所へ向かう。言わば魔法の『基』だ。
とはいえこれはいかに優れた者であろうと、精々感知が限界。
ましてや『白の英雄』の魔法だ。長年訓練嫌いだったとはいえ、最強の英雄に相応しい強さを持つ英雄の魔法を、改竄?
プラナの『編纂』に近いものがある。だが彼女ですら、英雄規格の魔法式に介入する為には複数回の観察が必要なのだ。
彼女は発現前の魔法式に、ローグは発現後から発動までの魔法式に。干渉するタイミングも異なる。
魔法がくる、ということを第六感的に感じ取ることはあっても、高速で移動する魔法式を完全に把握し介入するなど人間業では無――宝具か!
まさしく神の御業である宝具があれば、それも叶うか。
ダルトラ王だけではない、アークスバオナ帝も神の血を引く者。
宝具の創出は可能。英雄に下賜することもあるだろう。
「けれどほら、それは本当にきみの妹かい?」
いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。
本作開始から二年が経過しました。二年……。
昨年もやったので、連載開始日と同じく六話更新しようと思っていたのですが、
連載開始日は4/6ではなく4/5でした。何故か一日間違えて覚えていたのです……。
というわけで一日遅れですが、どうぞよろしくお願いします。
三年目もお付き合いいただけましたら、嬉しく思いますm(_ _)m




