小話①:「小鳥のフーガ」
拍手小話からの転載です。
特に変えているところはありませんが、後日譚を付け足しました。
―――桐下鈴芽、人生最大のピンチ……かもしれません。
◇◇◇
この世界に来て一ヵ月が過ぎた。
まだまだ慣れないことはたくさんあるが、上手くやっていけている。
うぅ~。……暇だー。
朝のお見送りが終わると、もうすることがない。
この鳥の姿では、何をするにも人の手を借りなければならないのだ。…飛べないから。
「あら、どうかなさいました?」
玄関の近くでぐるぐる歩き回っていると、クロエさんに声を掛けられた。
さすがに、不審だったのかもしれない。
「あの、外に出ても良いですか?」
「申し訳ありませんが、旦那様から止められておりますので…」
ここの邸の人々は親切だが、親切過ぎて私を外に出してくれない。
「そう、ですか………」
ダメもとだったが、やはりショックだ。
石…はないので地面を蹴っていると、クロエさんがある提案をしてくれた。
◇◇◇
優しい侍女頭の言う通り、庭に出てみた。
久しぶりの外だ。…邸の敷地内だが。
やっぱり外は気持ち良いなぁ。
寝心地最高の鳥籠生活でも、ストレスが溜まっていたのかもしれない。
庭に出ただけですっきりとした気分になる。
池の近くは落ちると危ないからダメだって言ってたし、薔薇園の方も棘が刺さるからダメって言われたし…。
クロエさんの注意を思い出しながら歩く。
彼女は過保護なのだろうか。
それとも、私がよっぽど頼りないのか。
…良いんだ、別に。……今は小鳥なんだし、頼りになるように見えなくても仕方ないよね。
そうやって自分で自分を慰めていると、植え込みの方から音が聞こえた。
何だろうと思って振り向くと……。
「バウッ!!」
犬がいた。…しかも“わん”じゃなくて“バウ”って感じの怖そうな犬が。
視線が絡む。
――とりあえず、逃げた。
◇◇◇
私は飛べない鳥だ。…いや、元は人間なのだが。
飛べないなら走るしかない。
しかし、悲しいかな。鳥は早く走ることには向いていない。
しかも、追いかけて来るのは犬だ。
……捕まったら食べられるのだろうか。
いやぁー!!誰か助けてー!!
まだ犬に捕まっていない理由は、私が障害物の合間を縫って走っているからだろう。
できれば、犬をやり過ごせる場所に隠れたい。
そう思っていたのだが……。
も、もう無理…………。
それより先に体力の限界が来てしまったようだ。
だんだん、というかすごい速度で犬が近付いてくる。
私は咄嗟に目を瞑った。
「キャンッ!」
何故か私ではなく、犬の情けない声が聞こえる。
「スズメ」
次に聞こえてきた声にほっとして目を開くと、ギルバートさんが立っていた。
「……ギルバートさん」
「怪我はありませんか?」
「え、は、はい。ありません」
「そうですか」
彼は私をそっと持ち上げてくれる。
「あの犬は追い払いましたから、もう大丈夫ですよ」
少し私が震えていたからか、彼はそう言って安心させるように微笑んでくれた。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ。 これからは邸の結界を強化して、他の対策も立てておきましょう」
「すみません。ご迷惑をおかけして…」
「そんなことはありませんよ。……あなたが無事で良かった。」
――後日、庭にすら出れなくなった私が嘆くのは、また別の話。
◇◇◇
~後日譚~
「庭に出たいです!」
「危ないので、ダメです」
私が犬に追いかけられるという事件が起こってから、ギルバートさんが過保護になってしまった。
彼は私を小さい子供か何かと勘違いしているんじゃないだろうか。
「ちょっとくらいなら、大丈夫です!」
「結界は強化しましたが、万全という訳ではありません。…また犬に襲われたらどうするんです?」
…………ぐうの音も出ない。
「ずっと邸の中だと気が滅入っちゃいます……」
邸の人達は優しくしてくれるし、ここでの生活には何の問題もないが、やはりたまには外に出たい。
じっとギルバートさんを見つめると、長い沈黙の後、彼は溜め息を吐いた。
「………………。はぁ、仕方ありませんね」
「出ても良いんですか!?」
勝った……っ!
喜びに打ち震える私に、彼は一言付け加える。
「ええ。……ですが、条件があります」
ギルバートさんの出した条件は“保護者同伴”…じゃなくて、“彼と一緒に庭に出ること”だった。
彼は多忙な人なので、必然的に庭に出るのは夜になる。
「綺麗ですね…。静かだし、花が眠ってるみたいです」
夜の庭園に感動した私はそう告げる。
ちなみに、私は彼の手のひらに乗っての観賞だ。…自分で歩くことは、諦めた。
「ええ。…昼間に騒ぐ花や木もありますし」
騒ぐ植物…、メルヘンを通り越してホラーだ。…これが冗談ではない、ということが何より怖い。
何でこの世界の植物は自由に動くのだろう。彼らは植物ではなく、動物と名乗るべきではないのか。
「私の世界の植物はずっとこんな感じですよ」
「眠ったままなのですか?」
眠ったまま……何というか、詩的な言い回しだ。
「そうですね、眠ってるだけなのかもしれません。
……この世界の植物はよく動くので、見ていてすごく楽しいです」
だから……。
「朝やお昼も庭に出たいです」
私がそう言うと、彼はにっこりと笑う。
「ダメです」
―――いつまで経っても一人で庭に出れない私が、飛べるように猛特訓し始めるのはこのすぐ後。
この話でとりあえず完結にしておきますが、二、三日で完結タグが取れるかもしれません。
まだまだ本編でも小話は書く予定です。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




