家族
朝6時。私に割り当てられている病室から出る。私は、契約で他の患者よりちょっといい個室を得ている。未知の現象とは言え、私の力で何か勝ちとった訳でも無いにも関わらず、他に病の中で懸命に生きる患者達よりも良い病室というのは少し申し訳ない。だが、大学側からストレスで細胞に悪影響があるかも知れないので是非と言われてしまった。自分が快適さを捨てたところで病気が治るでもなし、これから入る持て余すであろうお金の援助などで貢献した方がよっぽど有意義だと思い、この部屋で過ごすことにしたのだ。
と言っても、今日からは病院近くの今甥の一家が住む実家から病院に通う事になった。兄貴が死んだ時、近くに住んでいた甥の浩一くん(名字は同じ増田である)がかつては母さんと親父、それに私と兄貴一家が暮らしていた家に移る事となった。浩一くんと嫁の澄子さんと共に一緒に暮らさないかと言ってくれたが、遠慮して安アパートで暮らしていた。もう5年も昔になる。年をとってどんどん人に頼らなくてはならなくなる。さんざん兄貴に助けて貰って来たにも関わらず、兄貴の息子にまで助けて貰って長生きするのは筋違いな気がした。少ない年金を切り詰めて、甥夫婦とその娘の恵理ちゃんに渡す事ぐらいが私の最後に出来る今まで支えて来てくれた家族への恩返しだろうと思っていた。自殺するつもりも無いが、ボケてきたら介護施設で死ぬまで暮らせるよう手配も、葬式の準備も済ましてある。後十五年もこのまま生きられれば十分だろうと何処か諦念と共にそう、考えていた。
検査が落ち着いて私の体の事を知って行くに連れて、後十五年程度だと思っていた命が、延びているのかも知れない事に気がついた。今まで私の心を支配した諦念ではなく、未来があることへの興奮と、言いしれぬ不安が押し寄せてきた。そして気が進まなかったが、この状態は住む所は違うとは言え、家族には伝え無くてはならないだろう。政府との契約でも家族には伝えて良いと言われている。見てもらった方が早いと思い、今は不測の事態(いきなり老化して浦島太郎のオチみたいになるなど)に備え、病院から出られない私の変わりに現役で働く浩一くんと澄子さんに入院してから6日後の日曜日にこちらに来てもらった。電話等遠隔で伝えるのは無しと契約を結んでいたのもあった。連絡は少し前に恵理ちゃんに使い方を教えてもらったラインでした。
余り焦って仕事を打ち切って来られると申し訳ないから、予定は開けてもらい、当日まで詳細を伝えなかった。
血相を変えて連絡してすぐやってきた浩一くんと澄子さん(恵理ちゃんは仕事があるらしく元々来る予定は無かったが)は若返った私を見て驚き、そして訝しんだ。若い頃の私を知っている筈の浩一くんすら半信半疑のようだった。
「君は本当に賢二おじさんなのかい?隠し子とかじゃなく?」
「隠し子とは失礼な。浩一くん、私はね君が高校の時隠してたエッチな本の名前と隠し場所だってつぶさに言えるんだからね。いやー引き出しの上に絡繰をつけて、2層構造にするまでやったのは驚きだよね。」
「そっ、それは賢二さんがこっそり見つけて母さんに言っちゃうからじゃないですか!いつの間にか僕の好みを把握して、まして過激なやつには小言を言われる俺の気持ちを考えて下さいよ!友達が預ってたものだって言ってるのに!」
はっとした様子の浩一くんに私は爽やかな笑みを浮かべる。兄夫婦譲りの、少し西欧の要素の混じった端正な顔が驚きで染まる。四十年を過ぎて、ダンディさも出てきた。いい老け方をしてるなと思ってしまう。
「あら?そんな話があったの?私聞いた事ないのだけれど。」
澄子さんは言う。澄子さんも負けず劣らず綺麗だ。熟練の女将さんと言った見た目で和服がよく合いそうな見た目に反して、ほんわかしている。勿論、こんな時ぐらいしか私はこの話を言わなかっただろう。お世話になってた兄貴の奥さんに逆らえなかった事の申し訳なさと、浩一くんの事を気遣って一度も周りに言ったことなどない。この話は墓まで持っていく腹づもりだったのだ。
「本当に、賢二さんなんですか?」
信じられない物を見るような目で言う。
「信じられないのも無理は無いが、あの星天の事件の後、気がついたらこうなっていてね。今病院で検査してもらってるんだ。」
その後、政府と交わした契約や今の所研究で把握できていることなどを共有した。
「賢二さん本当にそんな契約しちゃっていいんですか?お金を渡すから実験体になれってことですよ?」
澄子さんが心配そうに言う。
「そもそも、俺達に相談してくれないのはどうなんだよおじさん。全然頼ってくれていいのにさ。俺達じゃなくともひなみだっているだろうに。」
私だとだと分かって、敬語の取り払われた浩一くんが言う。ひなみちゃんは浩一の妹、即ち私の姪の事だ。
「そこは悪かったよ。どう伝えようか悩んでね。でも契約の方は、十分な待遇も得られるし、それにちゃんと私の権利は明記しておいた。実際にこき使われてるマウスやモルモットみたいな扱いにはならないさ。こうやって契約しておけば、政府の方も私を守ってくれるだろうしね。」
こう説得してみるも、2人はまだ不安そうだ。
「じゃあ、おじさんはこれからどうするだよ。体がどうなっているか分からないから入院と検査三昧ってことか?」
「いや、今の所いたって健康だし、経過観察って事で、遠出は無理だけどある程度の移動は段階的に認めて行こうってなったんだ。外での刺激がまた何か変化を促すかも知れないしね。」
「じゃあ、おじさんまたこっちで暮らさないか?年取って迷惑かけるからって言い分はもう通じ無いぜ?家のほうがあの安アパートより近いしよ。」
私は悩んだ。この提案を断る理由は確かにないが、別々に暮らし始めてもう数年は経ってる。迷惑にならないだろうか。
「俺も澄子さんも最近膝と腰が痛むようになってきてな。若返ったって事はそう言うのも無縁になったってことだろ?その健康な体で俺達を助けるって思って、な?」
迷惑ではなく、むしろ助けになるならと私は頷いた。浩一は私の事を心配しているのだろう。確かに、若返る前の私は何処かでいきなり消えてなくなりそうな感じはあったし、それでも良かった。別々で暮らす様になっても恵理ちゃんは私とたまに合っていたし、二人とも連絡をよくかけてきたのはその心配もあってだろう。今更ながらに心配をかけていた事に気づき、申し訳なさと、もう一度あの家で家族団らんが出来ることに幸せを私は感じていた。
思っていたよりも字数がかかってるぞ…!




