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「一体、何が、どうなっていますの?」


 王とエリスの息を詰めるような攻防が終わり、口も挟めずに固まっていたパーカー侯爵家の者たちは、たまりかねたレイアのその言葉で、我に返った。


「これ、レイア。お前が口を挟むことではない」


 パーカー侯爵が慌てて窘めるが、誘拐、監禁、戦闘、そこからの解放と、色々緊張が続き興奮状態だったレイアに、その声は届かなかった。


「どうして……、私が懲らしめようと思っていた悪を、どうしてラース様が捕まえているの?私、パーカー侯爵家の為に、お父様のために、頑張ろうと思っていたのに。こんなの、こんなの、私、バカみたいではないですか」


 自分の才能を鼻にかけ、賊を捕まえてやると息巻いていた自分がまるで道化の様で。助けなくてはと必死になっていたエリスに、逆に助けられたのも情けなくて。レイアはボロボロと涙をこぼした。なんて無様なのか。


「……恥ずかしいわ。私、消えてしまいたい」


「まぁ。そんな事、仰らないで、レイア様」


 エリスはレイアに駆け寄ると、困った様にレイアを覗き込む。温かな手に両手を握られ、レイアはドーグ・バレ(死を齎すもの)から脱出したときのことを思い出していた。あの時も、レイアの手を握るエリスの手は、温かで頼もしかった。


「恐ろしかったでしょうに、レイア様は私を守るためにあの男から庇ってくださいましたわ。普通のご令嬢に、出来る事ではありません。貴女はとても勇敢で、そしてお優しい方ですわ」


 エリスは心から、そうレイアを褒めた。


「やり方は間違っていたけれど、貴女はお父様のお仕事に誇りを持って、力になりたいと頑張っていらっしゃったではありませんか」


 子どものようにべそをかくレイアに、エリスはどこまでも優しい。

 エリスは嬉しかった。毅然とドーグに言い返していた彼女は美しかった。怖くて仕方なかったはずなのに、エリスを守るように庇うレイアに感動した。


 エリスは、男でも女でも、美しく強いものが好きだ。美しさは造形だけでなく、所作や内面まで美しいものが。

 レイアは気が強く、向こう見ずなところがあるが、他者を守ろうとする心根が美しかった。そしてエリスに得体の知れないものを感じていても、委縮することも怯える事もなく、ポンポンと文句を言ってくるところも好ましかった。それはまるで、気の置けない友のようで。


「ふふふ。わたくし、レイア様が気に入りましたわ。これからは学園でも、よろしくお願いしますね?」


 そう、はにかんだ笑顔は、先ほどまでの恐しさや近寄りがたい雰囲気は欠片も残っておらず、可愛らしくて。

 だけど。底知れぬ強さと、不覚にも見惚れてしまうほどの冷ややかな美しさは、レイアの中に鮮明に残っていて。


 そんな相手から、明け透けな賛辞と驚くぐらいの好意を示され。


 一瞬で頭が沸騰したレイアは、顔が真っ赤になった。まるで、恋でもしたように胸が高鳴った。


「な、何を言っているの?し、知らないわよ。勝手に気に入らないで頂戴!」


 恥ずかしさを紛らわすため、キャンキャンと吠える子犬の様な可愛いレイアに、エリスは声を上げて笑う。


「ああ。また……」


「ああ、まただな」


 そんな二人を見ている執事と魔術師は、溜息の滲む声で唸る。普段は仲が悪い二人だが、エリスの事になると、二人とも同じ様に勘が働くのだ。

 

 また一人、エリスが魅了してしまった。

 平凡な偽装を脱ぎ捨てれば、エリスの魅力は人を惹き付けずにはいられない。強く恐ろしいものは、同時に抗いがたい美しさを備えているものだから。 

 しかも今回は、エリスの方もレイアを気に入ってるようだ。ハルとエリフィスから見たレイアは、無鉄砲で警戒心の薄い、甘やかされた令嬢で、どこがいいのかさっぱり分からなかったが、何かしらエリスの琴線に触れた様だ。


 王太子とパーカー侯爵家の嫡男も、無駄に色の篭った視線をエリスに注いでいる。パーカー侯爵家の長男など、会ったばかりですぐに魅了されているのだから、ちょろ過ぎる。

 幸いにも、王太子やカイトの存在は、エリスの眼中にはない。だが、不躾な視線にエリスが晒されているのは、我慢ならなかった。


「誰にも、譲るものか」


 ハルは誰よりも、強いまなざしをエリスに注ぐ。

 焦がれて焦がれて、仕方のない人。彼女の側に在る事は、決して譲れない。奪われるぐらいなら、エリスを連れて、死を選ぶ。

 

 エリフィスは無言で、そんな狂犬を見ていた。

 そして諦めにも似た色を、その瞳に浮かべていた。



◇◇◇


 王との謁見の日から一月余り経った後。エリフィスはラース侯爵家を訪れた。

 エリフィスが一月もラース家を訪れなかったのは、ドーグ・バレ(死を齎すもの)の事件のせいだった。王宮内が対応に追われ、魔法省副長官のエリフィスも後処理に忙殺されていたのだ。


 美しく整えられたラース侯爵家の庭園で、エリフィスはエリスをエスコートしていた。

 珍しい事に、ハル(狂犬)の姿が見当たらなかった。あの執事がエリスの側にいない事は稀だ。微かにヤツの魔力を感じるので、どうせ監視しているのだろうが、エリスを独占できる機会をみすみす逃す筈がない。

 

 ドーグ・バレ(死を齎すもの)は完全に解体された。ドーグを始めとする構成員たちは全て捕らえられ、粛々と裁きを待っている。隣国の第一王子が関与していたこの誘拐事件は、ロメオ王国内でも大きな騒ぎとなった。事件の発覚により、ロメオ王国からジラーズ王国への厳しい糾弾もあって、第一王子はジラーズ王国での支持基盤を大きく欠き、長く続いていた隣国の後継争いも、第二王子に軍配が上がった。


 第一王子は失脚し、その身はジラーズ王宮内にある王族専用の牢屋に生涯幽閉となった。そうはいっても、失脚した王族が牢屋内で長く生きられた例はない。新しい王が立って暫くすれば、これまで同様、ひっそりと()()してしまうだろう。


 ロメオ王国内でも、隣国と通じ国内で違法な人身売買に関わっていたいくつかの貴族家が摘発された。人身売買法の厳罰化の法案が承認されたことにより、国王の処断は苛烈だった。関与のあった貴族家は全て取潰しとなり、当主や関わりのあった者は全て斬首、一族も皆、平民に落とされ罪人として強制労働所送りという扱いだ。


 取り潰された貴族家の領地は王家直轄地となり、王の命を受けた代官に管理されている。処断された貴族の多くは、自領の犯罪者や貧民を隣国に奴隷として売り払っていたことが判明したため、領民にとってもそんな悪辣な領主が治めるよりも、国の直轄地になる方が歓迎されたのだ。悪辣な領主よりも賢王として名高い王の庇護の元なら、安心できるのだろう。


 そして、ロメオ王国では、ドーグ・バレ(死を齎すもの)に攫われた者たちの救済に本腰を入れ始めた。人望のあるジラーズ王国第二王子が後継に決まったことにより、隣国もようやく人身売買禁止の法整備に乗り出し、ロメオ国王は、第二王子を次期国王として支持すると表明した。両国の繋がりを強固なものにするため、その手始めとして、ドーグ・バレ(死を齎すもの)の被害に遭った者たちを救済するための追跡調査を、隣国と協力して行う事になった。


 レイアの誘拐事件も、世間に出ることなく何事もなかったという扱いになった。レイアが攫われたのが、人目も少ない早朝だったこともあり、すぐにパーカー侯爵家の者たちが屋敷内に緘口令を敷き、王家に判断を委ねたため、事件が表に出る事はなかったのだ。これで、レイアの評判に傷がつくこともない。

 この事件以来、学園でエリスがレイアに気軽に声を掛け、レイアが動揺しながらも普通に対応するので、いつの間に二人は仲良くなったのかと、クラスメイトの間では不思議がられていた。レイアも以前は勝ち気で厳しい言動が多かったが、近頃ではすっかり雰囲気が柔らかくなったと、ますます周囲からの人気を高めているようだ。


 巨大な犯罪組織の検挙という成果をあげても、ラース家が表に出る事は一切ない。ラース家の人間が功績に興味が無い事は分かっているし、王家が隠れ蓑になることが両者の約定であると理解している。あの腹黒く欲深い王が賢王として称えられるのは気に食わないし、犯罪者の捕縛ぐらいにしか役に立たなかったくせに英雄として称えられる騎士団も気に食わないが、エリスがそれでいいというのならば、エリフィスには特に異論はない。


 だがこれで、幼いエリスが作った魔力縄と眼鏡は全て回収された。今後、誰かにエリスの魔道具が悪用されることはない。漸く主人の憂いを晴らすことができたと、エリフィスは満足していた。


 だというのに。

 エリスは困った様に微笑んでいる。エリフィスを見つめる目は慈愛に満ちていて。

 そしてどこか、憂いを含んだままだった。


「まだ解決していない事があるわ」


 微笑むエリスにそう言われ、はて、とエリフィスは首を傾げた。ドーグ・バレ(死を齎すもの)もそれに関連する者たちも、一人残らず捕らえたはずだ。取りこぼしは無い。被害者たちも王家が責任を持って救出すると断言している。いったい、何が解決していないというのか。


 エリスはエリフィスの疑問に答える様に、ゆっくりと指を折りながら一つ一つ、丁寧に挙げていく。


「わたくしの魔道具を勝手に利用したドーグ・バレ(死を齎すもの)ドーグ・バレ(死を齎すもの)を利用していた隣国の第一王子。第一王子と繋がっていたロメオ王国の貴族家。全ての元凶である、あの詐欺魔術師を派遣した王家」


 エリスの笑みは冷たくなる。欠片の温もりの感じられぬその顔に、エリフィスは恐怖と高揚を覚える。


 エリスは懐に入れた者への情は深い。大事に守り、溢れんばかりの愛情を注ぐ。美しく、情熱と才能にあふれ、努力の惜しまぬ者を好むようだが、彼女のお眼鏡に適うのは難しい。彼女に愛される者は、それだけの価値と能力がある者なのだ。


 半面、エリスの目に留まらなかった者は、塵芥と同じ扱いだ。名すら覚えて貰えず、どうなろうと気にもかけない。


 そんな輩がエリスに手を出せばどうなるか。目障りで有害な虫がいれば叩き潰すのと同じように、一片の慈悲などなく、容赦なく葬るのだろう。


「それぞれに相応のお返しはしたつもりよ。ドーグ・バレ(死を齎すもの)は解体の上、構成員は全員処刑に。黒幕の第一王子は失脚。第一王子と繋がっていた貴族家は取り潰し。王家には牽制と、面倒な事後処理を押し付けたわ」


 エリスの話を聞きながら、彼は混乱していた。全ての問題は解決したはずだ。エリスを煩わせるものは全て、排除したはず。一体、何を見落としているのか。

 理由がわからず、エリスの不興を買ったのかとビクビクするエリフィスを、エリスは母親が子にするように、優しく撫でた。


「でもね、まだ罪を償うべき者がいるの」


 優しい仕草に安心して緊張を緩めていたエリフィスは、エリスの続いた言葉に衝撃を受けた。 



★【書籍化進行中】シリーズ1作目「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」

★【書籍化作品】「追放聖女の勝ち上がりライフ」

★【書籍化進行中】「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。」

★ 短編「女神様がやっちまいなと思し召しです」「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!アンソロジーコミック8」にてコミカライズ


こちらの作品もご一緒にいかがでしょうか。

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