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 レイアがいなくなって数時間。王宮に呼び出されていたパーカー侯爵家の者たちは、死人の様な顔で王と、王太子に向き合っていた。こんな態度では不敬と言われても仕方がないが、安否の分からぬレイアのことを思うと、取り繕う気力は無かった。

 侯爵はさすがにシャンと立っていたが、夫人はソファに身を沈め、ぐったりと伏している。嫡男のカイトは部屋の中をぐるぐると歩き回り、時折飛び出していきそうになるのを堪えている。本心では王宮を飛び出して、行方不明の妹を探しに行きたいのだろう。弟のロイはまだ幼いため、この場にはいない。不安な気持ちになりながら、王の命で仕方なく、王宮で待機していた。


「父上。本当に、待っているだけでよろしいのでしょうか」


 王太子のブレインが父王にそっと囁くが、王は緩やかにうんと頷いた。その何の心配もなさそうな態度を、王太子は不思議に思った。

 今回のレイア嬢誘拐事件は、父王が成立を望む人身売買禁止法の厳罰化に反対する輩の仕業だとされている。王の意に逆らうなど、それこそ国を揺るがす大事であるはずなのに、父王は悠然と構えるだけだ。いつもなら自ら騎士団を指揮して賊を捕らえるために全力を傾けるであろうに。何か理由があるのかと、首を傾げていると。


「自ら猟犬になると手を挙げたのは『紋章の家』の次期当主よ」


 こそっと囁き返され、ブレインの心臓は大きく跳ねた。父王の不意打ちに、取り繕えなくて顔を赤らめたが、納得もした。


「では。何の心配もないですね」


 同じ学園に通う学友でもあるレイアの身を心配していたブレインも、一気に心が軽くなった。()()が関わっているのなら、何の心配もないのだろう。


 今は学園ですれ違うぐらいしか会う機会はないが、それでも姿を見れば目が追ってしまうぐらい、ブレインの心にはまだ()()が色濃く息づいている。未来の王として、きっぱりと諦めた想いではあるのだが、そこは年頃の男の子だ。未練が無いわけもなく。彼の側近であるライトやマックスも、()()とすれ違うたびに顔を赤らめ、狼狽えているのだ。


 そんな事を考えているブレインの眼前に、眩しい光が瞬く。馴染みのある魔力に、知らずに胸が高鳴った。


 突然の事に、パーカー侯爵家の者たちから驚きの声が上がる。溢れる光に視界が潰れ、夫人からはか細い悲鳴が上がった。


「御前、失礼いたしますわ」


 軽やかな、女性の声。

 外歩き用の軽い装いだが、身体にフィットしたそのワンピースは、彼女に良く似合っている。茶色の髪をいつもより複雑な形に編み込んでいて、学園で見るのとは違う印象に、ブレインは新鮮さを感じた。


 そして彼女に手を引かれていたのは、混乱の冷めやらぬレイア・パーカー嬢。やや乱れた髪以外はどこにも怪我はなさそうだ。いつもは勝ち気な彼女も、突然、王と王太子を目の前にしているせいか、顔を青くして、激しく動揺している様子だった。いや、動揺は、国王と王太子の存在だけでのせいではないだろう。多分、色々あったんだろうなと、国王も王太子も己の経験を顧みて、レイアに同情した。


「レイア?」


 パーカー侯爵が目を見開いている。兄のカイトも、目を真ん丸にして驚いていた。


「お父様!お兄様!」


 家族の姿を認めて、レイア嬢の顔がくしゃりと歪んだ。娘に駆け寄ったパーカー侯爵は、その腕に娘を抱き寄せる。


「ああ。レイア。無事でよかった、レイア!」


 娘を抱き締める侯爵の声は、くぐもっていた。その目から涙がこぼれ落ちる。


「レイア!このバカ!じゃじゃ馬め!」


 カイトに叱られ、レイアは泣きじゃくりながら「ごめんなさい」と繰り返している。レイアに気付いた夫人が、涙を流しながら声を上げ、レイアに抱き付いた。


「レイア、レイア、良く無事で……」


 母の腕に抱かれ、レイアは身体中から力が抜けたのか、クタクタと膝を突いた。侯爵が先ほどまで夫人が伏していたソファにレイアを運び、両親に挟まれる形で座ったレイアは、母に抱き付いたまま、流れる涙を必死に拭っていた。


「戻りましたわ、陛下。こちらが獲物にございます」


 そんな感動の場面に興味がなさそうに、エリスはにこにこと陛下の前で淑女の礼をとった。彼女が従えているのは、不機嫌さを隠そうとしない不敬の塊である執事と、こちらも笑顔ではあるが、決して飼いならせない狼の様な目をした魔法省のエースである魔術師。なぜか蒼髪が金髪に変わってた。

 そして、ふよふよと浮いている獲物、……今回の犯人なのだろう。色々なところがおかしな形に曲がっているが、おそらく、人間だ。呼吸音は聞こえるので、生きているのだろう。犯人が捕まったようで良かったが、あまり見たくないぐらい無残な状態だ。


「あー。エリス嬢。それが今回の獲物か」


「ええ。陛下の御命令通り、ちゃんと生け捕りにいたしましたわ」


「あーうん。生け捕りとは言ったがな。生きているんだよな、あれ。随分とボロボロだが」


「勿論ですわ。魔力縄で縛るのがお好きな方でしたので、ちょっと淑女の秘密(コルセット)の模擬体験をしていただいたのですけど。ほんの少しきつめに締めただけで、あの体たらくですのよ」


 出来の悪い生徒を見る目で、エリスはふよふよ浮いているドーグにため息を吐いた。


「え、コルセットってそんな殺人的なもんなの?女性はみんな着けているでしょ。そんなにキツイもんなの?なんだか色々垂れ流しているけど。はぁー。いつも思うけど、女性のお洒落って、凄いねぇ」


 思わず素でそんな事を言う王に、エリスは微笑んだ。


「ええ、陛下。淑女の美は日々の努力と忍耐の上に成り立っていますのよ。女性には言葉を惜しまずお褒めの言葉をおかけくださいませ」


「おお……。肝に銘じよう」


 レイアの無事に湧き立っていたパーカー侯爵家の面々は、ようやく王の存在を思い出したようだった。慌てて居住まいを正し、家族そろって礼を取る。


「お、お騒がせを」


「よい。娘が無事でよかったな、パーカー侯爵」


「はい」


 涙目のパーカー侯爵が、エリスに視線を向け、深々と頭を下げる。


「エリス様。娘を助けて頂き、感謝する」


「わたくしは何も。陛下の御下命ですもの」


 捕縛のついでに助けただけだったが、それはおくびにも感じさせず、エリスは完璧な笑みでパーカー侯爵に応えた。


「銀髪、銀の瞳って。も、もしかして、ハル・イジー?え?それに、魔法省のエリフィス副長官?なぜ金髪に?いや、さっきの光はなんだったんだ?どうやってここに、しかもレイアを……」


 カイトがエリスの傍らに控えるハルとエリフィスに気付き、驚きの声を上げる。訳が分からないといったようにエリスとハル、エリフィスの顔を見比べていた。


「誰だコイツ」


「パーカー侯爵家の嫡男、カイト・パーカーだ。お前の同級生じゃなかったか?レイア嬢の兄だ。侯爵と同じ法務省に勤めていたな。有力貴族のことぐらい、頭に入れろ」


「必要ない」


「侯爵家当主となるエリス様をお支えする侍従ならば、高位貴族の情報ぐらい頭に入れていないと、直ぐにお払い箱だな」


「覚えた」


 小声のハルとエリフィスのやり取りは、幸いなことにエリス以外の人間の耳には届いていなかった。


「カイト・パーカー。詳しい話は後から父より聞くがよい。よいな、エリス嬢?」


 見かねた王がエリスに訊ね、エリスは興味がなさそうに頷いた。


「では、あらためて、エリス嬢。此度の件について報告を聞こう」


 居住まいを正した王に、威厳が戻る。命じられたエリスは、微笑んで頷いた。

 

「此度の事件の主犯はこのドーグという魔術師ですわ。ドーグ・バレ(死を齎すもの)という犯罪組織のリーダーで、主に人身売買を行っているようです。レイア様を狙ったのは、人身売買禁止法の厳罰化を阻止する目的だったようですわ。残りの仲間は、騎士団に通報して今頃捕まえているでしょう。攫われた人質たちも、無事保護されている筈ですわ」


「そうか」


 大方、パーカー侯爵の予想した通りの犯行動機だったので、国王はそれほど驚かなかった。侯爵からの報告によれば、以前から法案を取り下げるよう脅迫の手紙が届いており、パーカー家では警戒を強めていたという。


 それにしても、こんな短期間で主犯どころか犯罪組織を一網打尽にするなんて、やはりラース侯爵家は優秀なのだと国王は実感した。また、エリスが学園の友人を助けるとは。エリスがなぜ此度の事件の解決に乗り出したのか分からなかったが、もしや友人であるレイアのためだったのか。意外と、情に脆い所もあるものだ。

 国王は、エリスのそんな甘い行動に、今までのラース侯爵家の当主よりも扱いやすいかもしれないと、内心、ほくそ笑んでいたのだが。


「調べにより、王都や他の地域で起こっている行方不明事件にも、この組織が関わっている事が判明しました。行方不明事件が起きている領地の領主たちは、皆、人身売買禁止法の厳罰化反対の立場を取っている貴族家でした。どうやらドーグ・バレ(死を齎すもの)を介して、自領の孤児や罪人たちを、商品として販売していたので、厳罰化に反対したようですわ」


「ん?」


「そしてこのドーグ・バレ(死を齎すもの)なのですが。どうやら隣国ジラーズ王国の第一王子の子飼い組織らしくて。被害者たちの多くは、魔力を抜かれた後、ジラーズ王国へ奴隷や娼婦として売られている様ですわ」


「んん?」


 いや、ロメオ王国内のどこかの不届きな貴族家が、この誘拐事件のバックにいるかもしれんとは予想していたが。各地で起きている誘拐事件とはなんだ。しかも我が国の貴族家が複数関与していて、黒幕はジラーズ王国の第一王子とは?情報過多過ぎて、国王の背中に冷や汗が流れた。なんだか思った以上に事が大きくなりそうだ。


「国内の貴族家の悪事の証拠はこちらに。エリフィス?」


 エリフィスが国王に恭しく差し出したのは、貴族家から集めて来た悪事の証拠だ。奴隷の売買記録から、奴隷の販売計画書。罪人の量刑をワザと軽くして売り払っていた記録。ドーグ・バレ(死を齎すもの)への協力を約束する血判付きの協定書まで。悪事を働いた全ての貴族家の証拠書類が揃っていた。完璧な仕事ぶりだ、流石はラース家だなと、王は少し現実逃避をした。


「そして、ジラーズ王国の第一王子が関わっていた書類は、こちらに。シュウ?」


 魔力の揺らぎもなく、いつもの様に忽然と現れたラース家の筆頭執事、シュウ・イジーが、優雅に礼を取った。


「御前、失礼いたします」


 シュウがエリフィス同様、国王へ書類を差し出す。ジラーズ王国の言語で書かれているが、数か国語を修めている国王には何の問題もなく読めた。第一王子からドーグ・バレ(死を齎すもの)への指示書やその他もろもろ。強力な第二王子派であるジラーズ王国の魔術師団長殺害指示書まであった。そういやあの国の魔術師団長が行方不明だったなと、王はぼんやり思い出した。


「面倒を掛けたわね、シュウ。急に隣国の王宮に忍び込んでもらって、申し訳なかったわ」


 可愛らしく詫びるエリスに、シュウは目尻に皺を刻み、首を振る。


「主の命とあれば、何なりと。老骨なれど、いくらかはお役に立てましょう」


 隣国の王宮に忍び込んで……、というエリスの言葉の途中で、国王は心の耳をふさいだ。何も聞いていないのだから、何の問題もないだろう。


「本当はハルかエリフィスに行ってもらう予定だったのよ。でも、主犯を捕まえる方に参加するって、二人とも言う事を聞かなくて」


 ぷんと頬を膨らますエリスに目を細めながら、淡々とシュウは呟く。


「『取ってこい』も出来ない部下(駄犬)に、詫びのしようもございません。鍛え直しですな」


 大方、エリスの供をハルとエリフィスのどちらも譲らなかったのだろう。出来の悪い部下たちに、まとめてお灸を据えなくてはと、シュウは穏やかに微笑みながら、頭の中で算段を立てる。ハルとエリフィスが守護の魔術陣を強化したが、そんなものはシュウにとって何の障害にもならない。出来の悪い家人の躾は、ラース家筆頭執事である、シュウの仕事なのだ。


「さて陛下。こちらの証拠をそろえましたのも、お願いがございますの」


 にっこり。微笑んでいるのに、まるで氷のような冷たい雰囲気が、エリスから感じられた。

 

 

★【書籍化進行中】シリーズ1作目「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」

★【書籍化作品】「追放聖女の勝ち上がりライフ」

★【書籍化進行中】「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。」

★ 短編「女神様がやっちまいなと思し召しです」「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!アンソロジーコミック8」にてコミカライズ


こちらの作品もご一緒にいかがでしょうか。

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