3 弱虫勇者と、男運が無い呪い
魔王城のすぐそばにある村まで辿り着いた私は、村の宿屋に一泊してから魔王城に向かう事にしたの。
驚いた事に、その宿屋に勇者サード様の仲間達が滞在していたの。皆さんも私の事はご存知だったから、とても驚かれていたわ。
「ユーリリアン王女! こんな魔王城のすぐそばまで、単身で来られたのですか!?」
「はい。……サード様のお姿がありませんが、サード様はどうされたのですか?」
彼らの返答を耳にするまで、不安で心臓がドキドキしたわ。サード様の身にもしものことがあったら私はーー
「サードは魔王城に残ってまだ戦っているんだと思います。私達が逃げるための時間を稼いでくれたんです」
見れば皆さんも満身創痍で、すぐまた戦いに行けるような雰囲気では無かったわ。仲間のために自分を盾にするなんて、本当に素晴らしい勇者様! サード様なら、身分に関係なく、王国の未来を託す事ができるわ。
サード様と結婚するには、何としても生還して頂かなくては。私は皆さんにサード様が居そうな場所を教えていただいて、そのまま宿屋を飛び出したわ。一刻も早く未来の旦那様の命を救わなくては。
魔王城に居る魔物や、強力な魔王の臣下は、ほとんどサード様とその仲間達によって倒されていたみたいで、私が進んで行ってもたいして強い魔物は出てこなかったの。それも幸いして、すごい速さでサード様の元にたどり着く事ができたのよ。
「サード様!!」
私は王宮の宝物庫から拝借して来た聖剣を携えて、今まさに魔王に襲われているサード様の元へ走ったわ。
「まさか、たった一人で魔王に挑まれていたのですか……? 仲間の皆さんは無事で、村の宿屋でお休みになっていましたよ。サード様に何かあったら思い、居ても立ってもいられなくなり、ここまで来てしまいました」
サード様は傷つきボロボロの姿で、私は涙を抑えきれ無かったわ。そんな私の涙を優しく拭って下さり、サード様は笑ってくれたの。
「仲間を巻き込みたくなかったんです。おれが倒せば、世界は平和になる! だけど……魔王は強かった……このままではおれも貴方の身も危ない。どうか、ユーリリアン王女だけでもお逃げ下さい。その時間だけでも、おれが稼いで見せます」
うっ、と苦しげな呻き声を漏らして、サード様は血を吐いたの。私は怒りに震えながら聖剣を握り直したわ。
「ふはは、お前がユーリリアン王女か。噂に違わぬ美しさよ。勇者を殺し、お前をこの魔王の妃にしてやろう。喜ぶが良い!」
いくら私に男運が無いからと言って! 人外の、しかも紫だか緑だか分からない不健康そうな肌の色をした、推定年齢うん百歳と言われそうなシワシワゴワゴワの魔王と結婚するなんてーーーー
「お断りですわ!! 私の未来の夫を守る為、貴方をここで倒させて頂きます!!」
私は聖剣を構えて、魔王に向かって走ったわ。
「ユーリリアン王女! 貴方じゃ敵いっこない! 止めるんだ!」
後ろからサード様の声が聞こえたけれど、私は立ち止まらなかったわ。サード様を支える為に血を吐くような思いで鍛えたこの剣を、受けてみなさい!
「何だとっ! な、何故王女がこんなに強いんだ!?」
魔王と打ち合いながら、明らかに魔王が困惑していたわ。私は切っ先に神経を集中して、時に魔法を交えながら戦ったの。
「魔王という肩書に負けていらっしゃるのでは? 私にここまで追い詰められる程度なのですから!」
実際に、この魔王は偽物なのかしら、と思うほど手応えのなさを感じたわ。もうあと少しで倒せる、そう思っていた所に、魔王がいきなり不敵な笑みを浮かべて来たの。
「ふ、ふはは! 王女に魔王が倒されるなどあってはならぬ! このまま自爆して、勇者共々葬り去ってくれるわ!」
魔王が怪しい呪文を唱え始め、いけない、と思った時には自爆呪文が起動し始めていたわ。私の最後のひと太刀が間に合えばーーーー
その時、ふとまた懐かしい香りがしたの。あの人が吸っていた手巻きタ煙草の香り。そして、黒塗りの短剣がどこからとも無く飛んできて、魔王の背中を貫いたの。
「ぐあっ! な、なんというタイミングで邪魔を……ぎゃああぁ!!!!」
「魔王討ち取ったり!!」
短剣で自爆呪文が中断されたお陰で、私のひと太刀が間に合ったわ。聖剣によって倒された魔王は、再び長き眠りにつく。それにしても、何故勇者サード様に必要な聖剣が、うちの王宮の宝物庫で眠っていたのかしら。
「サード様! やりました、魔王を倒しましたわ。これで私と結婚してくださ……」
「やめてくれ!」
喜びながら駆け寄った私を、サード様はいきなり冷たく突き放して来たの。とてもショックだったし、何故だか分からなかったわ。
サード様は私から目を逸らし、苦しげに魔王の亡骸を見つめていたわ。
「ユーリリアン王女……魔王を倒したのは貴方の手柄です。おれは、おれの実力は貴方の足元にも及ばない……」
すごくショックを受けている様子のサード様。私はサード様の力になりたい一心で剣と魔法の腕を磨いてきたのに、いつの間にかサード様の実力を上回っていたなんて。
「申し訳ないが、ユーリリアン王女。おれは……おれは、自分より強い女性は好みじゃないんだ!!!!」
そ、そんな! 私はサード様への恋心がガラガラと音を立てて崩れ去ってゆくのを感じたわ。サード様のために鍛えたはずが、それを理由に振られるなんて。
……もういいわ。何もかも。
私は魔王の背に刺さった短剣を拾って、聖剣はサード様のそばに投げ捨てて、涙で揺れる視界の中、サード様に最後の言葉を投げかけたわ。
「分かりました、サード様。聖剣をお渡ししますから、どうぞ魔王はサード様が倒した事になさって下さい。私はもう、誰かに愛してもらうのは諦めて、自分探しの旅に出る事に致します。私の愛する父王と母に、ユーリリアンは強くなるための旅に出たとお伝え下さい」
私はそう吐き捨てて、短剣だけ持って魔王城を後にしたわ。
それから私は、身分を偽り、冒険者として色々な街を転々としたわ。私は本当に強くなり過ぎてしまったみたいで、あっという間に腕利きの冒険者になってしまったの。
ある日、ある依頼でワイバーンの群れを倒した帰り道、驚くべき話が聞こえて来たわ。
「おい、北の魔王を倒した勇者サード、あいつが遂に、王国の王になったらしい! 王妃には、聖女様を迎えたらしいぞ」
「ああ、王座の前には魔王を倒した聖剣が今も飾ってあるらしいな! それにしても、あの王国のお姫様、傾国の美しい王女はどうなったんだ? 勇者と結婚するはずじゃなかったのか?」
「それが、男運が無い呪いにかかっているらしく、勇者と結婚できないまま、呪いを解くための旅に出たそうだ。絶世の美女だっていうからな、どこかでお目にかかってみたいもんだ」
……あなたの隣で馬に乗ってるのが、その王女ですわよ、とはいえなかったわ。
それにしても、サード様。私の不在で、随分と好き勝手やってくださってるみたいね。
父王と母に上手いこと取り入って、王位を譲ってもらったんだわ。そして、本来ならば私が居るはずの場所に、聖女を据えたのね。私に劣らない身分と見た目の女性を選んだのでしょうね。
男運が無い呪い、これはきっと母が言ったことを都合良く使ったのね。母もそう言っていつも心配していたもの。
良いわ、勇者サード。少しの間だけ、魔王を倒した王、という偽りの肩書を楽しみなさい。目的が達成出来れば、私が真実と正義を持って、王国に凱旋するから。その時、王冠を頭から落として哀れに懺悔する姿を見る事を楽しみにしているわ。
私の目的はただ一つーーーーレギ卿を見つける事。
魔王が自爆呪文を使おうとした時、どこからとも無く飛んできた短剣。今も私はその短剣を肌身離さず持ち歩いているの。あの時匂った手巻き煙草の香りが、この短剣からもしているの。
私に男運が無い呪いをかけたのは、もしかしたらレギ卿かも知れないわね。
彼以外の男を選べない呪い。そして、彼にしか解けない呪い。
王宮で、大切に大切に育てられて来た私が、今や剣と魔法をぶちかまし、魔物や盗賊相手に毎日のように戦っている。
私は街の宿屋に撮っている自分の部屋で、安物の葡萄酒を飲みながら、黒塗りの短剣を眺めていたの。
鏡を見れば、化粧もせず、日に焼けて健康的な肌の色をした、気の強そうな女性がそこにいる。傾国の美しい王女、とはとても呼べそうに無いわね。
「でもきっと、今の私なら、貴方に釣り合うんじゃ無いかしら?」
私は誰にでも無く呟いたわ。そうしたら、私の前にふっと影が落ちて来て。
「……その自信過剰な所。性格に難あり、それが、貴方が男運が無い呪いにかかっていると言われた所以だと、俺は思いますよ」
夢なら覚めないで、と私はその瞬間に願ったわ。長年待ち焦がれた男性が、今、私の後ろに立っている。
懐かしい彼の声。それに、手巻き煙草の香り。
「レギ卿。私がどれだけ探したとーーーー」
私は立ち上がりながら彼の方を向いたわ。すると、彼は私の顔を両手で挟んで、自分の顔と真っ直ぐ合わせたの。
昔こうして見つめ合って触れ合った、あの時と全く同じ。あの時失ってしまった私の男運が、ようやく戻ってこようとしているみたい。
黒曜のように深い黒い瞳が、悪戯っぽく笑ってる。傾国の美しい王女とかけ離れた私を見て、とても楽しそうに笑っているわ。
「ユーリリアン、言いたい事はそれなのか?」
レギ卿に言われて私はハッとしたわ。どれだけ探したか、きっとこの人は知っている。知っていて、やっと今姿を表してくれたんだわ。私は高鳴る鼓動を知って欲しくて、レギ卿の逞しい体に自分の体を預けたわ。
「……逢いたかった。レギ、私はずっと貴方が好き、貴方だけを愛してるわ」
レギ卿はふっと笑ってから、私の事をぎゅっと抱き締めてきたわ。それが嬉しくて、私は自分の瞳から流れる涙の熱さにびっくりしたほどよ。
「俺も、好きですよ」
ああ、こんな幸せな事があるのかしら。弱くて嘘つきの勇者なんかもうどうでもいい、好きにさせてあげるわ。だって私は遂に最愛の人と結ばれたのだから。魔王を倒せなかった勇者の嘘に構っている時間なんか無いの。そんな事に時間を使う位なら、一秒だってレギ卿の為に使いたいの。
「……良い加減、離れませんか?」
レギ卿が頭の上からそう言ってきたけれど、私は首を横に振ったわ。
「嫌。離れたらまたどこかに消えてしまうかもしれないから……。もう二度と離れない、ずっとそばに居る、って言ってくれるまで、離れないわ」
「困った王女様だ」
私は手巻き煙草の香りに包まれて、世界一幸せになったわ。彼の大きな掌が私に触れる度に、私はかつて経験した事が無いほどの喜びを感じたし、彼が私に愛してるって囁いてくれる度に、涙が止まらなくなるのを堪えるのにとっても苦労したわ。
レギ卿と冒険者として旅をしながら、父と母に手紙も書いたの。
「お父様、お母様へ。
ユーリリアンは元気です。お父様、お母様はお元気ですか。もし何か困った事があれば直ぐお伝え下さい。冒険者組合で金の冒険者宛に通達を出していただければ直ぐ馳せ参じます。今、王を務めている嘘付きの弱虫は、きちんと民を思って政治を行えて居ますか? 今だからお話ししますが、魔王を倒したのは弱虫勇者ではなく私です。しかも、おれより強い女性は嫌だと結婚を断られたのですよ。今となっては笑い話ですが、きっとこれを読んだお父様は大激怒して、弱虫勇者から王位を剥奪なさるでしょうね。私の代わりに弱虫勇者と結婚した聖女は幸せそうにしていますか? 自分の夫が嘘つきと知ったらさぞショックを受ける事と思います。でも、聖女なのに相手の本質を見抜けなかったのは残念ですね。私はいつも王国の明るい未来を祈っています。
そういえば、私も結婚したのです。お父様お母様にお伝えするのが後になってしまい申し訳ありません。相手は『漆黒騎士』レギ卿です。彼は私の命を二度も救ってくれたのです。一度目は狂王子に襲われそうになった時。二度目は魔王が自爆呪文で弱虫勇者と私を殺そうとした時です。私の事をずっと守ってくれていたのだと思います。魔王を倒したのに王国に戻らなかったのは、レギ卿を探したかったからなのです。無事に見つける事が出来、結婚まで辿り着く事が出来ました。お母様、私はもう男運の無い呪いには掛かっていませんよ。レギ卿がその呪いを解いてくれましたから。
お会いする頃には、私のお腹に宿っている小さな命がこの世に生まれ落ちていると思います。楽しみにしていて下さい。傾国の美しい王女ではなく、金の冒険者となった娘、ユーリリアンより」
完
完結しました!
ちなみに登場する男性方は実際のモデルがいます。
ユーリリアン自身が性格に難ありで、それを指摘してくれるレギ卿だからこそ、幸せになれたのかもしれませんね。
ちょっとギャグな感じも織り混ぜて、楽しく書かせて頂きました。
読んでくださった方、ありがとうございます!精一杯の感謝を伝えさせて頂きます!!