復讐者、すっきりする
カーナークは一旦転移紋を使い、どこからか絵本を取り寄せてきた。
そこにはこうタイトルが記されていた。
勇者 ラッシュの伝説
ミカロジュに長い間伝わる絵本みたいだ。
絵本の表紙には典型的な勇者の恰好をした男と、恐らくバロンなのだろう…獅子の魔獣の様な絵が描かれていた。
昔々あるところにラッシュという少年がいました…というお決まりのフレーズで始まっていた。
話の内容は至ってシンプル。
まだ種族という壁が深かった時代
ラッシュという旅人が獅子の魔獣であるバロンと出会い、共に旅をしていた。
幼かったバロンを彼の故郷であるミカロジュの森の奥深くへとやってきた時にそれは起きた。
なんと、竜がミカロジュの森にあるエルフの集落を攻めていた。
心優しいラッシュはエルフ達を助けた。そして、エルフ主義だったエルフの民はラッシュの説得で人間との国交を開始した。
竜を共に退いたバロンはラッシュの頼みでミカロジュを守る霊獣として進化し、集落の無事を見と遂げたラッシュはそのまま南へと旅立った…と話が記されていた。
「このラッシュが…実際の人物だと?」
カーナークが答えた。
「あぁ、人間が嫌いなエルフが唯一認めている人間だ。それがラッシュ・アデルバート。我らエルフは敬意をこめて、こうして童話で話を紡いでいるのだ。しかし、貴様ら人間はいつになっても我々エルフを道具として扱う」
「え?」
「我々の転移紋もしかり、人間の美意識からくる我らの誘拐もしかり、ずっとエルフは他国からの迫害に悩まされた。それは勇者ラッシュが我らエルフの心を開いたのちに、改めて人間の肩入れをやめる程にな…」
「…まぁ、否定はできないな」
勿論、リョウマはエルフを誘拐などしないし、認めない。しかし、一定数の人さらい達がエルフを誘拐しているのも事実だ。転移紋を魅力に感じる各国の権力者もいるのだろう。
「で、ラッシュが前の【復讐】の宿主か…」
(どうなんだ?実際の所?)
リョウマは心の中にいるレイジに聞いてみた。
すると、簡単に返事が来た。
(あぁ、ラッシュは勇者と呼ばれていたよ。そして、その南へと旅立ったってところで…ある程度の見当もついてんじゃない?)
(あぁ…この後に魔王国を建国したんだな)
どのくらい前か分からないが、ミカロジュの森での出来事の後にラッシュは魔王国を建国して初代魔王の座に君臨したのだろう。だから、ミカロジュの森がラフロシアを送っていた。それもこの童話からの縁から発生したものなのだろう。
バロンは悲し気に口を開いた。
「ご主人様は元々種族同士や国同士の軋轢を嘆いていた。それも妹君の死からずっとだ。そして、魔王国の建国へと繋がったきっかけがこのミカロジュの森という事だ」
「へぇ…そうなんだ。知らなかったぜ…」
というか聞かされていない。
リョウマがラフロシアから教わっていたはこの国の言語に一般常識で歴史は最近の事しか習っていない。ましてや童話なんて呼んですらいなかった。
(でも、ならあいつはどうしてこの事を言わなかったんだ?)
赤髪の美しい君であるアマンダを思い出したリョウマ。
魔王である彼女なら、初代魔王が【復讐】のスキル持ちだという事を知らないという事はありえるのか?
この事実に新たな疑問が生まれたが、勝手にカーナークが説明を続けた。
「そしてだ!童話の通り…バロン様は長年、我らエルフの集落であるこのニューアリアを守ってきた!そのおかげでたくさんの困難を退いてきた」
「ここ数十年は何にもないがのう…。主に鳥たちから情報を聞いて、それで大会議の老エルフ達に助言を言っていただけじゃが…そうじゃな…実は今回リョウマ達を捕まえる様にいったのも鳥たちがいってきたからなんじゃよ」
「鳥たちが?」
「あぁ、なんでも魔王国からくるリョウマとレンコというやつらが私を殺すと言ってきてな…思えば、あの鳥たちは…どこからきたのかのう」
バロンは思い出したかのようにしてはッと顔をあげた。
「うん?捕まえる?ちなみに武力行使は?」
しかし、リョウマはその前にバロンの言った事が聞き逃せなかった。
「? そんなの命令するはずがないじゃろ?リョウマの名を聞いた時点で魔王国の国家象徴と分かったからの…まさか…」
そして、バロンはカーナークの方を睨む。
カーナークはそっと別の方向へと首を曲げて…言った。
「私は霊獣様を守るために、迅速に捕まえようとしたまでで…」
「こいつ、俺を、殴りました」
感情の無い声だが、素早くはっきりとリョウマは告げ口をした。
「カーナークぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
牙を剥きだしにしてバロンは怒鳴った。
「はいっ!!!!!!!!!!」
バロンの叱咤に国家象徴であるカーナークもリョウマもピシっと姿勢を正した。
「貴様ぁ…簡単に手を出すなとあれほどいっておるだろう!国家象徴として指名した私の身になれ!!!」
「はぃ…申し訳ありません…」
「全く…実力は確かなのに、いつまでもつまらない見栄を張るなバカ者!貴様も相手が魔王国の者ならそれを相応の礼儀があるだろ!私のご主人様が建てた国の者だぞ!!」
「反撃される可能性があったので、先に先制を入れたまでなのですが…」
「言い訳にならん…まずはしっかりと話してからじゃろうが!!勝手に人間を愚かな存在と決めつけるな!だから馬鹿ものと言っているのだ!」
「はい、申し訳ありません」
「はぁ…すまぬの、リョウマ」
「いえ、私は今のですっきりしましたので」
リョウマは満面の笑みで叱られたカーナークを見る。
「そうか、それは良かった、すぐに貴様と君の仲間を解放するように言おう…それと話は戻るが、まず先に謝ろう…すまない。ご主人様の事だが段階のヒントという事なら私には分からないのう。私をこのミカロジュの森で別れた時はまだご主人様は憤怒の番人に認められていなかった」
「そうなんだ…」
その可能性は考えていた。
「あぁ、竜を倒しはしたが、それは【復讐】の第一段階での事じゃな。己に【復讐】を当て、相手の力を奪った結果の身体強化じゃったといっておったのう。それはもうできておるのだろう?憤怒の番人と意思疎通ができているという事は。」
「あぁ…」
流狼との決闘を思い出したリョウマ。
相手の力を上書きする【復讐】の真の力。
それはこれまで相手に向けていた【復讐】を自身に向ける事で発動される。
そのおかげで、強敵であった流狼とも渡り合えた。
「逆に、第一段階の力だけで竜と渡り合えたのか…」
竜はこの世界で最強の種族の一つだ。
「すごかったぞ?もう武人も顔負けの勢いの攻撃じゃった…」
「それって、空気の様な塊が出せていたりしました?」
リョウマは流狼の時に出た攻撃についてバロンに聞いてみた。
しかし、バロンは分からないっていった顔で答えた。
「いや…ご主人様が【復讐】の力でそんなものを生み出していたのは見た事がないぞ」
それはつまり、リョウマの持つもう一つの力である【英雄】でやったのだという事になる。
(あの力は【英雄】のだとして…どうしていきなりあんなことが出来たんだろう…流狼の力も吸収して、空気を圧縮できたっていうのが筋だと思うけど…それだけなのかな?)
リョウマはバロンの話を聞いて、【英雄】と【復讐】のスキルが複合してできた技だと考えた。それ以外に今ある情報では判断のしようがなかった。
「じゃあさ、憤怒の番人については?七つのスキルとかについても知りたいんだ」
これも霊獣に聞きたかった事だ。
「それは死んだ私の母から聞いた事があるぞ…それは遥か昔にこの世のスキルは一人の人間が作ったと言われている。」
「人間?」
また意外な情報を耳にした。
「私のように長く生きた魔物なら誰でも知っておることじゃ。なんでも、その人間が才能を可視化するというアイディアを持って、それぞれの特性を見極めやすくしたらしい。それからこの世界にはスキルという力が蔓延するようになった。まぁ、それでも種族同士の争いは収まるどころか、より強いスキルを求めていく傾向になってしまったがな」
メグのいたランドロセル王国の事を言っているのだろうか。
バロンは悲しそうにしてスキルによって種族との争いが終わらない事を嘆いていた。それがかつてのご主人様の願いだったからだ。
「才能を可視化か…憤怒の番人もいっていたな…しかし、その人間は相当才能に固執していたんだな…全くいい迷惑だよ」
才能が分かってしまったために苦労したリョウマは文句をこぼした。
「その文献は大会議の図書館にでもあるだろう…興味があれば読んでいきなさい。許可も出しておこう」
「有難うございます。あっ、後忘れていたのですが…」
ここでリョウマは本当の目的を言い出した。
「俺達さ、イグルシア帝国へと転移紋で飛ばしてほしいんだけど、それもお願いできる」
「それも、こちらが無礼を働いた手前、断るわけにもいかんだろうに…よかろう、それも私の口で大会議に通しておこう」
「有難う!助かる」
これでイグルシア帝国への道も開けた。
リョウマは旅の目的の第一歩が達成されて安堵する。
「では、私は貴様たちの嘘の情報を流した鳥共を見つかなければいけないのお…」
「そうですね、バロン様…結局その鳥は一体なんだったのでしょう?」
すると、リョウマはある可能性が思い浮かんだ。
「もしかして、それって…」
そして、その答えを言おうとした時に、転移紋からエルフの兵士が出てきた。
「カーナーク様!至急大会議へお戻りになってください!」
「どうした!」
「緊急事態です!大会議にあります転移紋から―――」
「――――突如、イグルシア帝国の部隊が大会議、そしてニューアリアの落とすために攻めてきました!!!!」
「何!」
カーナーク余りの事実に驚きを隠せなかった!
「どうしてあいつらが転移紋を使える?!!」
「分かりません!!ただ至急国家象徴であるカーナーク様には大会議へと帰還し、防衛に回ってほしいと!」
「あぁ!すぐにいくとも!」
「俺も行こう。イグルシアなら全く関わりがない訳ではない」
そして、これがこれまでのリョウマにとって苦しい戦いへの火蓋が切って落とされた。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋