復讐者、さらに現る
ジュライドの街から少し先にある山、ヘルバス山脈。
森で覆われたこの山脈は多くの魔物の巣となっていた。
しかし、今この森での魔物の数は減っていた。
それ山脈にある頂上付近で長い眠りに付いている魔物が起きたからだ。
まだ雪が残る頂上付近の洞穴で眠りについていたその生物は狼だった。
数多くいる魔物と比べても、その大きさは計り知れないほどに立派で、しかし孤独を感じさせた。
数十年の間、この魔物は…文字通り一匹狼でやってきた。
その数十年、彼は魔物とそして人との戦いに身を置いていた。
理由はない、気づけば戦いという手段と取っていた。
狼はため息をつきながら、少しだけ昔の事を思う。
覚えているのは人に追いかけられる毎日だ。
当時は人の言語、そして知恵も知らなかったので、分からなかった。
ただ毎日のように仲間は狩られた。
自分の兄弟、父親、そして母親。
どんどんと同種の狼が、その命を失っていく中、彼は懸命に生き延びた。
しかし、彼は生き延びられても、彼の仲間は一人として生き残らなかったのだ。
そして、彼も意識が朦朧とする中、気づけば森の中に逃げていた。
そこは見慣れない森だった。
育った森の匂いはしないが、どこか力が漲ったのを覚えている。
そして、今でもあの時の感触を覚えている。
突然に現れ、ぼろぼろだった狼を襲いに来た見た事もない生き物たち。
狼は鼻で息をしながら、過去の体験を思い返す。
そんな場面でも生きたいという気持ちは忘れなかった。
むしろ、より強烈に心に刻まれた。
そして、今まで感じなかった力を感じるようになったのだ。
後に狼はその力が人間の言葉ではこれをスキルというのを知った。
その前まではただ襲ってくる生き物を全て狩っていた。
気づけば人間は襲ってこなかったがそんなの関係ない。
もはや戦う事が狼の存在意義だったのだ。
しかし、数十年が経つと、彼を襲う魔物は出てこなくなった。
それで暇になった魔物はこのヘルバス山脈の頂上で眠るようになった。
そしてごくたまに人里近くに降りて、適当に餌を食べるようになった。
戯れで、10年ほど前に人里に降りた時に、人語を勉強したが、おかげで幾分かの知恵がついた。そして、ここが違う世界だという事にも。
それを知っても狼は特にする事はなかった。
これまで戦いで生きていたが、それもなくなりただ惰眠を貪る他に無くなったのだ。
時々、襲ってきたあの人々の事を思うと、ついさっきが漏れるが、この山脈の周りには人里、ましては人間の強者は来ないので、ばれる事もない。
狼は知っていた。例え己の力が強くとも、人のしぶとさを。
なので、己の事に関する事以外は人をできるだけ襲わないようにしている。
前に人里に降りた時は見つかってしまったために軽くいなして戻ってきたが…あれは例外だと一人愚痴る狼。
あくびをして、今日はどんな夢を見るかと考えているとふと気配を感じる。
「何者だ?」
すると狼は洞穴の入り口の方に鋭い視線を向けた。
並みの魔物ではすんなりと気絶してしまうその視線は、同時に狼の危険度も表していた。
しかし、その視線を向けた存在には効かなかったようだ。
「これは失礼。まさか言葉を操れるとは思っていなかったので、少々隠れて様子を伺っていました」
何処からともなく、声が洞穴ないに木霊する。
すると、何もない所から突然仮面をつけた二人組が現れた。
それぞれ、黄色を基調としたピエロみたいなお面と白色を基調とした儚い模様が施されたお面を着けていた。
黄色のお面の方は声から察するに男性だ。そして、彼の方は身長が高い。
「何者だ?」
「おっと、私達は怪しい者ではありませんよ、ちょっとあなたには折り入って話し上げたい事がありまして、さて、どんな風に話せばいいのやら…」
黄色の仮面の男は馴れ馴れしい態度で狼に言う。
その軽薄な態度に狼は苛立ちを隠さない。
「我は…何者だと聞いたのだ!」
狼は牙を剥きだして、威嚇する。
そして、この狼は魔法を操れる。
≪狼風≫
狼の形をしたかまいたちが黄色の仮面の男の方へと…
「どひゃゃゃゃゃ!!!!!白ちゃん!守って!守ってぇぇぇぇ!」
向かってくる黄色の仮面の男はその攻撃に悲鳴を上げるも、その悲鳴もどこか人を小馬鹿にしたように感じさせた。
ざしゅっ!!!!
その狼が適当に放った魔法の一撃で、洞穴の地面が大きく抉れ、周囲に土埃で入り口までが見えない程となっていた。
そして、邪魔者の生存の確認をしようとしたが、狼は諦めた。
匂いで分かる、血の匂いがしない事を。
「ほう、ただの人ではないようだな」
再び視線を黄色の仮面の男がいた所へと向ける。
そこには白い仮面をつけた者が黄色の仮面の男を守るようにして佇んでいた。
あの狼の一撃を防いだようだ。
「白ちゃん!有難う!全く!あの狼ったらいきなり魔法なんて使うなよな!」
黄色い仮面の男は礼を言うが、白い仮面の者は興味がなさそうにして、元の位置に戻る。
どうやら交渉はあの黄色い仮面で、白いのはボディーガード役できているのだと狼は察した。
「もう一度言おう、貴様らは何者だ」
狼は再度質問する。
「あなたって流狼でしょ?ジュライドの街に祀られている?」
「…そうだな、そこの街の人間には呼ばれているが…まぁ好きに呼ぶがよい」
狼改めて流狼は己が流狼だと認めて話を続けさせた。
「過去にヴォンロウド一帯の魔物を殆ど駆逐した伝説の狼。そしてそいつがまだ生きていると知った時は本当に驚いたよ」
じろじろ見る様にして、黄色の仮面の男は流狼へと近づいた。
「そんなあなたにお願いがありまして、この度は遠路はるばる、雪の道をえっさほっさとやってきました」
ざっしゅ!
再び、今度は小さめの斬撃が黄色い仮面の元へと跳んだ。
「ひぃー!」
「私は嘘が嫌いだ、その見てくれと匂いでお前たちが直接ここへ来た事は分かっておる」
山を登ってきたにしては身なりが綺麗すぎる。
「なるほど、観察眼…及び知恵もあるようで」
「貴様には人を苛立たせる才能があるようだな」
流狼は牙を剥きだして言う。
「で、なんだ貴様らの要件は、我は老い…そして死をを待つ身。戯れに聞いてやろう」
初めての来訪者という事で少し聞く耳を持ってしまった。
もしつまらない話ならすぐに食い殺してしまおうと思い、耳を傾ける。
そして、流狼は耳を疑う言葉を聞いた。
「あなたの出生と同じ者がこの世界に来たといえば…どうですか?」
流狼の耳が大きく反応する。
「…そいつは人間か?」
「はい、貴方様と関連のある方ですよ」
散々、いらん事を話す黄色い仮面の男は返答を早くして答えた。
すると、流狼は先程まで寝ていたのかを忘れるかのように体を強張らせた。
立ち上がり、そして大きく前かがみになりながら震えた。
黄色の仮面はそれが何を表しているのかを感じられた。
それは怒りだ。
「ほぉ…詳しく聞かせろ」
怒りの感情を抱きながらも、その怒りの発散できる物を見つけたかのように顔は笑っていた。
「実はあなたを祀っている街、ジュライドの街に異世界から来た人間が停泊しているのですよ」
黄色の仮面の表情は当然見えない。
しかし、流狼は分かっていた。この男は笑っているという事を、それも質が随分と悪い笑いだと。
「私達の要求はその異世界人を倒してほしいのですよ。ただし、体は壊さないでいただきたいですね」
流狼は男の言っている意味が分からなかった。
「体を壊さないとはどういう事だ?」
すると、少し説明をする黄色い仮面の男。
それを聞いて、流狼は納得がいった。
「なるほど、それで体は壊さないでか…よかろう、その情報は私の暇をなくす上でこれまでにない物となる。お前らの要求は呑もう」
流狼は満足そうに答えた。
「だが、そいつは今街にいるのだろう?」
「ジュライドは多くの街、なので、その他の兵は私達が用意した魔物をけしかけます、貴方様の威嚇で逃げまどうような魔物ですが、十分牽制になるかと、そして流狼様には我々がとっておきの決闘を用意しますよ」
「そんなものが街にあるのか?」
「えぇ、ありますとも」
黄色い仮面の男は不敵に言う。
「では、明日の夜にでも始めましょうか、魔物の軍を用意次第、またここに戻りますので」
「そうだな」
流狼は一晩ぐらい待ってやると思った。
それは長年の宿敵をどう痛ぶろうか考えに考えようと。
すると、黄色い仮面の男が去り際に言う。
赤い靄を突如目の前に出して言う。
「えぇ、そういえば、私の名前は出せませんが、スキルを言いましょうか」
黄色い仮面の男は流狼の返答を気にせずに続けた。
「私のスキルは【看破】、相手が警戒すればするほど、相手の情報を盗めるスキルです」
流狼はそう聞いて、彼の行動を思い出す。
確かに終始苛立たせ、警戒を怠らないようにしていた。
正に警戒しろと言わんばかりの怪しさだった。
「それで知ったのですが、あなた様のスキルは大変似ているのですよ」
「その人間のスキルとか?」
「えぇ、だけど私達は貴方を狙いません。それは先程説明した事から分かるでしょう?」
そういい、黄色の仮面の男と白い仮面の者は赤い靄の中に入っていった。
再び、静寂が戻る洞穴の中。
しかし、流狼は嬉しさに震えていた。
あの仮面の者共には言わないが、感謝すら感じていた。
残りの生は眠りと夢の繰り返しと思っていた中、突如と出てきた好機。
「まさか、この世界で相まみえることになろうとは」
亡くなった、そしてもしかしたら死んでも会えない死んだ家族の事を思う。
すると、自然と黒い殺気が自分の周りから漏れ出してくる。
「殺してやる」
流狼は数十年ぶりに己の血が熱くなるのを感じながら、戦いの始まりの合図を待ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
赤い靄から出た黄色い仮面は野原へと出てきた。
距離にしてジュライドの明かりがわずかに見える程度。
そこは彼らが野営しているところだった。
街に入らないのは何かわけがあるのか、そんな中でそこには一人の女性がいた。
彼女は焚火に薪を入れながら、言う。
「お帰りなさい、どう首尾は?」
その女性は赤い髪をしていた。
あのエスカルバンの事件の最後に登場したローナという女の同じ顔をした女だ。
「快く参加してくれたよ、あの異世界人の話題をだしたらすぐに食いついた」
黄色い仮面の男は楽しそうに言う。
「まぁ当然よね、この時点で失敗したら意味もないし」
まだ作戦の前段階、こんな所では失敗すれば自分らは帝国では恥を知る事になる。
まぁ、そんな事はこの二人にはあまり関係ないのだが…
「厳しいぇ、レーナちゃん…まぁ流狼と手を組めたのは良かったよ。ほら、私のスキルと流狼のでは相性が悪いからね」
「嘘ばっかり、そんなの貴方に関係ないでしょ?」
二人はたわいもない雑談をしながら、黄色いの仮面の男の報告をレーナは聞く。
「ところでさ、レーナちゃん、この白ちゃんって何者なの?ボディーガードとして十分に役立ったけど」
適当だったとはいえ、あの魔物の中でも最上位の流狼の一撃を防ぎ事が出来た白い仮面の者。
黄色い仮面の男はその全貌を見ていた。
レーナは知っている事を言う。
「あいつはラルフが最近入れた新入りよ、なんでも強いスキルを使うとか」
レーナ自身は白い仮面の者には興味がないので、適当に返事をして、紙を黄色い仮面の男に渡す。
「はい、これがあなた達の次の指令よ、大きく二つ。この紙の人物の殺害と流狼で死ぬあの男の死体の回収よ」
レーナは平然と言う。
それで発生するジュライドの街の被害など彼女は知った事ではないと言わんばかりに。
「えぇ…となると」
黄色の仮面の男はめんどくさいので白の仮面に殺害の仕事を任せようとするが、レーナに止められる。
「あんたのスキルの方が暗殺向きでしょうが、それに戦法も」
「えぇ、男を殺しても萌えないよ~」
「うわぁっきっしょ、あんたそれが素だから手に負えないわ。ラルフもこんな奴を仲間にいれなきゃいいのに」
レーナは黄色いの仮面の男を罵倒する。
「そんな事言うなよレーナちゃん!俺らはな か まだろ?」
馴れ馴れしく言う。
「やめて、貴方に覗かれていると思うと気持ち悪くなる」
「ストレートな罵倒、あぁ!いい!有難うございます」
「さらにM属性!きっも!」
「……」
そんな風にレーナと黄色い仮面の男が話していると、白い仮面の者は用意されたテントの中へと引っ込んでしまった。
「…ねぇ、なんであの子無口なの?」
このタッグを組んでからずっと無口だったパートナーについて疑問思う男。
「なんでも、喉を怪我していてまだ声が出ないそうよ。それも今の帝国の医療で治せるけど時間がかかるみたい」
「なるほどね、じゃあ俺は魔物の軍の事があるから、俺はもう休むよ」
そういい、黄色い仮面の男もテントの中へと引っ込んだ。
そして、レーナは焚火の側へと戻る。
後で、ラルフに連絡のためにまた赤い靄を出すの、報告する事をまとめることにした。
そのまま、夜は更けて、朝を迎える。
そして、リョウマ達がジュライドで過ごす、最後の一日を迎えるのだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
ブクマ、感想、評価等いただけると大変励みになりますので、もし良かったら宜しくお願い致します!
東屋