復讐者、歩み寄るというのは一方だけがすべき事ではない。
リョウマがラフロシアを探すに至って、付き合いの長いリョウマはすぐに彼女がどこにいるのか検討をつけた。
(あいつ、何か悩み事があると人がいないバーでしっぽり飲むんだよな…)
思い出されるのはまだ魔王城にいた頃のお話の一ページ。
それは初めて訓練でラフロシアから一本を取った時。
その翌日に彼女は謎の失踪をした。
城の者が皆慌てる中、魔王ことアマンダだけは冷静に、そして彼女がどこにいるかを言い当てた。
「やつなら町はずれの酒場だろう。だが、迎えにいくのはリョウマ…貴様だ、どうせ一本取られた事を根に持っているのだ。慰めてこい」
珍しく命令口調な物言い、そしてその町はずれの酒場に向かうと案の定、彼女はいた。
お酒をたくさん飲んだためか、泥酔しており、酒屋のマスターの顔に疲れがたまっているのが見えた。
酒屋の中に入ったリョウマを見つけたラフロシアは、リョウマに気が付くと、そのまま一杯付き合えと無理やり付き合わされてしまい、そこから一晩程、訓練でのわきの甘さと慢心をふせぐために長い長い説教をくらった。
そこからは一本取られた事が大変悔しかったというのも伝わった。
つまりだ、彼女は耐えがたい感情を得ると彼女は酒屋に逃げるという事が分かった。
そして、その酒屋は人がいない…寂れた酒場が望ましい所へと彼女の直感的に向かうのだそうだ。
(というか、その場を作るんだよな、あいつ)
魔力も腕力もあるラフロシアは人がいても、邪魔とばかりに店の外へと追い出す時もある。
なので、リョウマはまずジュライドで人気のない酒場はないかジュライドの市役所で聞いたのだが…
「今、ジュライドは流狼祭で昼も夜も賑わっておりますので、人がいない酒場と申されましても難しいのですが…」
と、受付の人に渋い顔をさせてしまい、再び振り出しに戻った。
ジュライドは獣の国 ヴォンロウドの第三の都市、その大きさは魔王国のレイフィールドの倍近くあるため、しらみつぶしに酒場を探し回るのは大変難しい。
「じゃあ、酒場での被害届は?」
「それですと毎日ありますので、正直どのお店でどのような騒ぎがあったなど把握できません」
それを役所で聞いたリョウマはしょうがないと思い、しらみつぶしで探す事にした。
そして最初の一件目、そこでしらみつぶしに探す必要がなくなった。
そこの客が飲みながら言っていたのだ。
とてつもなく綺麗なエルフが町はずれの酒場のチンピラを全員倒して、なぜか今もそこで飲んでいると。
(あいつだ…)
酒場の連中の話からその人物が連想されたところですぐにその客からそのエルフのいる酒場の場所を詳しく聞いて、真っすぐに向かったの。
少し足早に向かったせいで、イマイチ状況がつかめない。
だが…
現在、その酒場のチンピラを倒したエルフは赤面で顔を下に向かせていた。
リョウマはなぜラフロシアがそうなっているのかを分からないでいた。
泥酔を見られたからか、だがそれは今回が初めてではない。
(まだ俺の件で合わせる顔がないのか?)
リョウマが酒場に入って、彼女が何かをいっているのは察していたが、内容まではリョウマの耳まで言葉として届く事はなかった。
「ラフ、探したぞ。」
とりあえず声をかける事にする。
「お客さん?この人のお連れで?」
すると、酒屋のマスターらしき人が声を掛ける。
「あぁ、そうだよ、迷惑かけてないか?」
「いえいえ、ただ飲み過ぎているのでもうそろそろご帰宅された方がよろしいかと」
そういい、領収書を出すマスター
「うわぁ…まぁまぁ飲んだな…たくっ資金が尽きるぞこれじゃ…はい、じゃあこれご勘定を」
そういい、持っているお金の殆どで支払うリョウマ。
「有難うございます」
マスターらしき人はそういうと、そのまま奥の部屋へと消えた。
再びラフロシアの方を見る。
ラフロシアは机に突っ伏しており、顔は耳まで真っ赤だった。
「なんかすげー酔っているみたいだな、肩貸すからホテルへ帰るぞ」
とりあえず、リョウマはお代をその酒場に支払って、ラフロシアの腕を肩にかけて酒屋をでた。
マスターはその机に突っ伏しているのも赤面なのも決して酔いではなく、告白を聞かれてしまったという羞恥からくるものだと分かっていたが、言わないのでおいてあげた。
「わわわわわわわわわわわ」
外に出てもラフロシアの焦りのあまり、リョウマが聞いていないという事実に気づけていない。
(聞かれた聞かれた聞かれた!!!!!)
長年、隠していた想いを
恐らく人生で初めての恋を
そして、それが当の本人に聞かれてしまったという事実
そんな中、流れでその異性に肩を組まれている事
その手の羞恥の経験がないラフロシアはあまりの熱に…
「きゅうーーーーーーー!」
気絶した。
「え?ラフ!ラフさん!ちょっと!!!」
遠くでリョウマが耳に語り掛けているのが聞こえた。
それはどこか心地よかったのは彼女のみが知る事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…うん?」
ラフロシアは目を覚ますと、どこか見覚えのある天井が目に映る。
起き上がるとそこは自分らが泊っていたホテルの私室だという事に気が付いた。
「…おはようラフ」
その声に驚くラフロシア。
声の方を見るとそこには椅子に座るリョウマがいた。
「リョウマ!」
毛布を抱きながら、目の前の男の名前を小さく叫ぶ。
「全く…驚いたぞ、酒の飲み過ぎで気絶するなんて、次回からはほどほどにな」
「え?」
リョウマの反応を見てラフロシアはどこか疑問に思う。
いつもの彼なら絶対に照れるはずだと。
なんやかんやで彼は初心で・・・・演技が下手だ。
なのに今、彼の顔つきがいつもと違う。
むしろ何か決心したような顔さえしている。
「私が酒場でどんな話をしていたか聞いていないのか?」
「ん?いや、詳しくは知らないが、どうせ俺がお前らを信じていなかった、この世界の事を憎んでいたという事にあきれていたんだろ?」
確かにラフロシアはその事で落ち込んでいたが、それは自分に対してだ。むしろ召喚された立場のリョウマは悪くないとさえ思っている。
とにかく、ラフロシアの想いは良くか悪くか彼の耳には届いていないようだ。
「なぁ、ラフ…その事で一つ話がしたい」
「…あぁ」
リョウマから出る並々ならぬ決意に押されて、ラフロシアはすぐに真面目な態度をとる。
いつもの先生モードだ。
「腹を割って話がしたい。俺が前の世界でどう過ごしていたかを、そしてこの世界に来てどう思っていたかを」
そうして、リョウマは話し始めた。
まずは前の世界の話だ。
自分は普通の学生だった事。
家族構成、友人関係は普通だったが平和だった事。
近くに住む片思いの異性がいた事。
そんな中、召喚された事。
そして、ここが前の世界の話の肝だったのだろう。
「俺が召喚された時は…その子を助ける時だった」
「…」
ラフロシアは知っている。
リョウマがこっちに来る時に前の世界での死を体験している事を。
しかし、それを彼の口からは一度も聞いた事がなかった。
ラフロシア自身、死の状況など聞けるはずもなく聞いてこなかった。
「今まで聞いてこなかったけど、俺って帰れないんだろ?前の世界に」
そう、リョウマは知らされていなかった。
帰れるかも帰れないかも。
時を見て、アマンダとラフロシアは告白するつもりだった。
そしてその判断はラフロシアの手で決める事となった。
「えぇ…帰れないわ、前の世界では死んでしまったからこそ、ここにいるから」
「そうか、有難う。いってくれて」
その返答にラフロシアにはリョウマの意図が掴めなかった。
この世界を憎んでいるはずなのに、前の世界には帰れない事を確認するのもそうだが、その答えを聞いてすっきりした表情をするのだ。
「じゃあ、次は俺がこの世界に来てから何を思ったかだ」
そしてリョウマは続けた。
自分の知恵で生活が発展していく快感。
文化や価値観の違いに戸惑う不安感。
そして、前の世界では見た事がなかった人の残虐性。
「王国での事もそうだけど、魔王国の頃からどこかすれ違いのため心に不信感が募っていた」
周りを信用とすればするほど、どこか相手を疑ってしまった事。
そしてそれを隠そうとすればするほど、心に残ってしまう事。
自分がやってきた事に意味はあるのか、そして、それが段々と周りを信じていいのかという疑心暗鬼に陥った事。
リョウマは一つ残らず長い付き合いのラフロシアに話した。
「…それをいってどうしたいの?」
「俺はただ知ってほしかったんだ。その上で俺は言う…これまで通りにこれからも俺と仲良くしてほしい」
真っすぐとラフロシアの目を見るリョウマ。
ここで冗談を言う程彼は馬鹿ではない事をラフロシアは知っている。
彼なりに考え、悩み、そして実行に移しての行動なのだと察した。
「今回のはこれまでしてこなかった事をしようとしているだけ。俺が怖くて後回しにしていた事を今さらしているだけだ。勝手に呼ばれたから勝手に仲良くなるなんて虫のいい事なんてもうしない。俺はラフと仲良くなりたい、こんな風にみじめに告白しても、俺は先生であるラフとこれからこの世界で楽しく過ごしたい。それをラフがどう思うとそれもラフの勝手だ、ただ最後にもう一言だけ言わせてくれ」
そういうと、彼は両手を膝につけて、多く腰を折っていた。
謝罪の姿勢だ。
「ごめんなさい」
しっかりとはっきりという。
「勝手に後悔して、勝手に悩んで、勝手に憎んで、また勝手にこれからもこの世界での仲間として一緒にいてほしいと思っている」
顔を下げて言うリョウマ。
その体は震えている。
謝罪なのか告白なのかよく分からない文脈だが、言いたい事は分かった。
「帰れないと分かった、今だからこそ言わせてほしい。これからも仲間として、先生として俺を支えてください。お願いします。」
そうだ、彼はいつでもこうだ。
目の前の事に全力で、必死に考えるけど自分で全部やってきた。
勉強も、学友を作らず、先生役の自分とのみ交流していた。
それはそれで嬉しかった。頼ってくれているみたいで。
でも、そんな彼はいつもと違うような事を口にした。
自然と涙が眼の方に溜まる。
(支えてくださいか)
おそらく、彼が一番言うのを恐れていた言葉だ。
この世界では彼はただ一人の存在。
そんな中、誰かに支えてもらうのは人が考える以上に不安な事だろう。
自分の告白が聞かれなかったという安堵感と無念
そして、このままの関係が続ける嬉しさ。
リョウマの事を好きでいられる、それは一方的だけど、それが続けられる事にラフロシアは幸福感を抱いていた。
そしてリョウマがラフロシアにした謝罪の行為。それに対してラフロシアは深く考えてなどいなかった。
元々答えなど決まっているのだから。
「勿論、これからもよろしく」
「…?いいのか?」
すると、今度はリョウマがすっとんきょうな顔をした。
「いいも何も、あなたは私の生徒だ?先生は決して生徒を見捨てない…私の方こそごめんなさい、貴方の心の疲れに気が付けなくて…先生失格だ」
しょんぼりとするラフロシア。
「君はまだ若い。なのに色々と押し付けてしまった、それに気づけなかった私や魔王国が悪いんだ。寧ろ君は恨んでいいんだよ私達を…」
「いやいやいやいや!元は俺が隠していたのが悪いのであって…」
「特に身近に教えていた私が気が付けば!」
「いや、俺が早めに打ち解けようとすれば」
「いや!私が」
「はいはい!二人ともそこまでー!」
と、そこで二人の間にレンコが出てくる。
手にはお盆を掲げており、ラフロシアの食事を持ってきたのだと察した。
「喧嘩両成敗!どっちも悪いの!リョウマも自分が悪いって思うのやめなさい!いつもそれで参っちゃっているでしょう!」
レンコがリョウマを叱っている。
その光景をラフロシアは珍しいと思った。
「…あぁ悪いな、すぐ変わるのは難しい…」
「全く…それにいったでしょ?ラフロシアもあなたがあった中で親しくした人は皆あなたと共に生きたいと思っているのよ」
そういい、ラフロシアのベッドへと近づくレンコ。
「ラフもそれでいいでしょ?これから気を付けるという事で、どっちも許すって事でね」
そうレンコは優しそうにラフロシアに言う。
彼女にも何か、リョウマとの間であったのだろうという事は察しなくても分かった。
「うん…いや…あぁ分かった」
そう返事をすると、目の前に朝食なのだろうか、お盆をラフロシアに置いた。
そして、側に来た時に耳元でレンコは言った。
「後、先生役、慣れないなら素を出した方がいいですよ?」
「いっ…」
くすくすとレンコに笑われるラフロシア。
どうやらもうすでに彼女には見破られたらしい。
しかし、リョウマがいる前で問い詰める事もできない。
「ん?どうしたんだ?二人とも?」
リョウマは二人が仲良さそうなのを見てどこか蚊帳の外感を得る。
「別にー、そういえばリョウマ、今日はどうする?まだ祭りが終わるのにしばらくかかるみたいだけど…」
「そうだな…ラフロシアの体調がいいなら、親睦がてら俺らで祭りを回ろうかな?なぁラフ」
元気そうに言うリョウマ。
こういう提案を彼の方からするのも珍しい。
何事も珍しい事が続く。
彼や彼女なりに変わろうとしているという事なのだろうか?
「あぁ、行くよ」
何も変わらない。
ただお互いの気持ちを言っただけだ。
それも全てではない。
リョウマはどうして前を向くようになったか。
ラフロシアはその恋慕の想いをそれぞれに伝えていない。
だが、悩みは伝えた。後悔を伝えた。
そしてそれぞれにそれを受け止める姿勢があった。
それだけでお互いの距離は前よりも縮まった。
過ごした時間も大切だが、それぞれが相手にどういう姿勢でいるか。
それが人の距離を縮める一つの秘訣なのかもしれない。
「よし、ゆっくり朝食食べて…準備して、昼前にここを出ようぜ」
「あぁ、そうしよう」
「うん」
リョウマ、レンコ、ラフロシアそれぞれに笑顔を浮かべていた。
数日前と違い、そしてこれまでと違い、その笑顔はこれまで以上の優しさがあったのだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋