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プレゼント3 その1

とあるビルの屋上。

「はい! やっと『サンタになってプレゼントを配ろう』が始まりました。皆、拍手!」

 皆のテンションをあげるつもりでやってみたが、二人とも乗ってこない。まあ読めてはいたが……。

「何だよお前ら。テンション上げて行こうぜ」

「長ズボンを穿いている亮には私がどれだけ寒いか分からないでしょ……」

 俺のサンタ服は長袖に長ズボンで寒さ対策は万全だ。一方で加奈のサンタ服は、上は長袖を着ているが下は極限まで短くしてあるショートパンツを穿いていた。しかもメリーの命令でタイツを穿かずに華麗なる生足を露出させていた。

「なあメリー。加奈が寒がってるからタイツぐらい穿かせてやれよ……」

「わかった。あと少しだけ拝ませて」

 現在時刻午後十時三十分。メリーは集合時間から四時間半ずっとこの言葉を言い続けていた。

何かメリーの性格が変わったな……。もうただの変態にしか見えない。

今、配ったプレゼントの数は……ゼロ

今まで何をしていたかというと、そこの変態猫のために感情集めをしていた。

始まってすぐに、メリーのストックがゼロということに気付き、急遽予定を変更して満タンになるまで町を回っていた。そして今に至る。

「お前のために頑張ってくれたんだからもういいだろ」

「チェッ。タイツ召喚!」

「中二くせー」

「仕方ないでしょ。この呼び方でしか生成出来ないんだから」

ダサい呪文を唱えて数秒後に、地面からタイツが出てきた。

周りが光り輝いたりとか魔法陣みたいなものが出来るとかは一切ない。今の出来事は誰がどう頑張っても地面から出てきたとしか言い表せない。

「地味だな」

「使う感情を最低限まで減らして生成したから仕方ない。でも穿き心地はかなり良いはず」

「何で私をじっと見てるの? 今から穿くからふたりとも後ろ向いててよ」

「「はーい」」

 俺とメリーは素直に後ろを向いた。

 カチャカチャとベルトが外される音。ズボンがパサリと地面に落ちる音。

 いかん。加奈が着替えているところ想像してしまう。

「ねえ亮」

「どうした」

 メリーがこっちに来て、小声で話しかけてきた。

「振り向いていい?」

「お前は学習能力がない奴だな。というか猫って人間の女性を見て興奮するのか?」

「いや、普通はしない」

「じゃあお前は普通じゃないのか」

「そうだけど? 何か?」

「あっさり認めやがった……」

「着替え終わったからもうこっち見てもいいよー」

 どうやら加奈は着替え終わったようだ。

「亮のせいで見れなかった……」

「俺のせいかよ! 死にに行こうとしていたお前を止めたんだからむしろ感謝してほしいぐらいだ!」

「ペッ」

「今、唾吐きやがったな! 上等だ! その喧嘩買ってやるぜ!」

 こいつをいつかしめようと思っていたがまさかこのタイミングでくるとはな!

「何をギャーギャーと騒いでるの?」

「いえ、最近の政治について少しばかり」

「今、我々が出来ることについて討論をしておりました」

「そこまで熱く語ってたんだ……」

 加奈がジト目でこちらを見ている。

「まあいいや。早く始めようよ」

「お、おう。そうだな。おい、馬鹿猫。届け先を早く教えやがれ」

「おい。口の利き方に気を付けろ。お前のパソコンに保存している画像と動画をすべて消してもいいのか?」

「そんなことするんだ。あんな写真やそんな写真全てを加奈に見せてもいいんだ? 今携帯に保存されてるからすぐに見せられるぞ?」

「ごめんなさい。謝りますからあの写真だけは削除していただけませんか?」

「いやいや、怒ってないし謝らなくていいから。俺はただメリーと仲良くしたいだけだよ?」

「よく話の流れがわからないけど、仲良くなる気ないよね……」

「そんなことはないよ。今日と明日、一緒に働く大事な仲間だから……」

より有利な立場に立たないとね?

「じゃあ抽選します」

「え? 今から誰に届けるかを決めるのか⁉」

「前にそう言ったじゃん! ねえ加奈ちゃん?」

「まあさらっとだけど言ってたね」

「そうか。それは聞いてない俺が悪かったな。すまん」

「わかればいいんだよ」

 この猫イラってくるな。やっぱり加奈に見せようかな。あの写真……。 

「それでは一個目のプレゼントの届け先は! デレデレデレデレ!」

「効果音を自分で言うのか」

「ジャン! この方です!」

 さっきのタイツ同様、地面から一枚の紙が出てきた。

 俺はその紙を拾って内容を見てみる。

「えーと、当たったのは八歳の女の子だ。住所は……すぐそこのマンションだな。三分もかからん。欲しいものは……クマ? おおきさはおまかせで、モフモフしてて触り心地が良くて、喋れるのが良い……」

 大丈夫かこの子? 現実のクマがどんなものか知っているのか?

「なあメリー。書き間違えてないか?」

「いや、それは絶対にない」

「これってどうやって届ければいいんだ?」

「子熊を連れていくとか?」

「話聞いてた? 喋れるクマだよ? そんなのいるわけないだろ!」

 喋れるクマって言ったらはちみつ好きの……さん。いない!

「初回から手詰まりだ。加奈、何か意見はあるか?」

「そうだねー……。あ」

「なんか思いついたか?」

「いや、メリーに質問。ここに書かれている欲しいものって変わったりする?」

「確かする。リアルタイムでその人の欲しいものが記載されていくから、他のものが欲しくなったらその欲しくなったものに書き換えられる」

「この子を例にするならゲーム機が欲しくなったらクマじゃなくてゲーム機って書かれるっていうことだよね?」

「そうだね」

「じゃあ、違うものに書き換えよう!」

「どうやって?」

「えーと……それは……」

「そこまでは考えてないんだな。でもナイスアイディアだ」

「そう?」

「おう。もっと誇っていいぞ。で、どうする?」

「切り替え早っ! まだ誇ってないんだけど!」

時間がないんだから仕方がない。あとで褒めてあげよう。

「でも僕の経験則から言えばここに書かれている人って目移りしないんだよね」

「じゃあ、他の物を見せても変えないってことか……」

 どうしよう? 本当にクマを持っていくしかないのか?

「クマって生成したらどれぐらい感情を使う?」

「普通のクマなら一割。書かれている通りにすると半分は使うね」

 生成したら半分か……。後のことを考えるとリスクが大きすぎる。成功しても失敗してもメリーのストックは半分無くなる。次のプレゼントが半分以上使うものだったら、感情を集めるための時間が必要になり、プレゼントが全部配り終えられなくなる可能性がある。

「うーん……」

どうにかなると、たかをくくっていた自分が恥ずかしい。

「あ、そうだ!」

 加奈が突然声をあげた。

「何か思いついたのか⁉」

「他のものに目移りさせようとしないで、その子がクマをいらないと思わせればいいんだ!」

「具体的には?」

「クマが怖いものだと思わせればいいんだよ」

「ほうほう」

「それでエネルギーを抑えるために実際にクマは出さずにメリーの巨大化を使う!」

 確かに巨大化したときのメリーは少し似ているかもしれない。

「メリーはどっちが巨大化と生成ではどっちが多く感情を使うんだ?」

「圧倒的に生成。巨大化は全然使わないからね」

「よし! それで行こう!」

「あ、私、全然考えてなかったけど、どうやって中に入るの?」

「今回は正面突破で行こう」

「あー変装? それで入れてくれるの?」

「娘が、クマが欲しいって言うのをやめさせられるかもしれないんだ。話ぐらい聞いてくれるだろう」

「もしダメだったら?」

「強行突破だ!」

プレゼントを渡すためには家に入ることが絶対条件だ。不法侵入上等!

「まずはこれで行くしかないだろ」

「じゃあ始めますか」




 届け先のマンション前。

「第一段階。オートロックの解除と突破」

 ここのマンションのオートロックを開けるには自分で鍵を使って開けるか、マンションに住んでいる人に開けてもらうかの二通りがある。

「どうやって入るの?」

「ここは自分で開ける」

「鍵がないのにどうやって?」

 加奈が不思議そうな顔で聞いてくる。

「忘れたのか。俺たちはサンタだぞ? これぐらい侵入出来ないでどうする」

「だけど……」

「まあ見てなさい。メリーやるぞ!」

「はいよ!」

 俺はメリーを持ち上げて、部屋番号入力ボタンの近くによる。

 ボタンと鍵穴は壁についているタイプでメリーだけではどうにもならない。

「ポチッとな」

 メリーは鍵穴の所に肉球を当てた。

 すると、先ほどまで閉まっていた扉が勝手に開いた。

「さすがオートロック。俺の家と違って自動ドア機能がある」  

「そんなに驚くことじゃないでしょ。それよりもメリーって何なの? なんで鍵穴に触れただけで扉が開くの? 本職は泥棒かな」

「違うから! ちょっと鍵を開けるのが得意なだけだから!」

 メリーの能力はチート級の反則技ばかりだが、こういう場面ではとても助かる。

「まあまあ。メリーは普通の猫じゃないんだし、多少の反則技は目をつぶってやってもいいじゃないか」

「うーん……」

 加奈はあまり納得がいってないようだ。あっさりと開けてしまったのがいけなかったんだろう。

「ほら速く入らないとまたドアが閉まるぞ」

「はーい」

 まずは第一段階であるオートロックの解除及び建物内の侵入に成功。

「ここからが勝負だ。全員変装するぞ。あ、メリーは扉の前で変装してくれ」

「私たちも扉の前で良くない?」

「加奈だって知らない人がサンタ服を着てうろついていたら通報したくなるだろ? 自分なら迷わず通報する。そうされないためにもここで一般人になっておく」

「それだったら最初から変装しとけば良かったのに」

「それは言わないで欲しい」

 加奈の言う通りだ。もしかしたらさっきの侵入する時点で誰かが通報しているかもしれない。だってこんな格好だもん。

「まあ、とりあえず変装しよう」

「はいはい」

 加奈と俺はポケットに入れていたリモコンを取り出した。

 形はテレビのリモコンにそっくりだ。だが、このリモコンにはボタンが百個あり、それぞれのボタンの下に機能が書いてある。

「「えーと……」」

「二十番! 使いそうな番号は覚えておこうね!」

 メリーがイライラしながら教えてくれた。

 確認してみると、確かに二十番目のボタンの下に変装と書かれている。

「本当だ。なんでわかったんだ?」

「だってそれを作ったのは僕だもん」

「こんなにボタンを付けたのはお前かよ。もっと少なくしようぜ……」

「あると便利な機能ばっかりだから良いでしょ?」

「ボタンが多すぎて探し辛くなってるんだけど⁉」

 あると便利と言っても、六十三番のリンゴの皮むきはプレゼント配りには必要ないだろ。

「隣に住んでいそうな二十代の男性に変装したいんだがどうすればいい?」

「その人を頭でイメージしながらボタンを押すだけ」

 その人のイメージか……。身長が百七十ぐらいで、髪は短髪。キリっとした眉毛に清潔感のある格好……。大体こんなところか。

 俺は隣に住んでいる男性を頭に思い浮かべてボタンを押した。

 俺はほんの一瞬だけ白い光に包まれ、その光の明るさに思わず目をつぶった。

 しかし目を開けた時には、もう何もなかった。

 ……地味すぎる。

  これは偶然そうなったのか、それとも意図的にしているのかメリーに聞いてみたいが、時間がないのでやめておく。

 服装はサンタ服からジャージに変わっていた。体に違和感はない。問題は顔がどうなっているか。結構適当に決めてしまったが隣に住んでいそうな男性になっているだろうか。

「加奈。鏡を貸してく――ってその恰好は何?」

「え、変装ボタンを押したらこうなったんだけど……。どこか変?」

 全然変じゃない。むしろ可愛い。

 加奈の姿を簡単に言えば、私服の加奈がエプロンをつけている。

「何を想像したんだ?」

「私の将来の姿。主婦だね」

「誰と結婚するんだ?」

「亮でしょ?」

「よし、行こう!」

 戯言は無視だ!

「ちょっと待って! 鏡は?」

「そうだった。サンキュー」

 加奈の鏡で自分の姿をする。うん、本当にこういう人隣に住んでそう。

「変装はこれでいい。次は設定だ」

「設定?」

「ああ。いきなり隣の人が娘さんのプレゼントをどうにかすると言ってきたら怪しすぎるだろ。だからこの設定は怪しまれないようにするためのものだ」

「なるほど」

「まず、大変不本意だが俺と加奈は隣に住んでいる夫婦だ」

「夫婦⁉」

「そこ反応しない!」

 だろうと思ったよ……。

「それで娘さんのクマが欲しいという話が聞こえてきたから、それを説得するのを手伝うために訪ねてきた、ということにする。この時にクマのぬいぐるみを持ち、メリーは巨大化しといて」

「了解」

「設定はこんなもんでいいはず」

 たぶん大丈夫だ。たぶん……。

「ここからは一連の流れだ。ここで家に入れてもらえなかったら、終了。強行突破に変える。入れてもらえたら、了承を得てメリーが女の子を威嚇する。だけど、絶対にトラウマにだけはさせるなよ。」

「難しいこというね……」

「それだけこの作戦は難しいということだ。それでクマを諦めてくれたら作戦成功。失敗したら別の手段を考えるぞ」

「曖昧な気もするけどそれで大丈夫?」

「臨機応変にするための曖昧さだ」

 何でだろう? メリーと加奈の視線が痛い。

「と、とりあえず行くぞ!」

 こうして無謀な作戦が始まった

 



 最初にいたビルの屋上。

「「「はあ……」」」

 三人全員がため息をついた。正確には二人と一匹だ。

 結果から言えば失敗だ。

 家にはすんなりと入れた。娘さんの両親もかなり困っていた様子だった。

 問題はその次。メリーの威嚇だった。娘は殺気を出していたメリーをものともせずに、

「クマ? 猫じゃなくて?」

 この一言でメリーは自信を無くし、何も言わずに飛び出していった。

それで、俺と加奈はどうしようもなくなり、結局クマのぬいぐるみだけ渡して帰ってきた。

もちろん紙に書かれていることにも変化はない。

 わかったことがあると言えば、最近の小学生の肝の据わり方は尋常ではないということ。

確かにメリーは猫だよ。だけど、少しぐらい驚くものじゃないのか?

「僕ってそんなに怖くないのかな……。やっぱり小学生に馬鹿にされるぐらいだから怖くないんだろうな……。はははは」

 おかげでうちのメリーは灰になっちまった。

「亮、どうするの?」

「今、考え中……」

 いきなりの難問に二人とも燃え尽きていた。

「加奈―。今何時だ?」

「十一時半」

「やべーなー……」

「どうしましょうか?」

 本当にやばい。このままでは間に合わないのは確実だ。

「何か方法があるんだろうね。不可能ではないはず……」

「というか腹減ってきたな」

「私も」

「僕も」

「コンビニで何か買ってくる。何か食べたいものある?」

「私も行くよ。ここで待つの寒いし」

「じゃあ僕も」

「皆行くのかよ。まあいいか。一人でサンタ服着てるのも恥ずかしいし」

「私は変装するけどね」

「そこ使うところじゃないし、温存しとけよ……」

「コンビニ店員から徴収するから大丈夫!」

「確かに多く吸い取れそうだな」

「寒いから早く行こうよ……」

 よく見るとメリーの体が小刻みに震えていた。

「そうだな」

 俺たちは近くのコンビニに行った。

 加奈の服装もいつの間にか変わっていた。

「いらっしゃいませー……」

 店に入るなり店員の死んだような声が聞こえてきた。この店員から生気がまったく感じられない。

「俺は飲み物見てくる」

「私は弁当見てる」

「僕は立ち読みする」

「「メリーはこの中から絶対に出るなよ」」

「はい……」

 メリーも中に入りたいというから、加奈が持ってきていたバッグの中に詰め込んだ。

 決して動物虐待をしているわけではないのであしからず……。

 さてと、何を買おうか。

「そこのおしるこが飲みたいな」

「こら、顔を出すな。ばれるから」

「大丈夫だって。それよりも傍から見たら、一人でぶつぶつ言っているみたいに見えるから亮もあんまり喋らない方が良いよ」

「お、おう」

 今、メリーがまともなことを言ったぞ。

 俺はかごの中におしること温かいウーロン茶を二本入れた。

 弁当コーナーに向かうと、真剣な表情をしている加奈が二つの商品を見ていた。

 俺は加奈が何に悩んでいるのかを気になって覗いてみた。

 一つ目、ガーリックたっぷりペペロンチーノ。

 二つ目、プロ監修! 本格餃子。

「……」

俺はいつのまにか加奈の肩を掴んでいた。

「どうしたの?」

「お前に一つ聞きたいことがある」

「はい?」

「今、何に迷っていた?」

「このペペロンチーノと餃子だけど……どうかした?」

「なぜ、そこでお前は?マークを頭に浮かべる⁉ お前は女子として大事な何かを忘れているぞ……」

「カロリーか!」

「カロリーじゃない! 口臭だ! 加奈も女子なんだからそういうことには気を配れ!」

「亮しかいないから良いかなと思って……」

「今、プレゼント配りしてるんだろうが! 子供ににんにく臭いなんて言われたくないだろ!」

 豆腐メンタルの俺が言われたら確実に引き籠るぞ。

「確かにそれは嫌だね……。ガムも買っておこうっと」

「そういう問題じゃない……」

 俺は諦めた。これ以上言っても無駄であろう。

 加奈はにんにくの怖さを身をもって実感すべきだ。

「加奈ちゃんって大物?」

 話を聞いていたメリーがバッグの中から顔をひょっこり出して、俺に質問してきた。

「メリーはどう思う? 口臭がきつい女性」

「どんな美女だろうと無理」

「そう思うだろ? 俺も嫌だもん」

「じゃあ結論は一つだろ?」

「そうだね」

「はい。加奈はただのバカです」

 口臭の大事さに気付かない人は大物とは言いません。

「俺も選ばないと……」

 と思って見るが、商品棚にはほとんど商品が残っていない。むしろこの時間帯に残っている方がレアケースだ。

「となると、カップ麺だな」

「ねえ亮! このニンニクとんこつラーメン買ってよ! それで私の餃子と半分こしよう」

俺はこんなにもドキドキしない女子との半分こを発見した。

「嫌だよ。俺はエチケット守る人間だ。さっきも言ったがプレゼント配りの時に子供に口が臭いなんて言われたくな――」。

 あ……。

「加奈はこのラーメン食べたいのか?」

「食べたい!」

「わかった。俺は半分この分とは別にもう一つこのラーメン買う。それで加奈はもう一つの方は絶対に食うなよ」

「う、うん」

「あとニンニクチューブはどこだ?」

「向こうの棚にあるけど……。まさか、このラーメンに入れるの⁉」

「もちろんだ! 食うとなったらとことん食うぞ!」

「私もやっていい?」

「ダメ! あ、俺の分のガムも買っておいて」

「了解!」

 これならいけるはず……。

「亮、どうしたの? さっきまであんなにニンニクを拒否してたのに……」

「いや、いいことを思いついたんだ」

「何の?」

「耳をかせ」

 俺はメリーに作戦の内容を教えた。

「ぐひひ。くだらないけどそれはいいね」

「げへへへ。だろ?」

 メリーの顔を見て分かったが、俺は今、すごい顔をしてるんだろうな。




「飯も食べたんで動こうと思います」

 ちょっと腹が重たいが動けないことはない。

「今回は加奈さんは待機ですので外でお待ちください」

「出番なしですか……」

「そう落ち込むな。その代わり、さっきの紙を見ていてくれ。何か変わったら三番の連絡ボタンで知らせてくれ」

「わかった」

「メリーはさっき教えた通りだ。かっこよくやれよ」

「任せて!」

 メリーもさっきより気合がはいっている。

「第二ラウンド開始だ!」

「「おー!」」

 

 今回は隠密行動になる。さっきみたいに玄関からは入らない。

 ならばどこから入るかというと……。

「一、二、三、四の一、二、三。メリーあそこだよな?」

「うん」

 ベランダである。

「よし、じゃあジャンプ力と腕力強化だけで十分だな。探すのめんどいから何番か教えてくれ」

「十八と二十五」

「あざーす。メリーはこの袋の中に入ってくれ」

「はーい」

 メリーを袋の中に入れて、さっき言われたボタンを押す。

 おお、結構減るもんだな。一割といったところか。

 それでもさっきの店員から補充したからまだまだ余裕がある。

 俺は軽くストレッチをしてから前屈みの態勢をとる。

「発射三秒前! 三、二、一!」

 脚に力を入れて全力でジャンプした。数秒とせずに目的地までたどり着き、ベランダの柵を握りぶら下がる。そして、自分の体を強化した腕力で持ち上げて、静かにベランダ内に侵入した。

 柵が壊れるかもと心配していたが杞憂だった。

「すげー! 俺もこの服があれば垂直飛びのチャンピオンになれるぞ!」

「その前にそんなチャンピオンって存在するの?」

「俺も知らん。それよりも中に入るぞ」

 飛ぶ前にマンションの周りを一周した時にはどの部屋にも電気はついていなかった。たぶんここの親子はすでに就寝しているだろう。

メリーを窓の鍵がある場所まで持ち上げる。

「よいしょっと」

 さっきと同じように肉球を当てるとガチャリと窓の鍵が外れた。

 アナログの窓にも対応している肉球がすごい。

「準備はできた?」

「ちょっと待って。心の準備がまだだ」

「まだ時間はあるから、ゆっくりでいいよ」

 目を閉じて何度も深呼吸する。

 俺は出来る。ここで成功させてみせる。

「よし、行こう」

「うん」

 俺は音をたてないようにゆっくりと扉を開けた。

「メリー、先に行って準備だ」

「了解」

 そう言うとメリーは忍び足でスタスタと歩いて行った。

「窓は閉めておくか……」

 逃げ道として開けておきたいが、外の空気を中に入れたくない。この時期の空気はすぐに部屋全体を冷やし、乾燥させてしまう。

人間はすごいもので寝ていても空気が変わるとそれに反応し目を覚ます。あくまでも自分の体験であるから個人差はあるだろうが。

「亮」

「!!!!!」

 自分の名前を呼ばれ、慌てて正面を向いた。

 そこには先に行ったはずのメリーがいた。

「良かったー……、焦るからいきなり名前を呼ばないで。今ので寿命が三カ月は縮んだぞ」

「それはごめん。そんなことよりも問題発生!」

「何だ! まさか、あの子まだ寝てないのか⁉」

「いや、扉が開かないんだ」

「……」

 そういえばドアノブが付いてたんだった。すっかり忘れていた。というかよく考えてみたら、たいていの部屋の扉にドアノブがあるな。

「そうだったな……。それは俺が悪かった」

「間をあけてくるのも心臓に悪いんだけど」

「それはわかる」

 確かに間があると、何か攻撃の準備をしているんじゃないかと考えてしまう。

「わかった。その前にもう一度確認。部屋に入ったら?」

「準備して待機」

「正解」

 俺はそっと立ち上がり、女の子の部屋までゆっくりと進む。

「頼むから寝ててくれよ……」

 そう祈りながら俺はドアノブを回して扉をあける。

 扉の軋む音がするたびに怯えてしまう。

 やっと俺が通れるぐらいの隙間ができた。そこから部屋の中を覗いてみると……

一人の女の子がベッドに腰掛けていた。

「やばい。起きてた! どうするメリー⁉」

「そんなこと聞かないでよ! 僕が分かるわけないじゃん!」

「というか喋ってたらこっちに来るぞ! シー!」

「話しかけてきたのは亮だよ! 僕は悪くないぞ!」

「……」

「……」

「「……あれ?」」

 おかしいな……。

こちらに近づいてくる足音は一切聞こえない。代わりに今、何かがベッドに倒れ込む音がした。

もしかしてと思い、俺は扉の隙間から部屋の中を再度覗いた。

さっきまで腰掛けていた女の子はベッドに横たわっている。

多分、サンタかクマを一目見ようと待っていたが、眠気に勝てずにそのまま寝てしまったんだろう。

「可愛いな……」

「まさかロリコン⁉」

 メリーが素で驚きの表情を浮かべる。

「俺はロリコンじゃない! お前はさっさと準備しろ!」

「へいへい」

「じゃあ俺も準備するか」

 俺は想像した。茶色くて、毛並みが良いクマを。

 そして俺は二十番のボタンを押した。

「人以外に変装すると結構感情を使うんだな」

 手袋のメーターを見ながら呟いていると、段々自分の体が変化してきた。

 変装が終わり、部屋の中にある鏡で自分の姿を映した。

 そこに吉野亮の姿はなかった。いるのは一匹の茶色のクマ。

 完璧だ。体重が増えて動きづらいかと思ったが、そうでもない。現に俺は今も二足歩行をしている。

「メリー、準備いいか?」

「いつでもどうぞ」

「開始するぞ」

 俺は四速歩行になって女の子を軽く揺さぶる。

「ロリコン。はい、ロリコン」

「黙ってろ」

「はい……」

 ロリコンコールするメリーを黙らせて揺さぶり続ける。

「んっ……」

「起きて」

 俺の出せる精一杯のイケメンボイスで女の子に声をかけた。笑いを堪えている外野は後で叩きのめす。

 注意。ここからは全てイケメンボイスで行く。

「眠たいよ……って、え――」

「大声を出さないで」

 落ち着いた声で話しながらクマの手で口を塞いだ。

ここからは全てイケメンボイスだ。

「もごっもごっ!」

「手を放すから静かにしてね。起きちゃうから」

 女の子はコクコクと頷くのを確認して、手を放した。

「ふー。これ夢じゃないよね?」

「夢じゃない。全て現実だよ」

「本物のクマさん?」

「本物だよ。何だったら触ってみる?」

「触っていいの?」

「ああ。好きなだけどうぞ」

 女の子は若干怯えながらもゆっくりと俺の頭に手を伸ばした。

「あ、気持ちいい……」

「それはありがとう」

 よし。これで疑いはなくなっただろう。パート一クリア。

「もっと触っていい?」

「遠慮なく」

 俺は床に仰向けになる。

女の子はベッドから降りて、俺の腹の部分に寝転んだ。

「ああ……温かいし、やわらかいし、何かお花の良い匂いがする」

 女の子は気持ちよさそうに顔をこすりつけてくる。

「ねえねえ。クマさんの名前を教えて」

「俺の名前? すまん……。俺は昔、事故にあって記憶を失った。だから自分の名前が分からないんだ」

「謝らなくてもいいよ。こっちも辛いことを思い出させちゃってごめんね」

 意外と大人の対応をするんだな。

「そういえば君の名は?」

「私はかんな。かんなって普通に呼んでいいよ」

「かんな……。良い名前だね」

「えへへ、ありがとう」

 かんなはうれしそうに笑った。

「そうだ。かんなが俺に名前を付けてくれないか?」

「いいの⁉」

「ああ。かんなが良ければの話だが。ダメか?」

「じゃあつける! クマさんの名前は……はな。今日からクマさんの名前は、はなだよ!」

「はな……か。良い名前だね。今日から俺の名前ははなだ」

「私ははなが大好き! ずっと一緒に居ようね」

 そう言ってかんなは俺に抱き着いてきた。

 今から俺は、こんなに純粋で良い子の夢を壊すのか……。そう考えると、さっきの一矢報いようと考えた俺らが恥ずかしくなってきた。

 それでもやらなければいけない。

「なあかんな。一つだけしないといけないことがあった」

「なに?」

「キスしよう」

「え……」

 かんなの動きが止まった。

 そうなることはわかっていた。

「俺とかんなが主従関係を結ぶためにはキスをしなければならないんだ」

「主従関係?」

「要するにお姫様と騎士だ」

「え、でも……」

「もし、このまま俺が一緒に暮らしたらどうどうなると思う?」

「どうなるの?」

「死ぬんだ」

「そんな……」

 ここで『はい、嘘です』とは言えない。かんなは俺が言ったことを本当に信じ込んでいる。

 当初の予定通りこのまま計画を進めるべきか。それとも違う方法を考えるか……。だが、考える時間なんてない。

「はな」

 かんなが短く俺の名前を呼んだ。

「私ね……やっぱり……」

「……」

 かんなは必死に泣くのを堪えている。上に乗っているから震えが伝わってくる。

「はなとはチューしない」

「どうして?」

「だって、はなはキスの話のときすごく悲しい顔をしてた。私には言えないは何か大切なことがあるんじゃない?」

「そんなことは……」

「もういいんだよ。」

 かんなは俺の言葉を遮り、力強く言った。


「はなはここにいたらダメなんだ。私と一緒に居たらダメなんだよ。だからはなはいらない」


 ついに堪えきれず、一筋の涙がかんなの頬を伝って俺の顔に落ちた。

「そうか……かんなは優しいんだな」

 俺はかんなの頭をそっと撫でた。

「ねぇはな?」

「なに?」

「はなのことを忘れたくないから一緒に写真撮ろう」

「いいよ。でも静かにね」

「わかってるよ」

 かんなは部屋の明かりをつけて、ポケットからスマホを取り出した。

「じゃあ撮るよ。ハイチーズ」

 直後にシャッター音が鳴った。

「ありがとう。私ははなのことを絶対に忘れないから、はなも私のことを忘れないでね」

「わかった。かんなのことは絶対に忘れない」

 かんなが満足そうにうんうんと頷いた。

「最後に一ついい?」

「なんだ?」

「はなに抱き着いて寝ていい? 寝たら床に放置していいから」

「いいけど条件がある」

「何?」

「かんなが寝たらちゃんとベッドに移動させること。俺はかんなを床で寝かせるようなことは出来ないから」

「ありがとう。はなも優しいんだね」

 かんなは部屋の電気を消して、俺の胸あたりに抱き着いた。

「おやすみ。はな。いつかどこかで会おうね」

「ああ、おやすみ。かんなも元気に暮らせよ」

「うん」

 かんなは短く返事をして目を閉じた。




 俺とメリーは加奈が待機しているコンビニに向かって歩いていた。

「やっと終わったね」

「ああ」

 あの後かんなはすぐに寝てしまった。

 俺はかんなをベッドに移動させた後、来たときと同じルートを使って家を出た。

 扉の鍵はメリーが閉めたらしい。開けるだけじゃなく閉めることもできるようだ。

 今、加奈から連絡があった。

 プレゼントは届けられたことになっているそうだ。

つまり成功だ。

加奈によると、かんなの欲しいものにはこう書いてあった。

はなとの思い出の写真。と。


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