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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
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アルカディアの蛇足

 件の勇者の活躍により最小限に抑えられた被害ではあるが、それでも破壊の爪痕は色濃く残っていた。

 特に都市の中心部はその傾向が強く。今日も今日とて都市内に残っている職人たちは復興に追われ、あちこちで木材や石材を運んでいた。

 ある意味では活気に溢れている通りに、なんとも場違いな存在がいた。

 『それ』は忙しなく動き続ける都市の中で唯一完全に静止していた。道の真ん中で佇んでいた。誰にもぶつかられることもなく、ただその場にいた。



 『それ』は夜の闇のようだった。

 『それ』は昼の日のようだった。

 『それ』は空に輝く星のようだった。

 春に吹く風のようであり、夏に鳴く蝉のようであり、秋に染まる紅葉のようであり、冬に降る雪のようでもあり――。

 でも結局は、『影』でしか無かった。

 まるでこの世に存在しないかのように無視され、しかしそこに在る『影』は唐突に口を開いた。



 「報告する。被験者との接触に成功、未だ力は目覚め切っていないと判断、止むを得ずこの都市の仕掛けてあったジャンクスピリットで一体の『失敗作』を生産し戦闘を行わせた。多少苦戦する様子が見られたが、おおよそ楽勝と言っても差支えない戦闘力を見せた……ただし単騎の戦闘力ではないように思える」



 そこまでで『影』は言葉を切った。

 そうしてまるで誰かからの返事を聞いているかのように、黙って立ち尽くしている。

 当然そんな『影』を周りの人間が気にする様子はなかった。

 影はまたしても唐突に口を開いた。



 「質問する。主よ、私の此度の役目はいったい何のためのものだったのか、あの『失敗作』としても低レベルな若者の計画を手伝わされ、いざ事が起きれば都市中の人間を避難させた……困惑する。疑うわけではないが主よ、お許しいただけるなら真意が聞きたい」



 再び押し黙った『影』は、何か不愉快な言葉でも聞いたように眉をしかめた。



 「疑問視する。はたしてあの男にそこまでする価値があるのだろうか。正面から向かい合った感想としてはそうは思えない。確かに肉体的な能力は常人を遙かに外れ、(ソウル)もまた、あれだけの出力を出しておきながら目覚めたてでしか無い。被験者の器という観点で見るならば申し分ない」



 何一つ無かったはずの影から初めて感情の波が発せられる。

 それは激しい侮蔑のようで、静かな諦観でもあった。

 『影』はそれらを瞬時に収めて失くしてしまうと、だからこそ、と言葉を紡いだ。



 「予言する。あの男は私たちのところまではたどり着けない。あれだけの力を持ちながら、奴は人であることに固執している。人と共にあることに固執している。だからこそ私に都市中の人間を避難させろなどと命令したのでしょう。奴が死に慣れてしまわないように、折れてしまわないように」



 あなたは本当に残酷だ。影は空を睨みつけた。

 それは自らが主と呼ぶ人間に向ける眼光ではなかった。

 しかし『影』は知っている。身を焦がすほどの敵意を含んだこの視線ですら、きっとその先にいる相手は観察しているのだろう。

 ただ無機質に視ているのだろうと――。

 今更そのことについて何かを思ったりはしない。ただひたすらに影は主のあり方を軽蔑した。



 おそらく件の勇者が自らのもとへたどり着こうが着くまいがどうでもいいのだろう。

 主にとってこの試みは数ある中の一つでしかないのだから。

 影は密かに勇者に同情した。捨て去ったはずの感情で同情した。

 できることなら、感情のままに動くことができたなら――。

 ――会った時に静かに眠らせてあげたかった。



 どうせこの先、ただひたすらに苦しむことになるのだから……。



 影は一息ついた。

 そんなことを語ったところで栓のないことだ。

 そして身勝手なことだ。自分だって彼を利用する立場なのだから。

 そこまでで思考は中断した。これ以上考えることは自分に与えられた役割ではない。自分のここでの役割はもう終わったのだ。

 だからここから先はただの蛇足でしか無い。『影』はそれを理解した上で主に尋ねた。



 「再度質問する。本当に止めなくてもいいのですね。彼は人の死に敏感すぎるきらいがある。それを理解した上で、本当に止めなくても構わないのですね……しばらくすれば彼らは出会うことになる。奴らの行き先が東の大陸である以上、必然的に『奴』と――」



 『影』がさらに何かを言おうとしたタイミングで、今の今まで誰とも接触していなかった影の正面から、大量の資材を抱えた一団が道を塞ぐように一列で向かってきた。

 『影』は一切の避ける素振りを見せない。徐々に迫っていく両者の距離、その二つが接触する瞬間、『影』はきれいさっぱり消え失せた。



 やはり最初から無かったように――。



 誰もいなくなった空間に声だけが聞こえた。



 「軽蔑する。それを知った上であなたは『奴』を西の出口に配置したのか、だとするならば私はこの世の誰よりもあなたを軽蔑する……そしてだからこそ、貴方についていこう。全ては悲願成就のため、貴方のではなく、私のだ」



 今度こそ全てが消えてなくなった。

 元から誰にも知覚されていなかった『影』にとってはなかったものがなかったことになっただけのことで。

 つまりはどこにでもある、ごく当たり前の異常が起きただけだったのかもしれない……。

 ただ言えることは一つ――。

 ――勇者の行く先に、安息などない。



 これで正真正銘アルカディア編終わりです。

 次はいよいよ西の大陸編最後の都市……の前に予告通り短めの話を一つ。

 次回「裁縫都市パッチワーク」

 

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