パッチワークの1
本当に間が空いてしまってすみません。生活の方でいろいろあって書く元気を失ったりしましたがしっかり生きてます。
まだブックマークしてくれてる人たちありがとうございます。
偶然このページにたどり着いてくれた人、ありがとうございます。
とりあえず自分のペースでやってみようと思います。
まぁ前置きは短めにして、それでは始まり始まり
じめじめとした空気もいつの間にか去り、暑さは増しているものの爽やかな風の吹くある晴れた日の午後。
青空と睨めっこでもするようにどこまでも続きそうな街道の脇に、一風変わった形の馬車が止まっていた。
きっちりした直方体のその馬車は、その身を飾る装飾品の少なさも相まって、窓がなければ箱が走っていると思われても仕方のない代物だ。
しかし見かけで判断してはいけない。これでも建築工作の分野で他を圧倒する『建築都市アルカディア』の技術の粋を凝らした一品でこの世に一台しかないオーダーメイドなのだ。
もちろんそんな物に乗っている人物が一般人であるわけはない。
この馬車に乗っているのは魔王を打倒するために異世界から呼び出された勇者、リュージ・キドだ。
数か月の間、この男は運命に振り回されてばかりだった。いや、厳密には今だってそうだ。
魔王とは何者なのか――。
リュージは誰に呼び出されたのか――。
肝心なことは未だ何もわかっていなかった。進む道の先は分厚い雲がかかった空のように見通せず、旅の終わりは果てしない。
だからリュージ・キドは進み続ける。自らを巻き込もうとするこの運命の渦に、溺れるだけで終わらせないために――。
決してひざを折らないために――。
そんなわれらが勇者リュージ・キドは今――。
「…………はぁ」
盛大なため息をついていた。
それも一度ではない。数分に一度のペースで――。
窓から空を見上げる瞳は悲しげに細められており、快晴の昼間だというのに彼の頭上には分厚い雨雲が見えた。
途方暮れるという言葉がこれ以上ないほどしっくりくるこの男を、見つめているのは六つの瞳。
「……なぁ、あれどうにかなんねぇのかよ、もう三日は経つのにあれだぜ?こっちまで気が滅入っちまう」
「そうね、いい加減に鬱陶しくなってきたのも確かだわ。ヴィート、ガツンと言ってやりなさいよ」
「な、なんで僕なんですか!?ラフィさんが言ってくださいよ!」
「私でいいの?言っとくけど何の容赦もしないわよ?」
「…………でも僕が言っても無理ですよ。多分、いや絶対」
小声で話し合っているのは隣の部屋のラフィにイナセ、そして重苦しい雰囲気に耐えきれず隣の部屋に逃げてきたヴィートだ。
アルカディアを離れて三日、リュージはずっとこの調子だった。
出発時に落ち着いて見えたのは、これから別れる人間に余計な心配をかけたくないという彼なりの気遣いだったようだ。
しかしその強がりも都市から離れるにつれ持たなくなってきたのだろう。今ではこの有様だ。
「…………はぁ」
三人が小声で口論するうちにリュージがまた大きく嘆息した。
「……それにしても、そんなに凹むことかよ。たかが服だろ?袖の長さが変わっただけじゃねぇか」
そう、この数日間リュージがふさぎ込んでいる原因がまさにそれだった。
リュージの持つ素手喧嘩魂は彼の肉体を大幅に強化する。特にその頑強さは目を見張るものがあり、リュージ自身発動中に命の危機を感じたことはほとんどない。
だがそれは、あくまで彼の肉体にしか適用されない。彼の身を包む衣類はただの布のままだ。当然攻撃されれば破れる。腕ごと咥え込まれたところを無理に引っ張り出したりすれば言わずもがなだ。
いつも戦う前に脱ぎ捨てているジャケットとネクタイは無事だった。
しかし上裸になって戦うわけにもいかないために着ているワイシャツはそうはいかない。肘から先は無残にもボロボロで、ほんの少し布がくっついているだけになってしまった。
リュージがそれに気づいたのは、すべてが終わって一段落着いた後だった。
もはや誰に文句を言ってもどうにかなるものでもない。結局頼まれたヴィートが適当な長さに切って整えたのだ。
手先が器用なヴィートの協力もあって一見何の問題もない程度には取り繕われている。
イナセが呆れたように呟いたのはその事実を知っていたからだ。
「だ、ダメだよイナセちゃん!そんなこと言ったら大変なことになるよ!」
リュージのスーツへの愛着を知らないイナセの言葉にヴィートが慌てて止める。
普段物静かなリュージが、スーツを傷つけられた時だけ我を忘れることを知っているからだ。
まだその姿を見たことがないイナセは不思議そうに首を傾げた。
「なんかよく分かんねぇけどさ、じゃぁこのまま過ごせってことか?嫌だぜアタシ」
「そ、それは僕だって、元気になって欲しいけど……」
だからどうすればいいのかが分からない。
ヴィートも簡単な服くらいならば素材があれば作れるのだが、リュージの着ている服は肌触りからして明らかに高級品だ。適当な布で再現できるクオリティではないのだ。
布が調達できないとなれば、結果的に修繕もできないことになる。
このままリュージの自然回復を待つしかないのかと、ヴィートは頭を抱える。
「どうにかする方法ならあるけどね」
事もなげにラフィが言い切った。
「ほ、本当ですかラフィさん!?」
「というかイナセはともかくあなたは真っ先に思い当りなさいよ。生まれも育ちも西大陸でしょ?あるじゃないこの近くでうってつけのとこが」
「……あ!そうか!」
「おい、二人で納得すんなよ、ちゃんと説明してくれよな」
「ご、ごめんね!えっと……この近くに『裁縫都市』って呼ばれてる所があるんだ。名前はパッチワークって言うんだけど」
「裁縫都市?聞いたことねぇな。服飾関連って言ったら『スピンデレラ』だろ」
イナセが思い浮かべるのは東大陸にある年中きらびやかな都市だ。他では決して見ないような服装で所狭しと闊歩している住人たちの姿は一度見れば忘れられない。
ラフィが首を横に振りながら言った。
「よく勘違いされるけどあっちは『流行都市』よ。あくまで完成品を流すのが仕事、作り上げてるのは裁縫都市。あんまり知られてないけどね」
というよりもスピンデレラが売名のために意図的に隠している節があるというのが裏事情だが、わざわざ言うこともないだろうとラフィは話を先に進める。
「『パッチワーク』の市長は一目見ただけでまったく同じ服を作れる、なんて噂を聞いたことない?」
「そういえば、そんな話を聞いたことがあるような……」
「本当かどうかはしらないけど、おあつらえ向きにこのまま進めば二日くらいでパッチワークの傍を通るわ」
「なるほどな、ちょうどいいから寄ろうって話だ」
「そ、上手くいけばバッチリ、ダメでも気分転換くらいにはなるんじゃない?」
「いいですね!じゃあリュージさんにも伝えてきます!」
「ちょっと待った!」
扉を開けて男部屋に戻ろうとしたヴィートの襟をラフィが力いっぱい引っ張った。
哀れヴィートは人間とは思えない音を発しながらうずくまる。
涙のたまった瞳に抗議を込めてラフィを睨むが、当の本人はどこ吹く風だった。
「な……何を、するんですかぁ……」
「リュージには内緒にしときましょ」
「な、何でですか、秘密にしておく意味なんてあります?」
「そっちのが面白いじゃない。サプライズよサプライズ、人生にはいつだって新鮮さと驚きが必要なのよ」
「……それだけですか」
「そうよ?」
ヴィートは咄嗟に助けを求める視線をイナセに送ったが、イナセは興味ないとばかりに目を逸らした。
仕方なくヴィートは一人で反論を試みる。
「あの、その場合僕はあのままのリュージさんとあと二日同じ部屋ってことになるんですけど……」
「ヴィート、人間はいつだって多くの困難を越えて成長するの」
「答えになってませんけど!?」
「あーもううるせぇな、さっさと部屋に帰れよ」
「そんな他人事だと思って!」
「んなことねぇって、がんばれがんばれ、超応援してる。山より高く海より深く応援してっからよ」
「こんな適当な応援ってある!?ちょっと待ってくださいよ!せめて日中だけでいいですからどっちか一緒に――」
「しつけぇ!」
イナセは一喝すると同時にベッドから起き上がると、ヴィートの元へ寄っていく。
そして困惑している彼を部屋に押し返そうとグイグイと背を押した。
「帰れ帰れ!」
「待って!お願い!お願いだから!ほんとに大変なんだって!イナセちゃん知らないでしょ、リュージさん一日中あんななんだから!」
「隣の部屋にいてもよくわかるくらいだよ!馬車乗ってるだけで気分沈むわ!」
「だったらホントに隣にいるのが大変なのわかるでしょ!?」
「いつになく粘るわね……ずっと御者台にいればいいじゃない、ていうかいつもそんな感じでしょう?」
ラフィの言う通り日中のヴィートの行動と言えば御者台で手綱を握っていることが多い。無理に一緒にいる必要はないのだ。
もっと言えば夜だってヴィートとリュージは寝つきがいい方なので、夜を更かしてまで話をしているような様子はないはずだ。
冷静に考えればリュージとヴィートが一緒にいる時間はそこまで長くないのだ。
しかしそれを追及されたヴィートの顔はわかりやすいほど曇った。
「それは、そうなんですけど……」
「はい解決!これ以上ごねるなら実力行使よ!」
「ええ!?も、もう少しだけここに――」
「あーもううるせぇな!」
しびれを切らしたイナセが枕の裏から朱塗りに光る筒を取り出した。
リュージが言うには『脇差』と呼ばれる片刃の剣らしい。
そしてあの球体悪魔を一刀両断する姿を遠目から見ていたヴィートは、それが唯の武器ではないことを知っている。
「ちょ、ちょっと待って何するつもり!?」
イナセは無言で鞘から刀身を数センチ出して元に戻す。
カチリ、という音が狭い室内に反響した。
イナセは素早く同じ行動を四度繰り返すと、高らかに宣言した。
「モトマル変幻!シバキマル!」
同時に引き抜かれた刀身は、もはや刀身という言葉で表現しがたいものとなっていた。
鈍色に輝くそれは、まるで紙を縦に蛇腹折りした後に片側を紐で縛ってもう片側を広げたような、とでも形容できそうな形だった。
元は刃物だと言うのに不思議と命の危機は感じないそれだが、目の前で思い切り振り被るイナセの姿に、ヴィートもさすがに慌てる。
「や、やめ――!」
「さっさと諦めて帰れー!」
乾いた音と共に頬を張られたヴィートが勢いよく後ろに転がっていく。ラフィがタイミングよく開けた扉から男部屋へと姿を消した。
ラフィは静かに扉を閉めて鍵までかけると、感心したように鞘に剣をしまうイナセに拍手を送った。
「相変わらず面白い剣ね、どういう仕組みなの?」
「分類的には刀っていうんだぜ姐さん……仕組みは、アタシにもわかんねぇ」
「分かんないって、あなたの持ち物でしょ?」
「これはアタシが家出するときに勝手に持って来たんだ。きっと今頃あいつら慌ててるぜ?家宝が消えたっつってな」
そう語るイナセが浮かべているのは似合わない程嗜虐的な笑みだった。
一緒の部屋に暮らす都合上、ラフィはイナセと話をする機会が多い。だから知っていた。イナセがこの顔をするのは大抵実家を連想させるような話題になった時だ。
ラフィは無言でイナセに近づく。
不思議そうに見上げてくるイナセからゆっくりと帽子を取り払った。
「……姐さん?」
「パッチワークに着いたら、イナセの服も買いましょう」
「何言ってんだよ急に」
「急じゃないわ、だってあなた今着てる服しか持ってないじゃない」
「寝巻は姐さんがくれただろ?それに毎日洗って毎日乾かせば一着で足りるだろ?」
ちなみに選択は下着などを除いてすべてヴィートがやっている。
下着だけは自分で洗ってくれとヴィートが泣いて頼んだ結果そうなった。
実家でも家事を手伝うことが多かったヴィートは生活関連に使う魔法がやけにうまく、洗濯から乾燥までを三十分足らずでこなす。しかも布を見て洗い方を変えるという徹底ぶりだ。
イナセが一着しか服を持っていないのは周知の事実であるため、ヴィートが毎晩洗って乾かしてから寝ている。
ちなみにこれはイナセが言い出したことではなく、きれい好きなヴィートが連日洗ってない服を着ることを許さないからだった。
結果的にイナセは不自由を感じたことは無い。
「ダメよ、だってこんなに可愛いんだもの、もっといろんなお洒落ができるわ」
「そ、そんなの興味ねぇし……」
「興味がなくても色々やってみなさいな。あなたの人生あなたが思ってるよりもたくさんの生き方ができるのよ」
「……だって、どうせ似合わねぇし」
急に自信なさげに身を縮こまらせるイナセを、ラフィは柔らかく微笑んで抱きしめた。
「そんなことないわ!イナセならどんな服着ても似合うわよ、私が保証する。だから、ね?」
「……うん」
「あ!うんって言った!言ったからね!さぁて、どんなフリフリな服を着せてやろうかしら」
「そ、それだけは死んでも着ねぇからな!」
ラフィの腕から逃げ出したイナセは、帽子をひったくると自分のベッドに飛び込んでラフィに背を向けた。
ラフィは窓から外の景色を見ながら、来るべき三日後に胸を膨らませた。
隣の部屋から聞こえてくるヴィートのすすり泣きは耳に入ってこないくらいに……。
作者の表現力ではこれが限界なのですが、シバキマルがどういう形状しているか伝わりましたかね?答え合わせは後程出てくる予定なので、想像してみてください。




