モノポリーの7
本当に遅くなってしまってすみません!
年末まで、こんなペースになりそうです。
なんとか今月中にあと1話くらい投稿します。
「ーーあの馬の持ち主なら今は外出中みたいだ、出直すんだな」
ヴィートが何か言ってしまうよりも早く、宿屋の主人がそう言った。
驚いてそちらを見たヴィートに、宿屋の主人は一瞬だけ視線を向ける。
その視線は雄弁に、『ここは何もせずに任せておけ』と述べていた。
「おやぁ、そうでしたか。それは残念ですなぁ。いやはや昔から私という人間は非常に間が悪くて困ります」
「ああ、商売人のよしみだ、とりあえずお前が来てたってことくらいは伝えといてやるから、さっさと帰んな」
「そうですな、目的が果たせないのならば長居は無用なのですが……ところで、こちらのお二人は?」
「……うちの客だ、ちょっかいかけるなよ?」
「人様の店内でそのようなこと、考えられませんよ」
「……嘘をつくだけで騎士が飛んでくる世の中だったら、お前が一番最初にくたばるだろうよ」
「なるほど、その場合、一番最初に滅ぶのはこのモノポリーであることは間違いありませんな」
「そりゃ違いねえ」
声をあげて笑い合う二人だったが、ペドラーはともかく宿屋の店主の目はこれっぽっちも笑っていない。
唐突にーー。
本当に唐突に、ペドラーは顔をヴィートの方へと向けた。
「ところで、あなた様は何かご存知ではありませんか? 前髪の長いお客様?」
「うぇっ⁉︎」
「おいペドラー!」
「ご心配は及びません、ただの世間話です」
困惑して言葉を詰まらせるヴィートに、ペドラーは一歩寄る。
「馬小屋ご覧になりましたか?」
「え、えっと……?」
「ご覧になられていないなら、急いで見に行ったほうがいい。あそこまで巨大な馬はそうは見られません! それこそ物語の中で英雄がまたがる駿馬でさえ、あそこまで威風堂々とした佇まいではありますまい!」
ペドラーという人物を描写するには、先に述べた「かぼちゃのよう」というのが一番手っ取り早いだろう。
ヴィートよりは小さいので、男にしては低い方だ。
赤と黒の縞柄の服に同じ柄の帽子、それに明らかに顔とはあっていないサイズのメガネをかけていて、その奥にある瞳は、常に細められている。
一見して清潔感のある男だった。
浮かべている笑みも人の良さそうな感じがする。
しかし、宿屋の店主の反応を見るに、あまりこの都市で愛されている存在というわけではなさそうだ。
ーーそれに、伝わってしまう。
なんだかんだと数ヶ月旅を続けて、様々な危険に瀕してきたヴィートには、いとも容易く届いてしまう。
その安全そうな面構えの裏側にある、危険の匂いがーー。
とっさに身構えてしまったヴィートだったが、おそらくそのヴィートよりも鋭敏に危険を感知したのだろう。
隣にいたイナセは、警戒に目を怒らせて一歩前に出た。
その手は今にも腰に固定してある脇差に伸びそうだ。
そんな緊張感高まる場において、一番最初に口を開いたのは件のペドラーだった。
「おやぁ……? おかしいですねぇ妙ですねぇ、あなた様とは今出会ったばかりだと存じております、だというのになぜわたくしに敵意を向けられているのでしょう? 争いは一文の得にもなりません、平和的に参りませんか?」
「……得ねぇ、アンタ宿屋のおっちゃんに嫌われてそうだしよ、追っ払ったら少しまけてくれそうじゃねぇか?」
「なぁるほど、確かにわたくしをここで追い払えば、この宿での印象はよくなるかもしれません……しかし、あなた様はわたくしがどこの誰だかご存知ですか? それを知らずに一方から見たものだけで決めてしまうのは浅慮と言わざるを得ませんな、ここはどうでしょう、まず話し合いから初めて見ませんか、赤髪赤目のお客様」
「口閉じろよ、無駄に口の回るやつってなぁ、嫌われるぜ……?」
「申し訳ありません、口で信頼を稼ぐのが仕事なものでして」
「そうかい、だったらーー相手が悪かったって諦めるんだな」
チキ、とイナセが脇差を引き抜こうとする音が聞こえる。
そこに至って、ヴィートはようやく我に返り、二人の間に割り込んだ。
そしてイナセの方へと顔を向けると、あからさまに慌てて手足をばたつかせながら叫ぶ。
「ちょちょ、ちょっと待った! 何してるの⁉︎」
「心配すんな気絶させて外に放り出すだけだ」
「それを聞いて何を安心するのさ⁉︎ 落ち着いて、ね? 大丈夫だから」
そう言われても、いなせの警戒が解ける様子はない。
だが、なんだかんだでここまで一緒に来た仲間だ。
この状況で一切合切無視されて、突然斬りかかることはない……と思う。
ヴィートは、イナセから視線を外すと、絶えぬ笑みをこちらに向けているペドラーに語りかけた。
「ぼ、僕の仲間が失礼なことをしてしまってすみません! 悪気はないんです、本当に、その、ただちょっと警戒心が強い子っていうか……」
「ご心配なく、不快な思いなど一切しておりませんとも、ブロックスのお客様。むしろこちらの方こそ、何か気に触ることを致してしまったようで、どうかお許しいただきたく存じます」
「いえいえいえいえ! そんな! やめてください! 頭なんて下げる必要ないですから!」
「おお、このどうしようもない男をお許しになってくださいますか⁉︎」
「いえだから、許すも何もーー」
「なるほど、これが聞きしに勝るブロックスの騎士の高潔さというものでしょうかな、いや素晴らしいーー確かにあの二頭の馬は、あなたのような人物にこそふさわしい」
「え、なんでーー」
「おいバカ!」
「ーーあっ!」
慌てて口を押さえるが、もう遅い。
ペドラーはニッコリと笑って、ヴィートの手を取った。
「お会いできて嬉しいです、それでは交渉の時間と参りましょうか」
「おいペドラー! ちょっかいかけるなと言ったろう!」
「これは交渉ですよ、決してちょっかいなどではありません」
「そんな屁理屈がーー」
「まぁまぁいいではありませんかーーこれでわたくしに嘘をついたことはなかったことにするということで」
「お前……」
「別にわたくしとしては、なぜこのような嘘を口にしたのか、その真意を余すところなく尋ねてもよろしいのですよ?」
憎々しげに視線を鋭くする主人に。にこやかに笑みを向け、ペドラーはそう言い切った。
宿屋の主人はこの上なく不機嫌そうに鼻を鳴らすと、どっかりと背後にあった椅子に腰掛ける。
さりげなくヴィートの方へ向けられた視線には、申し訳なさが込められていた。
ヴィートもまた、視線に謝罪の念を込めて応える。
むしろ、気遣いを無駄にしてしまったのはこちらの方だ。
察するに、ペドラーの方が立場が上なのだろう。にも拘らずここまで庇ってもらったのだから、あとは自分たちでなんとかするべきだ。
「えっと、初めまして、『ブロックスの騎士』ヴィート・マッシです……あの、先に伝えておきたいんですけど、馬のことを隠してくれって言ったのは僕なんです、騒ぎになったり、馬小屋に人が寄って来たりすると、アンリとジョゼに良くないと思ったのでーー」
「ええ承知しておりますよ、前髪の長いお客様、ご心配せずとも、そのようなことで癇癪を起こしたりはしませんとも、あなた方に対してだけではなく」
「そう、ですか……」
表情は相変わらずの笑み。
宿屋に対して怒りを抱いていないという言葉にも、嘘は感じられないのだがーー。
やはり、どうにも胡散臭い。
あまり長時間話さない方がいいと、直感が告げている。
とりあえずは、当たり障りのないように断ろうと、ヴィートが口を開こうとするがーー。
「第一声で断ろうなどとは考えないでいただきたいものです。わたくしが先ほど言ったこと、覚えておられますか?」
「へ?」
「売買、つまりは金銭の取引が成立する場面において、一番大切なものはなんでしょう、なかなか珍しい剣をお持ちのお客様ーー品質? 安全性? 利便性? それとも小粋な冗談が言えること?」
「おい、いきなりペラペラ喋りだしてんじゃーー」
「まぁまぁまぁまぁ、落ち着くこともまた大切ですよ、これまた珍しい武器をお持ちのお客様ーー先の問題、わたくしの答えを述べさせていただくと、信用であると浅慮させていただきます」
「信用、ですか……?」
「ええそうです! 例えば、今あなた方にとってわたくしは、突然現れて突然馬を寄越せと喚き始めた正体不明の男でございましょう?」
「惜しいけど違うぜ」
イナセの言葉に、ペドラーは意外そうに目を丸くする。
「おや? ではどういうーー」
「意味のわからねぇカボチャみたいな男って思ってんだよ、ついでにこんな場所にいねぇで、さっさと出荷されりゃいいのに、ともな」
その言葉に、新聞で顔を隠しながらこちらの様子を伺っていた宿屋の主人が吹き出した。
必死にこらえようとしているようだが、新聞を持っている手がプルプルと震えている。
遂には笑いを隠すことができないと悟ったのか、素早い動きでカウンターの裏にある部屋へと姿を消した。
ヴィートは、ぽかんと口を開けているペドラーを見て、さすがに言い過ぎだとイナセを軽く睨むが、当の本人は一切気にした様子もない。
「……これはこれは、一本取られてしまいましたな、いやはや、わたくしもいい加減にダイエットなるものに手をつけようと思ってはいるのですが、運動とは昔から縁がありませんで」
ふくよかな脂肪を蓄えた顎をぶるんと揺らし、ペドラーは俯いた。
若干、本気で凹んでいるようにも見えるペドラーの様子に、ヴィートが慌ててフォローに入る。
「す、すみませんペドラーさん! この子少し口が悪くて!」
「いえいえ良いのです、過度な肥満が良くない印象を与えるのは重々承知、だというのに食い道楽をやめられないわたくしに問題があるのです……ああ口惜しい、この忌々しい脂肪め!」
言うが早いか、ペドラーは決死の形相で自分の腹をぼかぼかと殴り始めた。
突然の奇行に驚いたヴィートだったが、ペドラーが思いの外容赦無く自分を殴りつけていることに気づき、その腕を強引に掴む。
「な、何してるんですか⁉︎ やめてください!」
「どうか離してください! 全てはこのだらしのない体のせい、そしてそれを放置しているわたくしの責任、この体のせいで、お話を聞いていただけない等のであれば、今ここで自らを罰するのが正しいあり方というもの!」
「やめてくださいって! そんなことしなくても、話くらい聞きますから」
「ーーでは止めましょう」
ピタリ、と動きを止めたペドラーに、ヴィートは開いた口が塞がらない。
もしやと思って、イナセの方を見てみる。
イナセは声には出さないが、口の動きだけで『ばか』と繰り返し呟いていた。
ヴィートは天を仰いだ。
対照的に、ペドラーは意気揚々とヴィートに頭をさげる。
「それでは、お話を聞いていただけるということで、よろしくお願いします」
「あ、あのですねペドラーさん、申し訳ないんですけど、僕はあの二人を誰かに売る気は無いんです。だからいくら話しても時間の無駄にしかなりません……あなたに取っても」
「ええ、ええ、それはよくわかっておるつもりです、愛情の深いお客様、二頭と言わず二人と言ったお客様の心、それはもう、想像できるなどと軽々しく言えない程でございましょう」
「だったらーー」
「ところで!」
ペドラーが、バッと手のひらを突き出した。
やっと話を終えることができると、一息つきかけていたヴィートは面食らって半歩下がった。
突き出した手のひらはそのままに、目を爛々と輝かせてペドラーは口を開く。
「わたくしが属しているバルド商会の初代は、もともと農家だったらしいのです」
「おい、いきなり何言ってんだ?」
「まぁまぁ、最後まで聞いていただきたい、素敵な髪留めをお持ちのお客様ーー野菜の売買から始まったバルド商会は、今ではありとあらゆる物品を取り扱う、世界でも有数の商会となったわけですが……やはり、初代が生物を扱っていたおかげでしょうか、鮮度が重要なものに関しては、どの店と競っても負けない品質であると自負しております」
「……あのなぁ、お野菜とお魚おまけでつけますから、馬譲ってくださいとか言い出す気なら、今すぐ叩きのめすぜ?」
「おや、愉快な発想でございますな、アルカディアではそう言ったジョークが流行りですか?」
空気が、固く張り詰める。
イナセの手が、背中側に固定してある脇差へと伸びた。
その目には、これ以上ないほど剣呑な光が灯っている。
「アタシの知り合いに、野菜はいなかったはずなんだがなぁ……?」
「記憶力に自信を持ってください、間違いなく初対面ですとも」
「……人を舐めるのも大概にしろよ、どこに住んでたのか知ってても、脇差が鞘から抜けやすいのは知らねぇのか?」
「落ち着いてください、わたくしはただ取引がしたいだけなのですよ、長い旅路をゆくお客様方」
「テメエーー!」
「待って、イナセちゃん」
ヴィートは、飛びかかろうと足に力を込めたイナセの前に立ちふさがった。
イナセは突然邪魔をされたことに苛立って声を上げようとしたが、ヴィートの表情が落ち着いたものであることに気づいて、舌打ちを漏らしながら抜きかけていた脇差を戻した。
ヴィートは薄く微笑んで、「ありがとう」と小声で呟くと、ペドラーの方へ向き直った。
「ペドラーさん、僕はあまり頭がよくないんですーー回りくどいことをせずに、言いたいことがあるなら言ってください」
「わたくしの言い分は初めから言っている通りですよ、あなた方の所持している馬を譲っていただきたいーー対価として払えるのは情報、鮮度抜群の情報でございます」
「……具体的にどんなものなんですか」
「それは交渉の席に着いてから、と言いたいところでございますがーーまあ言ってしまえば、あなた方の捜し物についてですよ」
「それって魔ーー」
「おっと、話せるのはここまで、あとは商談を始めてからにしましょう……ちなみに言っておきますが、取引として受け付けるのは馬だけです。現状あなた方の持っているものの中で、あの馬以上に価値のあるものはありません」
「……」
「あ、言い忘れていましたが、決断はお早めに、少なくとも、同じ条件でテーブルにつくことは二度とありません」
「ーーっ!」
完全に相手のペースに乗せられている感覚があった。
ヴィートは、この場にラフィがいないことをひどく悔やむ。
言ってはなんだが自分たち四人の中で、この手の交渉にーーというよりも自分のペースに相手を巻き込むことにーー長けているのはラフィしかいない。
情報だけ抜き出して、馬は譲らないなんて高等な駆け引きが自分にできるとは到底思えない。
ペドラーの言っているのが、事実なのか。
そもそも持っている情報とは、魔王のもので間違い無いのか。
いや、そうだとしても、喉から手が出るほど欲しい情報だとしても、リュージが探し求めているものだとしてもーー。
ここまで一緒に来た馬たちを犠牲にして、手に入れるものだろうか。
ジョゼフィーヌもアンリエッタも、もう半年近く一緒にいた仲間なのだ。
何気に、ヴィートとはブロックスから一緒に来た仲でもある。
思い入れは、四人の中で一番強いと言っても過言ではない。
それをーー。
ーーなんの手がかりもない魔王のことが少しでもわかるなら。
ーーしかし、それではあまりにも。
ーーそもそも自分が勝手に決めていいことか。
「ヴィート……」
イナセがヴィートの顔をじっと見つめている。
珍しいことにーーと言っては本人は怒るかもしれないがーーヴィートを心配しているような目だった。
ヴィートは、それを見て無理やり笑みを作る。
仲間に心配をかけるのは、騎士の仕事ではない。
「大丈夫、ありがとう」
「……そう、か」
とにかく、黙っていてはどうにもならない。
ヴィートは、必死に頭を回しながら、言葉を選んで口を開きーー。
悲鳴が聞こえた。
「ーー外だ!」
反射的に声のした方へと顔を向けたヴィートは、それが宿の外から聞こえたものだと察して、一目散に駆け出した。
背後から、ペドラーの静かな声が聞こえてくる。
「お待ちを、話を終わっておりませんよ?」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう⁉︎ 悲鳴が聞こえなかったんですか⁉︎」
「聞こえておりますよ? しかしこの都市にだって騎士はおります、何もお客様が対応する必要はーー」
「申し訳ないですけど、商人の戦場がここなら、騎士の戦場はあっちなんです! ここがブロックスじゃなくたって関係ない!」
「……言っておきますが、情報はナマモノです。同じことが聞ける機会は、ありませんよ?」
「そんなことはどうでもいい! 失礼します!」
普段出さないような大声が出た。
目を丸くしているペドラーを無視し、ヴィートは扉を破るような勢いで外に出た。
イナセは、ヴィートが出て行った扉をじっと見ているペドラーを見て、愉快そうに口元を歪めた。
「ま、そういう方がらしいよな、お前は……つーわけで、お話はこれで終わりみたいだぜ? 間違えて出荷される前に、とっとと帰んなよ」
「……そうですねぇ、今回はここまでといたしましょう」
ペドラーはゆっくりとした足取りで扉まで向かうと、イナセの方を見て深々と頭を下げながら言った。
「それでは、近いうちにまたお会いするとは思いますが、その時までーー勇者の仲間のお客様」
扉が音を立てて、ゆっくりと閉まる。
イナセは、その扉を鋭く睨みつけていたがーーすぐに自分も動き出した。
悲鳴が聞こえたのは、おそらくこの建物の裏手だ。
「めんどくせぇことに、なってねぇといいけどな」
なんとなく、その願いは裏切られる予感があった。
勇者の仲間なんて称号を手に入れてしまったその日から、自分たちが巻き込まれる問題に、面倒ではないものなど、ないのだからーー。




