第21話 一歩こらえて
(俺、今まで何してたんだろうな)
イクスは溜息をつく。
胸の中のつかえがとれた感覚と、後悔。
(いまさら、とりかえしはつかない)
パーティからは追放されてしまった。
両手を見る。
(俺が付与したいものはー)
付与術を使うための両手。
痛みを拾うどころか、分かり合えなかった手。
数秒ほど見つめてから、イクスは顔をあげる。
ダムダムの方をみやった。
彼は何も言わずに、見つめ返してくるだけだ。
イクスは苦笑いした。
「…なんか、ちょっと、力、抜けちゃいました」
空を見上げる。
青い空の端が、オレンジに染まり始めていた。
「…ほんと、こんなところまで来ないと俺は思い出せなかったのか」
今も大陸にいたのなら、きっと憤ったままだった。
イクスは目をつぶる。
(…あの人と一緒にいるうちに、なんか、変わったな)
興味があるふりをして旅に便乗した元天才。
度が過ぎるお人よしだし、危ないくらいちょろい。
船に乗って30分で海に撒き餌をする。
持っていたイメージと大違いだった。
『精霊に媚びたんだ』
危ういくらい身を乗り出して、世界に全身全霊で話しかけ続ける男。
気が付けば、夢中で追いかけて、一緒にその先を見に行きたいと思っていた。
だが、理不尽に大陸で折られた彼は、今度は隠れ陸にも折られた。
(あの人は大丈夫だろうか)
今すぐにでも、その痛みを、拾いにいきたい。
(ーでも)
イクスは小さく息をつきーダムダムを見すえた。
「俺は、誰かの痛みを拾うために、付与術師になりました」
草地に突き出すむき出しの岩々を見る。
『痛み』の印。
居場所の印。
「今すぐにだって、俺はあの人を助けにいきたい」
イクスは開いていた拳を握った。
加速範列型。
高速で、その時にあったバフを生成する術。
取りこぼさないようにするために学んだもの。
握った拳を見つめる。
(でも、押し付けるだけじゃ、同じことを繰り返すだけだ)
イクスはうつむいて深呼吸する。
前のめりになって踏み出してしまいそうな一歩を、こらえた。
もう一度顔をあげる。
「でも、俺が全部拾おうとしたら、その人が本当に拾いたいものは拾えなくなる」
イクスはダムダムの目を見つめかえした。
緩やかに吹いていた風がやむ。
試すオオカミの瞳に向かって、イクスは告げる。
「だから、レオンさんを待ちます。でも、レオンさんが助けてくれって言ったら、俺は必ず助けにいく」
ダムダムは静かに聞いている。
「それに」
イクスは続けた。
「あの人は、俺が話さなくても、俺を分かろうとしてくれるから」
船で、イクスが己の過去を言い淀んだ時、 レオンは、『無理に聞かない』といった。
『…でも、俺は、イクスがちゃんと俺のこと考えてかけてくれたバフっていうのはわかってる。付与術師だから』
付与術師としてのイクスを、受け止めてくれた。
「だから、俺も、待ってみようって思いました」
その時。
ほうぼうで、遠吠えがあがった。
「!?」
イクスは慌てて周囲を見回す。
身構える。
(魔物か!?)
だが、ダムダムに慌てる様子はなかった。
ずっと口を利かなかったオオカミが、ようやく言葉を発した。
「話しているうちに、狩が終ったようだな」
「狩り?」
「言っただろう。他のものたちは狩で留守にしている、と」
イクスが見ている先で、ダムダムが深く息を吸い込んだ。
そして天空を仰ぐ。
「-------!!」
高く、長い遠吠え。
その雄たけびに共振するように、空気が震え、草がさざめいた。
イクスの中の何かも、揺さぶられる。
急に強い風が吹きつけてきた。
イクスは思わず片手で顔をかばう。
(…なんだ、これ)
周囲の空気が、妙に熱くなってきている事に気づいた。
(…くっそ、なんか熱い!)
イクスは胸の辺りをはだけた。
血が滾って、今にもあふれだしそうな感覚。
今すぐ叫びだしたくなるのをこらえて、なんとか解析しようとする。
が、
(これなんだ?魅了のデバフでもない。かといって戦意高揚のバフでもない)
遠吠えをおえて、ダムダムがイクスの方を向いた。
その顔に、見せたことのない、どこか楽し気な笑みを浮かべて。
「-歓待の宴だ。付与術の源流を見せてやろう、イクス殿」




