身長196センチの大男
最近大相撲にハマりまして、相撲でひとつ書いてみようと思い立ちました。
処女作です。温かい目で読んでください。
大河原轟という男は、とにかくデカい男だ。
蝉の鳴き声が響き渡る、7月の炎天下。東京・両国にある高校の校門から、轟はのっしのっしと歩き出てきた。
今日は1学期の終業式。明日からは待ちに待った夏休みだ。
手にした通知表と進路志望用紙のことなどこれっぽっちも気にしていない様子で、轟は呑気に鼻歌を歌っている。
すれ違う人たちが思わず二度見し、人混みもモーセの海割りのように道が開く。
それもそのはず、彼の体格は高校3年生にして、身長196センチ、体重125キロ。
周囲からは「なにか体格を生かしたスポーツで推薦をとればいいのに」と思われているが、本人は「いや、別にやりたいことないし……」と、ただ毎日のんびり生きてきただけだった。
そんな轟が、駅へと続く少し急な坂道に差し掛かった時のことだった。
「ああっ! 危ない! 誰か止めてっ!!」
坂の上にある商店のあたりから、悲鳴混じりの叫び声が響いた。
見れば、飲料水のダンボール箱をこれでもかと高く積み上げた業務用の大型手押し台車が、手を離れて猛スピードで坂を転がり落ちてきている。
総重量は優に数百キロ。
しかも、その坂下には、小さな子供を連れたお母さんが驚いて立ちすくんでいた。
金属の塊と化した台車が、容赦なく親子へ迫る。
「――おっと」
轟の体が、考えるよりも先に動いていた。
一歩で親子の前に割り込むと、その瞬間、轟の中で、無意識にバチリと『スイッチ』が切り替わる。
いつもニコニコしていた顔から、すっと緩みが消えた。前髪の隙間から覗く瞳が、獣のように鋭く据わる。
轟は、196センチの巨躯をぐっと低く沈めた。腰を深く割り、両手を真っ直ぐ前に突き出す。
ドンっ!!!
迫り来る数百キロの金属塊に対し、轟は正面から両手でぶち当たった。
ガガァァァンッ!!
激しい衝撃音が響き、台車の上のダンボールが数箱、勢いでボトボトと崩れ落ちる。
だが、轟の丸太のような両足は、アスファルトにへばりついたかのように一歩も後ろに退かない。
完璧な重心移動。
「……ぬんっ!」
轟が短く息を吐き、さらに足腰に力を込めて押し返した。
その瞬間、猛スピードで落ちてきていた重量級の台車が、嫌な金属音を立てて、その場にピタリと停止した。
1人の高校生が、数百キロの大質量を、正面から完全に止めたのだ。
「ふぅ。よし、セーフ!」
台車が止まったのを確認すると、轟はすっと獰猛な気配を消し、いつもの顔に戻った。
「大丈夫ですか? びっくりしましたね」
「あ、あ、ありがとうございます……!」
お礼を言う母親をよそに、轟は「あ、ダンボール落ちた」と、落ちた荷物を楽しそうに拾い始める。
自分がどれだけ規格外の芸当をしたか、全く自覚はない。
しかし、その様子を、すぐ近くで生唾を飲み込んで凝視している男がいた。
買い物帰りの小太りの男。
その男が着ている着物の背中には、大きく『荒磯』の文字が染め抜かれている。
本場所を終え、両国の街を歩いていた荒磯部屋の親方だった。
「おいおいおい……何だあの足腰は……。あの若さで、あれだけの質量を上体だけで受け止めて、一歩も退かねえだと……!?」
親方は、ガタガタと震える手で、荷物を拾っている轟の広い背中を凝視していた。
その瞳には、一世一代の宝物を見つけたかのような、狂おしいほどの熱が宿っている。
「見つけた……。ついに見つけたぞ。令和の、本物の『怪物』を……!」
これが、後に角界を震撼させることになる、大河原轟と相撲の、最高に熱い夏休みの始まりだった。
(第1話・了)
色々と誤字やおかしい点があるかもしれないので、遠慮なく指摘していただきたいです。
面白いと思っていただけましたら、評価・ブックマークをお願いします!




