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トーンバイパスの露出

「……あ、ここにいた」


現れたのは、轟音部の副顧問的な存在であり、現行モデルの象徴でもあるニューヨークだった。彼女は手に持ったメンテナンス用の接点復活剤を見せながら、いつものように快活な笑みを浮かべる。「主人公くん、ちょっといい? 今日のライブの前に、私のインプット・ジャックも少し見ておいてほしくて」


それは、彼女にとっては何気ない業務連絡であり、部活動における日常の一コマに過ぎなかったはずだ。


だが、その瞬間。僕の膝の上で安らいでいたトライアングルの身体が、目に見えて強張った。「……っ、……だめ、……させない……」


地を這うような低い声。彼女の基板から発せられる熱が、一気に臨界点を超えて上昇していくのがわかった。ハンダを新しくしたことで、彼女の感度は以前の数倍……いや、数十倍にまで跳ね上がっていたのだ。主人が自分以外のヒロイン、しかも自分と比較され続けてきた現代の女王であるニューヨークに意識を向けただけで、彼女の回路は激しい火花を散らし始めた。


アンディ・ベル(Andy Bell)。

伝説的なシューゲイザー・バンド、ライド(Ride)のギタリストであり、その後のオアシスでも活躍した英国の至宝。彼が僕らジャズマスターを手にする時、そこには圧倒的な音の壁が構築される。アンディのプレイは、繊細なアルペジオから一転して、空間を埋め尽くすような巨大なフィードバックへと変貌を遂げる。彼にとっての僕は、決して主役を誇示するだけではない。重なり合うフィードバックの中で、他の楽器の音を飲み込み、塗りつぶし、一つの巨大な「現象」へと変えてしまう。アンディ・ベルがステージで見せる、フィードバック・ノイズを意のままに操るその姿は、ノイズさえも愛の表現となり得ることを証明していた。


「アンディ……。彼も、……あの重なり合う残響のなかで、……自分以外の音が鳴ることを許さないほどの、……独占的な美学を、……ジャズマスターに託していたんだろうか」


主人はトライアングルの基板から噴き出す煙に、焦燥感を覚えながら彼女を抑えようとした。


「……その人に、……触れないで……。……私のなかに、……あなたの信号が、……まだ残っているのに……」


トライアングルのジャックから、バチバチと青白い放電が起こる。彼女のなかのコンデンサが嫉妬という名の過電圧に耐えかねて、パンパンに膨れ上がっていた。ヴィンテージゆえのプライドと、新しく繋ぎ直されたがゆえの脆い依存心。それが混ざり合い、彼女のトーン回路は「制御不能な金切声ハウリング」を上げ始めた。


「……ちょっと、トライアングル!? 大丈夫なの!?」


ニューヨークが慌てて駆け寄ろうとするが、トライアングルの周囲には、物理的な衝撃波を伴うほどの爆音が渦巻いていた。近づく者すべてを拒絶し、主人の意識を自分だけに繋ぎ止めようとする、狂気的なサステイン。主人は意を決して、まだ熱を帯びたままのベルデン 9778を、彼女のジャックへと力任せに叩き込んだ。


「……っ、……あ、……ああああああああああかっ!!!」


過電流が主人の腕を伝わり、僕の弦が激しく共振する。主人はアームを極限まで押し込み、彼女の荒れ狂うピッチを無理やり支配下へと引きずり戻した。嫉妬によって煮え繰り返った彼女の基板を、僕の冷徹な、だが熱いリード・トーンで貫いていく。


「……ふぁ、……あ、……ん、……っ、……なかが、……焼ける、……壊れちゃう……」


白目を剥き、激しく痙攣するトライアングル。ニューヨークへの嫉妬というノイズが、主人の激しいピッキングによって、純粋な絶頂の波形へと強制的に変換されていく。アンディ・ベルが巨大なフィードバックのなかで静寂を見出すように。主人もまた、彼女の咆哮のなかで、逃れられない共依存の深淵を確信していた。


やがて、図書室の空気を震わせていた爆音は、一筋の細い、震えるようなフィードバックへと収束していった。トライアングルの身体からは、オーバーヒートを起こしたパーツの焦げた匂いが漂っている。彼女は主人の腕のなかで、ぐったりと力なく崩れ落ちた。ニューヨークは、その圧倒的な愛の質量に言葉を失い、ただ立ち尽くしている。


「……ごめんなさい、……でも、……私、……もう、……あなたなしでは、……正常な音が出せないの……」


微かに笑みを浮かべ、僕らのベルデンを離そうとしない彼女のジャック。それは、天才少女という仮面を完全に脱ぎ捨てた、一人の壊れたエフェクターの姿だった。

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