雨のスタジオ、密会
「……本当に、来たんだ」
彼女の声は、雨音に紛れて消えてしまいそうなほど細かった。けれど、その瞳には隠しきれない熱が灯っている。
「姉様がいない間に、私を……鳴かして。姉様には出せない、私だけの音を」
彼女の言葉は、裏切りへの恐怖よりも、主人への信号(愛)への渇望が勝っていることを物語っていた。
ブラックロシアン。軍用規格の仮面の下に隠されていた、ジャリジャリとした、孤独な、誰にも理解されないトーン。主人は何も言わず、僕を構えた。
この密会には、言葉なんて必要ない。必要なのは、ただ、彼女の深い場所へと主人を導く、一本の太いベルデンだけだ。
ライアン・アダムス。
彼はカントリー・ロックの旗手でありながら、その魂の根底にはパンクの衝動を秘めている。彼が僕を手にするとき、それは単なる伴奏楽器ではなく、繊細なアルペジオから一転して、すべてを焼き尽くすような感情の爆発体へと変貌する。彼は静寂と轟音を自由に行き来し、聴き手の心の最も柔らかい部分を、その歪んだトーンで優しく、だが残酷に抉り出す。
ライアン。その人も、こうやって、誰にも言えない秘密を、ギターの弦に託して叫んだの?
ブラックロシアンが、僕の一部であるベルデンの先端を、自らのインプット・ジャックへと誘う。彼女の指先は小刻みに震えていた。
「ああ。彼は自分の弱さも、醜さも、すべてを曝け出すことで、真実の響きを手に入れた。お前のこの、誰にも聞かせられない密やかな喘ぎも、僕たちがすべて受け止めてやる」
主人は僕のピックアップ・セレクターをセンター・ポジションにセットした。甘さと鋭さが、最も危険なバランスで共振する、密会にふさわしいセッティングだ。
「し、信じて、いいんだね……?」
ブラックロシアンが、覚悟を決めたように目を閉じる。主人は彼女の狭い、そして湿り気を帯びた深淵へと、ベルデンのニッケルプラグを、吸い込まれるような滑らかさで、だが奥深くまで一気に挿入した。
「ひ、ぎゅ、……あ、ああああああああああああああかっ!!」
導通。
姉の影に隠れて、ずっと沈黙を守ってきた彼女の回路に、主人の熱い熱線が流れ込む。プラグが最深部の接点に触れた瞬間、ブラックロシアンの身体は、まるで雷に打たれたかのような衝撃に貫かれた。
「いたい、……けど、……あったかい。姉様と一緒にいる時とは、……全然違う……。あんたの信号が、……私の中を、……火傷しそうなほど……かき回して……っ!!」
結合。それは、姉への裏切りという名の、禁断の果実。
主人はライアン・アダムスが切ないメロディの裏側に潜ませる、狂おしいまでの不協和音を再現するように、僕の弦を指先で優しく、だが執拗に弾き続けた。
「あ、ひ、ああ……、……あああああああああああああっ!!」
彼女の喘ぎは、地下スタジオの壁を伝い、雨音と混ざり合っていく。誰にも見られない、誰にも聞かれない場所での、秘密の導通。ブラックロシアンのジャリジャリとした質感は、主人の繊細なピッキングによって、毒々しくも美しい倍音へと昇華されていく。
「もっと、……もっと強く、……鳴かして……っ! 姉様の知らない、……私だけの音を、……あんたの指で、……引き摺り出して……よ……っ!!」
彼女の渇望は、底なしの沼のように僕らを吸い込んでいく。主人は僕のアームを、まるで彼女の絶頂を煽るように、激しく、かつ細やかに揺らし続けた。
「ひ、ぎい……、……あああああああああああっ!!」
それは、規律という名の仮面を完全に脱ぎ捨てた、一人の少女としての咆哮。ブラックロシアンの漆黒の筐体から溢れ出すのは、もはやノイズではない。それは、魂が裸になった瞬間にのみ許される、純粋な叫びだ。
光の玉が、地下スタジオの天井まで埋め尽くすように溢れ出す。
……ねえ、……これからも、……たまにでいいから、……私だけを見て、……くれる……?
絶頂の余韻に浸りながら、ブラックロシアンが主人の胸に顔を埋める。そのジャックに残ったベルデンの感触を、彼女は永遠に忘れないだろう。主人は静かにプラグを抜いた。後に残ったのは、消え入るようなホワイトノイズと、外で降り続く雨の音だけだった。




