諸国の軍が集う中、白銀の姫は「新しい条約」を結ばせた
オレたちは、慌てて、剣を構えた。
夜霧の中、無数の松明の光が、こちらに向かって、進軍してくるのが見えた。総勢、二百人は下らない。それぞれの、鎧のデザインも、旗印も、バラバラだった。
「――帝国軍、連合軍、それに、他の勢力の部隊も混ざっている」
セレーネが、鋭く分析した。
「あの神像の破壊で、聖地のティンクルバリアが、完全に消失した。……皆、この、聖地の遺物を狙って、押し寄せてきた、というわけか」
「くそ、どいつもこいつも、諦めが悪ぃな……!」
「――待て、ロビン」
サスケが、オレの腕を掴んだ。
「戦うのは、最後の手段だ。まず、話を、聞こう」
オレは、大きく息を吐いた。頷いた。
接近してきた諸勢力の代表たちが、オレたちの前に集まった。帝国軍の指揮官。連合軍の将軍。他の勢力の豪族。皆、オレたちを警戒しながらも、剣は抜いていなかった。
彼らの視線の先には、オレたちの背後で、静かにたたずむ、青い瞳のギガースたちの群れがいた。皆、この、ギガースたちを、明らかに恐れていた。
「――ポトスの、ワッツ見習い、ロビン・ブランフォード、と、そちらの辺境領の姫君、と、お見受けする」
連合軍の将軍が、代表して口を開いた。
「そうだ」
「我々は、決して、戦いに来たのではない。……ただ、聖地の、ティンクルバリアの消失、そして、神像の崩壊を、この目で確かめに来ただけだ」
「――」
「加えて、一つ、確認したい」
「なんだよ」
「――貴殿らは、今後、この聖地の遺物を、どう扱うつもりか」
オレは、彼らの目を見た。
彼らの瞳の奥には、恐怖と、希望と、そして、貪欲が、入り混じっていた。もしここで、オレたちが、遺物を独占する、と宣言すれば、明日には、戦争が始まる。もし、遺物を、彼らに分け与える、と宣言すれば、また、新たな災厄の火種が生まれる。
オレは、深く息を吐いた。
と、その時。
オレの隣で、テティスが、静かに、一歩、前に進み出た。
「――皆さんに、お願いが、あります」
彼女の声は、静かだったが、その場の全員の耳に、確かに届いた。
「聖地の遺物は、すべて、この地に、埋め戻します。……もう、どの勢力にも、渡しません」
「――なっ、それは!」
「異議のある方は、どうぞ、剣を、抜いてください」
テティスは、微笑んだ。しかし、彼女の背後には、無数の青い瞳のギガースたちが、静かにたたずんでいた。
連合軍の将軍が、明らかに震えた。
「――しかし、それでは、我々は、この災厄の再来を、どう防げばよいのだ」
「――監視、していただければ、良いのです」
テティスは、静かに続けた。
「わたしと、このギガースたちが、この場所を、代々、守ります。もし、誰かが、遺物を再び掘り出そうとした時。……ギガースたちが、それを、防ぎます」
「――」
「その代わり、皆さんに、お願いしたいことがあります」
「なんだ」
「――ダークフォースの海の生き物たちを、これ以上、狩らないでください。彼らは、この大地を守るために、生きています」
諸勢力の代表たちが、視線を交わした。
彼らの中の多くの者は、既に、目の前の大群のギガースに圧倒されていた。テティスの、その静かな要求に、逆らう者はいなかった。
「――承知した」
連合軍の将軍が、頷いた。他の代表たちも、次々と頷いた。
「そして、もう一つ」
「――」
「わたしと、ロビンと、この場の皆と、諸勢力の代表で、条約を結びましょう」
テティスは、静かに続けた。
「聖地の、監視のための、境界の判定者たちの条約を。……人間同士の、無益な戦いを、少しずつ、減らしていくための、始まりの条約を」
セレーネが、かすかに笑った。
「――辺境の姫君は、意外に、政治家の資質もあるらしいな」
「ふふっ、そうかな」
テティスは、少しだけ、いたずらっぽく笑った。
その夜、オレたちは、聖地の広場で、第一の条約を結んだ。それは、後の時代に「境界の判定者の条約」として、伝えられていく、歴史的な瞬間だった。
夜明け前。
オレは、崩れた塔の、一番奥の瓦礫から、金属の細い鎖を拾い上げた。
それは、オレの風の太鼓の鎖の部分だった。壊れた破片は、既に、テティスが、大切に、持っていた。だが、この鎖だけは、オレの、姉さんと、オレとの繋がりの証だった。
オレは、それを、そっと、首にかけた。
――と、その時。
瓦礫の隙間から、かすかな、しかし、確かな鳴き声が、聞こえてきた。
「くるる……くるる……」
オレは、驚いて、瓦礫をかき分けた。
そこにいたのは、生まれたばかりの、小さな翼獣の幼体だった。モグロよりも、更に小さい。バルーン色ではなく、青銀色の鎧を纏っていた。
そして、その小さな幼体の脇に、手のひらサイズの、青白い光の欠片が、埋まっていた。
オレの、姉さんの記憶の光の色。
「――お、お前……」
小さな翼獣は、オレの顔を、じっと見つめて、一度、鳴いた。
「くるるっ♪」
その声は、どこか、モグロに似ていて、しかし、どこか、オレの姉さんの、いたずらっぽい笑い声にも、似ていた。




