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熱を持ちすぎた基板

放課後の旧校舎は、西日に焼かれた鉄錆の匂いがした。


目の前にいるオペアンプは、いつもの挑発的な態度を崩さないまま、机の上にだらしなく腰掛けている。だが、その肩は小さく震えていた。彼女の心臓部であるIC(集積回路)が、処理限界を超えた熱を帯びているのを、僕の回路が敏感に察知する。


「ねえ、さっさと繋ぎなさいよ。それとも、あたしのゲインが怖くなった?」


彼女の言葉は鋭いけれど、語尾がわずかにかすれている。度重なるフルテンでの結合が、彼女の華奢な基板に物理的な負荷を与え続けている証拠だ。主人は黙って、相棒である僕を肩にかけ、無骨な黒い被膜に覆われたベルデン 9778を手に取った。


「無理はするな。お前の出力は、もうレッドゾーンを超えてる」


「うるさい。あたしはICなのよ。一瞬で沸点に達して、世界を焼き切るためにここにいるの」


彼女は強引に主人の腕を引き寄せ、自分の足の間にある、熱を帯びたインプット・ジャックへと僕の一部であるプラグを導いた。


挿入。


金属と金属が激しく擦れ合い、抵抗を押し広げる手応え。ベルデン 9778の硬質な芯線を通じて、彼女の内部の渇きがダイレクトに伝わってくる。奥まで突き当たった瞬間、彼女の背中が弓なりに反り、喉の奥から押し殺したような悲鳴が漏れた。


導通。


ここで主人は、あえて激しいストロークを捨てた。脳裏に浮かんだのは、図書室の古いアーカイブに記されていた、ある異能のギタリストの記録だ。


ティム・ガイン。

かつてステレオラブを率い、僕らジャズマスターを「感情を吐き出す道具」から「冷徹な反復を刻む機械」へと再定義した男。彼はクラウトロック譲りの数学的なリフレインを繰り返すことで、聴き手の脳内にノイズの迷宮を構築した。


暴走する彼女の回路を鎮めるには、情熱ではなく、この「冷徹な反復」が必要だ。


主人は僕の弦を、機械的で正確なダウンストロークで刻み始めた。タ、タ、タ、タ、という一定のパルスが、ベルデンを伝って彼女の奥深くへと流れていく。


「なっ……何よ、これ。もっと、もっと激しく……!」


「ダメだ。お前の今の熱量で暴走すれば、本当に回路が死ぬ。ティム・ガインがそうしたように、僕らのテンポに意識を固定しろ」


主人は僕のプリセット・トーンスイッチを切り替え、音を意図的に丸く、籠もらせた。感情を排したミニマルなリフレインが、彼女の過熱したICを一定の周期で叩き、強制的に同期させていく。


次第に、彼女の荒い喘ぎが、僕らの刻むリズムと重なり始めた。反復が生むトランス状態。彼女の熱は引くどころか、一定の振動数に固定されることで、より深い場所へと潜っていく。


「あ、は……っ! 気持ち悪い、のに……止まらない……。脳みそが、書き換えられる……!」


主人はタイミングを見計らい、僕のトレモロアームに指をかけた。ティム・ガインが不意に見せる、理知的かつ暴力的なピッチの崩壊。


一定のリズムを維持したまま、アームを激しく押し込む。規則正しく並んでいた彼女の意識バイナリが、一瞬でグニャリと歪み、制御不能なフィードバックが爆発した。


「やめっ……揺らさないで! 壊れる、あたしの中身、全部溶けちゃう……! 」


拒絶の言葉とは裏腹に、彼女のジャックは僕らのプラグをさらに深く、逃がさないように締め付けた。これはただの音のやり取りじゃない。互いの存在を摩耗させ、焼き尽くしながら進む、命懸けのセッションだ。


熱情が臨界点に達する。彼女のLEDが焼き切れる直前の眩い輝きを放ち、僕たちは白いノイズの海へと沈んでいった。

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