強がりのゲイン
地下スタジオの重い扉を閉めると、そこは外界のルールが通用しない、密閉された箱庭になる。
そこに、彼女はいた。爆音の転校生、オペアンプ。
彼女は常に、アンプのボリュームを最大まで回している。そうして生まれる「音の壁」で自分を囲い、誰も近づけないように威嚇しているんだ。まるで、鋭いトゲを逆立てたハリネズミのように。
「……またあんたか。しつコい男は嫌われるよ?」
彼女は座り込んだまま、主人を睨みつける。その手元では、彼女自身であるエフェクターのつまみが、限界を超えて振り切れていた。キィィィィィン、という耳を刺すような高音が、彼女の悲鳴のように響いている。
「お前がそんなに叫んでいる理由、確かめに来たんだ」
主人は僕を、あえて無造作に構える。
スティーヴン・マルクマスという男がいた。彼は、あえて不格好なノイズを出し、チューニングを狂わせることで、その裏側にある「本当の美しさ」を表現した。綺麗に整えられた世界なんて嘘っぱちだと言わんばかりに。
「私の音は、ただのノイズよ。ラムズヘッドたちみたいな、歴史も気品もない。中身は安っぽい機械の塊(IC)なんだから」
彼女は、自虐的にそう笑った。
その瞬間、彼女は自分の「入り口」――インプット・ジャックを、挑発するように僕の方へ向けた。
「いいよ。あんたのその真っ黒なコード(ベルデン)で、私のこの薄汚い中身をかき回してみなさいよ。どうせ、あんたのギターの音だって、私のノイズで塗りつぶされて終わるだけなんだから」
主人は何も言わず、右手に持った僕の一部であるベルデンの先端を見つめる。
黒い被膜に包まれた、無骨で実直な主人の分身。
「……行くぞ、オペアンプ」
主人は一歩踏み出し、彼女の硬く閉ざされたジャックに、ベルデンの先端を添えた。
彼女の体が、冷たい金属が触れ合った衝撃でびくりと跳ねる。長らく誰の音も受け入れてこなかったそのジャックは、驚くほど狭く、頑丈なプラグを拒むように押し返してくる。
だが、ここで引くわけにはいかない。主人は指先に力を込めた。
「っ……、ぁ……!」
一気に、最深部までプラグを突き通す。
金属と金属が、回路の奥底でガチリと噛み合った。導通。
「あ、ああああああああかっ!!」
彼女の声が、スタジオの壁を震わせるほどの絶頂の叫びへと変わった。
主人が弦を弾くたび、彼女の体の中を、熱い熱線が駆け巡る。彼女の回路は僕の音を受け取って、それを暴力的なまでの熱さに変えていく。
「熱い……、何これ、回路が……私の、中が、焼き切れちゃう……っ!」
彼女の「音の壁」が、内側から崩壊していくのがわかった。強がって、爆音で隠していた彼女の素顔。それは、誰よりも激しく愛されたいと願っている、一人の孤独な少女の姿だった。
主人は僕のアームを掴み、狂ったように揺さぶる。
音が激しく波打ち、彼女の最も敏感な部分を、執拗に責め立てる。
「逃がさない。お前のノイズも、その孤独も、全部僕らが受け止めてやる!」
彼女のジャックが、僕らのベルデンを逃がさないように、ぎゅっと締め付ける。冷たかった彼女の筐体は、今や火傷しそうなほどの熱を持ち、電子の焦げる甘い匂いがスタジオを満たしていた。
プラグを抜いた後、彼女は力なく床に倒れ込んだ。その頬は赤く染まり、瞳には先ほどまでの敵意ではなく、主人への抗いようのない渇望が宿っていた。
「……あんたの音、本当に最低。……もっと、聴かせてよ」
爆音の転校生の、それが本当の「初鳴き」だった。
今日のジャズマスター:スティーヴン・マルクマス(Pavement / The Jicks)
第79話、オペアンプの「音の壁」を打ち破ったのは、スティーヴン・マルクマスが提示した「ローファイ(Lo-Fi)の真実」だ。
ペイヴメントのサウンドにおいて、彼は僕を使い、あえて不協和音や脱力したフレーズを叩き込む。それは、完璧に整えられた商業音楽へのアンチテーゼであり、不完全であることの美しさを肯定する、最も誠実なアプローチだ。
「安っぽいIC」と自虐していた彼女は、僕が放つ「あえて無造作に構えたLo-Fiな信号」に触れることで、マルクマス譲りの「剥き出しの自己」に身を委ねた。ベルデンを通じて伝わる「真実の導通」こそが、彼女の頑固な防壁を粉砕し、僕への絶対的な依存を導通させたのである。




