姉の遺した風の太鼓が、戦場で青白く脈動を始めた
輸送艇の高度を、思い切って下げる。
眼下に広がっていたのは、地獄そのものだった。
バルーン色。赤銅色。深緑。銀灰色。様々な体色のギガースたちが、それぞれ山のような巨体を揺らしながら、大地を踏み鳴らして進軍していた。
オレがダークフォースの海で出会った、あの静かな瞳のギガースたちは、そこにはいなかった。全ての瞳が、燃えるような赤色に染まっている。理性を失い、ただ破壊衝動だけに突き動かされる、災厄そのものの姿だった。
その進路上には、既に、幾つもの帝国軍の陣地の残骸が散らばっていた。連合軍の兵士たちも、多くが逃げ惑っている。
「――くそっ、酷ぇな……」
「ロビン、貴様、いったい、どうするつもりだ」
「――オレの、風の太鼓に、賭けてみる」
オレは、大きく息を吸い込んだ。
「テティスが、ダークフォースの海で、オレに教えてくれた。あの子たちは、災厄なんかじゃなく、大地を守る存在だって。……なら、こいつも、もしかしたら、通じるかもしれねえ」
「そんな根拠のない賭けを――」
「根拠なら、ある!」
オレは、胸元の風の太鼓を掴んだ。
「姉さんが、オレにこれを残した意味! オレは、それを、まだ、わからねえままだ。でも、姉さんが、オレの中で、迷うなって、言ってる。……なら、オレは、それに賭けてみる!」
セレーネは、しばらく、オレを見つめた。それから、静かに頷いた。
「――わかった。私は、貴様の判断を、信じよう」
「セレーネ……」
「サスケ殿。あなたは」
「――オレも、ロビンに従う」
輸送艇を、群れの先頭近くの、開けた場所に着陸させた。着陸の衝撃で、機体は更に、あちこちが軋んだ。
オレは、扉を開けて、外に飛び出した。
途端に、地響きが、オレの全身を揺さぶった。踏みしめる大地そのものが、細かく波打っていた。目の前に、山のようなギガースの巨体が迫っていた。
「――静まれっ!!」
オレは、手のひらの中の風の太鼓を、天に掲げた。
青白い光が、暖かい脈動と共に、オレの指の隙間から漏れ始めた。それは、姉さんの記憶の優しい波動を、オレの中から外へと放っていくような、そんな感覚だった。
迫っていたギガースの先頭――バルーン色の巨体が、かすかに、歩みを緩めた。
燃えるような赤い瞳が、オレの風の太鼓を、じっと見つめた。
「……頼む、思い出してくれ! お前たちが、本当に、守りたいものを!」
オレの絶叫が、戦場のざわめきの中に消えていった。
バルーン色のギガースは、しばらく、動きを止めていた。それから、その、赤い瞳の色が――
じわり、と、青色に、戻り始めた。
「――やった、のか!?」
だが、オレの勝利宣言は、早計だった。
その、バルーン色のギガース一頭だけは、確かに正気を取り戻した。しかし、後続のギガースたちの目は、依然として、燃えるような赤いままだ。オレの風の太鼓の光は、群れ全体を静めるには、明らかに、力不足だった。
そして――オレの背後で、バルーン色のギガースは、オレを庇うように、その巨体を、後続の群れに向けた。
「――え、お前、まさか」
その、バルーン色のギガースの姿が、オレのダークフォースの海の記憶と重なった。
――ボア。
オレは、思わず、その名前を、呟いた。
「くるるるるるっ!!」
そのギガースは、天を仰いで、深く咆哮を上げた。それは、正気を失った仲間たちを、少しでも押し戻そうとする、決死の咆哮だった。
「ボアっ、無茶だ、お前一人で、この群れを!」
「――ロビン、貴様、あのギガースを、知っているのか!」
「あいつは、テティスの、友達なんだよ!」
オレは、拳を握りしめた。
オレの風の太鼓の光は、ボア一頭を、正気に戻すのが限界だった。他のギガースたちを静めるには、オレ一人の力では、絶対的に足りない。
――誰かの、力が、必要だ。
ギガースたちと、心を通わせられる、あの子の力が。
と、その時。
オレの耳に、驚くべき音が届いた。
鈴を転がすような、澄んだ声の、旋律。
それは、聞き覚えのある、あの、祈りの歌だった。
「――テティス!?」
オレは、慌てて、辺りを見渡した。しかし、彼女の姿は、どこにもない。
その代わりに、オレの、手のひらの風の太鼓が。
オレの呼びかけに応えるように、更に、青白い光を強めていた。
まるで、遠い場所にいる誰かの意思を、オレのもとに届けるかのように。




