おまけ 飯尾くん視点
地元民が結集する、東港大社の夏祭り。
咲谷がモゴモゴと煮えきらない。センパイのことが好きなくせに、この日の彼女は松原杏に良いように遊ばれていた。
僕が発破をかけてやったら、ようやく火がついたらしく、太陽を追いかける向日葵のように、強く美しい笑顔とともに去っていった。
見送りながら、世話のやける奴だと嘆息する。でも目が離せないのだから仕方がない。
(僕も大概、重症だな。咲谷はセンパイしか見えていないのに)
そのとき、背景と完全に同化した兄を見つけた。
「松原杏を追いかけなくて良いんですか?」
「もちろん追いかけるさ。しかし大切な弟のことも気になってな」
僕はやれやれと大袈裟に肩を竦めた。
「ご心配要りませんよ。しかし僕も初めて直接会いましたけど、趣味が悪いですね、兄さん」
「あれはあれで可愛いんだよ。たとえ身持ちが軽くても、それは彼女が魅力的だから仕方ない」
「お色気攻撃で、センパイがヤられなければ良いんですけどね」
僕が嫌味を言えば、兄は自信満々に断言する。
「問題ない。あの先輩とやらは、お前の好きな咲谷花とやらに夢中だからな」
「なんで松原杏はあんな堅物そうなセンパイを狙っているんですか?」
「それはルックスが良くて、連れて歩けば自慢できるからだろう。それに女慣れをしていないから、初めての女にきっとのめり込む。主導権を握りたい杏にはピッタリだ」
僕は不快感を顕にした。兄はそれなりに経験豊富だし、人を振り回す側の人間だ。しかしそんな理由で大切な兄を傷つけられては堪らない。
「だから兄さんとは合わなかったんですね」
そこまで言って、やおら僕は立ち上がった。さっき買ったばかりのキャラクターのお面の紐を弄びながら。
「どこへ行く?」
「世間知らずな花ちゃんの援護に行ってきます」
「援護したら、お前の恋は叶わない」
兄さんの心配そうな瞳に、また肩を竦めた。
「愛する彼女と兄さんの幸せのためです」
「しかしそのお面はなんだ。そんな間抜けなお面は置いていったらどうだ?」
「せっかく買ったので」
「場がしまらないぞ」
「わかってはいますけど、僕と兄さんはよく似てるので、警戒されるといけませんからね」
兄の怪訝な顔を横目に、僕はお面を額に装着した。視界が狭まるので、ギリギリまで顔にはつけない予定だ。
「それに……あいつに涙を見せたくないんです」
まさか自分がつける羽目になるとは思わなかった。
「泣く覚悟か……。そんなに好きなら奪えば良いだろう?」
兄が理解できないというように呟く。
「いえ、僕には愛と勇気が付いていますから。だから……大丈夫です」
「……わかった。ならば何も言うまい。可愛い弟のために、僕も協力してやろう」
そうして兄が隣に並んだ。
「ありがとうございます。いざというときはお願いします。あの女はなかなか手強そうだ」
「礼はいらん。ふむ……。あちらの方から杏の気配がするぞ」
鍛え上げたストーカーセンサーで、3人の居場所を特定した兄が、少し先に進んだところで振り返って僕を呼ぶ。
「優。行くぞ」
「はい、匠兄さん」
僕たちはそうして修羅場に潜入したのだった。
** 本当におしまい **
この度は拙い作品を読んでいただき、ありがとうございました。あとがきは活動報告で書かせていただきます。
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