サクラ
季節は巡り変わりゆき、サクラの花が舞っていた。
そして、りょうの一番好きな花は 桜だったんだ。
『ジル・ガメーシュ』には、ほとんど定休日はない。ほぼ年中無休で営業している。
勿論、今夜も 日没後に営業をするのだが、この日、りょうとギョウメイ、それに奇子さんの三人は 渋谷へやって来ていた。
思えば一年ほど前に、この街で りょうに出会い、奇子さんやゴローさんたちと関わることになったのだとギョウメイは 思い出していた。
渋谷駅から 少し歩き、歩道橋の階段を渡りきると 道沿いに植えられた桜並木が見えてきた。
いつの間にか 季節は巡り、桜の花が満開となっていたが、行き交う人々は 足早に 咲き乱れる花になど無関心なように歩み去ってゆく。
見慣れた都会の昼下がりの風景。
あちこちの店先では そろそろランチ営業を終え、 昼メニューを記した立て看板を 店内にしまおうとしている店員さんの姿も見られる。
夜の営業に備えて、休憩に入る店も多い時間帯だ。
「今日は、店の方はいいんですか?」
「なぁに、手のかかる仕込みは済ませてあるし、最近じゃあ 一時の賑わいも無くなって、酒と簡単な摘まみさえあれば事足りるし、それくらいなら たまにはゴローに任せておくのもいいんじゃないかい?」
奇子さんは、舞い散る桜の花弁を 眺めながら のんびりと散策を続けている。
ここ半年あまりの間、何故か新宿の西口に立ち並ぶ柱の一本の中で(強制的に)営業することになった酒場『ジル・ガメーシュ』は、それこそ てんてこ舞いの忙しさだったが、それも 最近では 元のような落ち着きを取り戻してきていた。
だが、それは けして良い兆候とは言えない。 何故なら そのお客さんたちの多くは『ジル・ガメーシュ』に立ち寄り、酒を飲み腹拵えをすると 数人のパーティを組み、文字通り新宿駅の地下に広がる 常人は その存在も知らぬ正真正銘のダンジョンに出掛けて行く者たちだったからだ。
新宿駅の西口に移転してから、客が溢れるほど忙しくなった店の切り盛りは すっかり店員あつかいされてしまったゴローさんとりょうとギョウメイに任せきりで、営業時間中の奇子さんは 店の片隅で、彼らに頼まれるままに 妖しげな没薬を調合して渡したり、奇妙な祈りや占いを行っていた。
オーガストからの依頼もあったが、奇子さんも 命懸けで『ネムルモノ』に立ち向かう彼らを放っておくことなど出来なかったのだろう。 しかし、大熊猫さんの言っていたように、彼らの姿を 再び店で見ることは まれで、多くの者は 二度と帰ってこなかった。
だが 全くの無駄ではなかったと奇子さんは言う。 確かに 頻繁に起こっていた 奇子さんたちの言う『位相のずれ』あるいは『時空の転位』は この半年以上の間 すっかりおさまっているように見えた。
「全部、彼らのお陰さ…、けどね それも いつまでも維持出来ることじゃない。 今のうちに 充分とは言えなくても 出来る限りのことをしておかなくちゃね」
昨晩、閉店の片付けをしながら呟いた その奇子さんの言葉に、最後の決戦と時が近いことがうかがえた。
こうして のんびりと晴天の春の陽気の中、三人で連れだって歩いていると まるで現実感を伴わない ゲームかアニメの中の話に聞こえてしまう。 だがしかし、信じられないことに これは 紛れもない現実の世界で起こっていることなのだ。
ざあっ…と 風が吹き、満開の花弁が 桜吹雪となって舞い踊る。 久方ぶりのオフに すっかり気分が開放的になっている りょうが「ねえ、撮って♪撮って♪」と 両手を広げて 人目も気にせず くるくると舞い踊る。
ギョウメイは、ちょっとだけ苦笑いをしながら その姿をスマホのカメラで撮る。
あらためて見ると、ごく普通の可愛らしい女の子にしか見えないけれど、今では 奇子さんの手解きを受けて いっぱしの…とは言えなくても、ある程度の魔術を使えるリアルな魔女っ子だなんて、誰も 気づかないだろうなとギョウメイは思いながら 次々とシャッターを切り続ける。
(あー、なんだ? この胸のドキドキは?)
ギョウメイは、桜を背景にして はしゃぎ回る りょうの姿に 妙にドギマギしている自分に驚いた。
いつも顔をあわせているのに、こんな女の子っぽい表情を見たことが あったっけ?
ふと気づくと りょうは 右手を高く差し上げ 人差し指でくるくると円を描いている。 すると 次の瞬間、ざぁっと一陣の風が吹き寄せ 桜の花弁が 彼女の周りで 桜色の円舞を踊るように激しく渦巻きだした。
これには さすがに 道行く人々も足を止め 見惚れている。 中には スマホを取り出し写真を撮っている人さえいるじゃないか。
「ほほぅ、りょうには 風の元素の守護が強いようだね…」
奇子さんは、のんびりと そんな感想を述べているけれど、冗談じゃない こんなのが ネットにでも晒されたら大変だ!!
ギョウメイは つかつかと 桜の円舞の真ん中の りょうに近づくと その左手を掴み ぐいと引き寄せ その場から逃れようと その腕を引っ張った。
「やだ! 今、いいとこなのに!?」
「いいとこなのにじゃないよ、こんな所で 目立って騒がれたくない!!」
「ギョウメイは、そうかもしれないけど…」
「いいから、まだ用事も済んでないでしょ?」
そう言われて、りょうも ようやく何故 三人で 渋谷へ来たのか思い出したようだ。
「えへへぇ…、ごめん!」
ギョウメイは 呆気に取られる群衆を掻き分け あとに残し スタスタと歩き出した。
「なんだ、もう仕舞いかい?」
あとを追ってきた奇子さんが、いささか不満そうだったが、ギョウメイが ひと睨みすると 肩を竦めて口を閉じた。
*****
「東京の地下 には、廃線にされて もう使われなくなった地下鉄や戦時中に密かに造られた地下空間があるのを知ってるかい?」
今日、わざわざ三人で 渋谷まで出掛けてきたのには 訳がある。
これは、あの怪しげなオーガスト社長から得た情報なのだが、奇子さんも かなり信憑性がある話だと言う。
「ええ、新橋駅とか この渋谷辺りだと 数年前に映画のタイアップで話題になった旧表参道駅とかが有名ですよね」
「ギョウメイ、あんた地方出身者なのに よく知ってるね」
「いや、なんとなく 遺構とか、そういうのってロマンがあるじゃないですか。そういうのに 昔から ちょっと興味があって…」
桜並木の道から逸れて、路地を通り抜け 渋谷駅からの高架沿いに続く 細い道を 三人で歩く。
この辺りは 古いビルや 昔の家屋が混在する 都会の中でも ちょっと変わった雰囲気を醸し出している一角だ。
「数年前に 渋谷駅の地下を大幅に改装しただろう」
「ええ、なんだか 乗り換えがしにくくなって、改善したのだか改悪したのか分からないやつですよね」
「あれも、仕方のない事だったんだよ。 掘り返してみたら、色々と ヤバい物が出てきてしまって、計画が ずいぶん狂ってしまったらしいんだよ」
「それも、オーガスト社長からの情報ですか?」
奇子さんは、泣いているのか怒っているのか分からない複雑な表情を見せている。
後ろから来た車を避け、三人は 申し訳程度にある歩道に立ち止まった。
「いいや、それは ずいぶん前から 私も知ってたことなんだ」
奇子さんにしては 歯切れの悪い言い方だ。
「太平洋戦争以前から、日本の軍部は 本土防衛の為に 各所に軍事輸送用の地下鉄道網を極秘裏に造り、軍事用の地下施設も建造していたのさ。 結局 時間や金や資材が足りなくて、そのほとんどの計画が 途中で 頓挫し 中止されちまったがね」
奇子さんが また歩き出したので、りょうとギョウメイも あとをついて歩き出した。
「太平洋戦争前から付き合いのあった、オーガストと私、そして妹のアイリーンは 戦前から計画していたあることを秘密裏に実践しようとしていた。
都合の良いことに それらの日本軍が残した遺構が 東京のあちこちにあるという情報を手に入れ、 終戦後のどさくさに紛れて、 遂に実践に移すことにしたんだ」
「え!? ちょっと待ってくださいよ。 それって 戦後すぐの話ですよね」
「その通り…。どうも納得のいかない顔をしているね。
ところで、私が 幾つに見える?」
そう尋ねられて、あらためて奇子さんの顔を じっくりと見てみたが、どう見ても せいぜい30代後半くらいにしか見えない。
「私は、今年で 778歳になるんだよ」
二人が 答えに詰まっていると、奇子さんは さらりと そう言った。
To be cotinued……
衝撃の告白!!?
それはとても、信じられないことたった!
因みに、この作品『君がいて 僕がいた』と『収穫』は地続きの物語です♪




