↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君がいて 僕がいた  作者: 時帰呼
PR
15/16

グリモワール

若きオーガストが 欧州の小国にある大学で 出会ったのは、とんでもなく長い名前を持つアイリーンという女性だった。


彼は 一目で恋に堕ちた…。



オーガストが アイリーンに出会ったのは、とある欧州の古い大学に入ってすぐのことだった。




彼は 人並み外れた頭脳と 男でさえ惚れ惚れするほどの外観と 数百年続く貴族として広大な領地を所有していた。


勿論、今や 貴族制度など 名誉以外の意味を持たなく 先祖伝来の遺産の固定資産税などが大きな重荷となり 屋敷を手放したり、観光客に解放して小銭を稼ぐ貴族も多いのも確かだが、オーガストの家系は 代々 先見の明をもち 有り余る財産を投資し ここ数百年の間も確実に財を増やし続けてきた。


既に 15代を数えるダーレス家 現当主であるオーガスト=ダーレスは、20歳にして 欧州の小国家の国家予算を越える資産を持ち、それは 彼が大学で 有り余る時間を過ごしている間にも 膨れ上がってゆくほどであった



降り注ぐ秋の柔らかな光、物音ひとつしない人気のない図書室。

そこが、幼少期から厳めしい大人に囲まれ規律正しく育てられたオーガストにとっての 唯一無二の心の休まる場所だった。


優秀な頭脳を持ちながらも、有名大学を受験しなかったのは、煩わしく下らない課題や サークル活動に無駄な時間を費やさずに、ただ 平和に時を過ごしたかったからに過ぎない。


富と名誉なら、母の産道を潜り抜けた瞬間から手にしていたのだから、今更 学歴などには一切の興味はなかった。


オーガストは飽き飽きとしていた。



ただひとつ オーガストが興味を持ったのは、この大学の膨大な蔵書。 それこそ、どんな有名大学にも劣らない 古今東西の歴史上重要な書物から珍書、奇書まで。あるいは 二百年以上前からの 欧州の諸国で発行された新聞や雑誌もマイクロフィルム化され所蔵されている。


誰が、これほどの熱意…、いや狂気をもって これほどの資料を集めたのだろうか?


だが、そんなことは どうでもいい。

オーガストは 生まれながらにして物質的な物は 何もかも手にしている人間だが、まだ見ぬ知識への貪欲さを 失ってはいなかったのだ。



オーガストは、この日も 朝早くから図書館に籠り、数時間をかけ捜しだした 数百年前の物と思われる珍本を 食い入るようにして読みふけっていた。


どれ程の時間が経っただろうか。


ふわりと香る爽やかな石鹸の香りに、ついと書物から顔を上げると 彼女が 目の前に座っていた。


かるくウェーブのかかったセミロングの黒髪と 切れ長の人の心を見透かすような黒い瞳は、この大学でも目立つ存在だったから オーガストも 彼女に見覚えはあった。


「ずいぶん難しそうな本を読んでいるんですね」


孤独を愛し、この大学に入ってからも 友人など一人も作ってこなかったオーガストは なんと答えたらよいものかと思案した。


「…読書中なのでね…」


「ふふ、お邪魔だったかしら…」


そう言うと その女性は 音をたてずに席を立ち ゆっくりと去ろうとした。


オーガストは 本に視線を戻そうとしたが、どうしても その後ろ姿から目が離せなかった。


「いや…、失礼をした。 本に集中していたもので…。 私はオーガースト=ダーレスという者で。

もしよろしければ

貴女の名を教えていただけないだろうか?」


オーガーストにしては、こんなことをするのは生まれて初めてのことだっだが、彼女の常人とは違う物腰に 尋ねずにいられなかったのだ。


「私の名前は アイリーン=アマトリチャーナ…。ほんとは もっと長くてめんどくさい名前だから、みんな ただアイリーンと呼ぶわ」


それだけ言うと、くるりと背を向けた。


「よかったらフルネームを教えてくれないか? こう見えて、記憶力は いい方なんだ」


アイリーンは、くすりと笑うと 言った。


「ほんとに?」


「もし一回で覚えられたら、頼みを ひとつ聞いてくれないか?」


オーガースト自身も 何故 こんなにむきになっているのか分からなかったが、胸のうちに 初めて感じる感情が芽生えていることには気づいていた。


「アイリーン・アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルク・アマトリチャーナ…… 」


小悪魔のような笑みを浮かべ、アイリーンは その名を 一息に言った。


オーガーストは 胸の中で その名を反芻し 一音 一音、噛み締めるように 発音した。


「アイリーン・ アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルク・アマトリチャーナ」


暫しの沈黙。


その沈黙を破ったのは アイリーンだった。


「凄い!! はじめてだわ。 一回で 私の名前を覚えてくれたのは、貴方が初めて!」


その笑顔は、まるで天上の女神が地上に舞い降りたかのようにオーガーストには見えた。


オーガーストは、一瞬にして 恋に落ちてしまった。



それからのオーガーストの大学生活も、さして変わり映えはしなかった。

相も変わらず、講義など、ほとんど そっちのけで 図書館にある無尽蔵とも思える蔵書を読みふける毎日。


けれど、そこには いつもアイリーンが一緒にいて、時には オーガーストと書の解釈について激論を戦わせていたりする姿が見られるようになった。


アイリーンもまた その美しさと有り余る知性ゆえに 近寄りがたい雰囲気を醸し出し、男子学生からだけではなく女子学生からの憧れの視線も浴びていたが、大学では浮いた存在であったのからなのか、オーガーストと一緒にいる時が一番心の休まる時間だった。


月日は巡り、アイリーンとオーガーストの卒業が迫る頃には、驚くべきことに 二人は 大学の蔵書の ほとんどを読みきってしまい、残るは 一般の閲覧を禁じられた書棚に納められた古文書だけとなっていた。


アイリーンとオーガーストは、再三 閲覧の申請を大学側に出したが、いっこうに許可は降りず、二人は悩んでいた。


禁じられれば、余計に その禁を破りたくなるのが 人間の性というものではないか。


夜間に忍び込み、盗み出すことも考えはしたが、もっと簡単な方法があることに オーガーストは気付いた。


オーガーストは、大学その物を買い取ってしまったのだ。 勿論、その目的は 図書館で眠る禁書を読むことだけ。


大学のオーナーとなった オーガーストは 図書室奥の そのまた奥に おそらく数百年の間、誰の目にも触れなかった禁書を納める部屋へ立ち入る鍵を ついに手に入れた。


当然のことながら、地方大学の経営などに 全く興味の無かったオーガーストは 出来うる限り早急に 学生を卒業、若しくは 他大学に転入させ、教授陣も全て退職させると、即刻 大学を廃校とした。


それは、暴力に近い権力と財力の横暴だったが、オーガーストには そうするだけの理由があった。


禁断の書庫に納められていたのは オーガーストも知識では知っていたが、実在するとは思いもしなかった 口に出してその名を呼ぶのも憚れる、伝説の魔導書たちだったからだ。





時は既に 1936年11月


オーガーストには 廃校を急がねばならぬ理由があった。


7月17日には スペインで 内乱が始まり。

同月 ヒットラー率いるナチスドイツは、オーストリアと友好協定を締結。

8月には ベルリンオリンピックで ナチスドイツは国威を全世界に顕示。

11月25日には 日独防共協定を締結した。


欧州情勢は 一気にキナ臭くなり、 全欧州を巻き込んだ戦争が起こるのも 時間の問題だと思われ、とても アイリーンと二人で禁書の解読と解析をしている時間があるとは思えない。


オーガーストは、膨大な量の禁書を 秘密裏のうちに 移動させ安全な所に保管する必要に迫られた。



その時、アイリーンの提案で まだその頃は安全な航路が確保されていた日本への移送が提案された。 日本には、アイリーンの姉であるアヤコが 住んでいて、彼女に頼る事が出来るだろうと言うのだ。


オーガーストは、いくら闇に葬られていた禁書とはいえ、ある意味人類の知恵の結晶である書物の数々を 戦禍に巻き込み失うわけにはいかないと考え、そのアイリーンの案にのり、移送計画を早急に推し進めることを決意した。



だが、オーガーストは 知らなかった。

何故、この膨大な禁書が この地に数百年の間 封印されていたのかということを。


その為に どれ程 多くの者の命が犠牲にされたかということを。


彼は まだ知らなかった。



To be cotinued……


少しだけ 時間を巻き戻してみよう。


そこから 全ては始まったのだから。


魔導書は 彼等に何を語るのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。