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君がいて 僕がいた  作者: 時帰呼
14/16

トゥルースト

激戦は続く…。


だがそれは、既に 過ぎ去った過去のことだった。



戦況は最悪だ。


ほとんど真っ暗やみの中、古代の神殿と思われる遺跡の表面にはびこる苔が放つ青白い蛍光が 辛うじて 辺りの地形を ぼんやりと映し出す。


「こんなの、聞いてないぞ!!」


「喋ってる暇があったら、アイツらをなんとかしろッ!!」


そいつらは 何十体もの集団で 統制がとれているような動きは見せてはいない。

どうやら、この遺跡を護るためだけの個々の意思を持たぬ自動防御装置のようなものらしい。


そいつらは、身の丈3m近い とにかく真っ黒でドロドロな得体の知れない人形をした巨像で、特殊な技法で魔を払う呪法を封印した呪弾を しこたまぶち込んでも いっさいものともせず進んで来やがる。


「頭だ、頭を狙うんだよ!! こいつらは、ただの泥人形じゃない。ゴーレムなんだよ!!」


あの声は、アヤコだ。 このままじゃ全滅しちまう。


持てる呪弾は あとわずか。手持ちのライトのバッテリーも 既に心もとなく、なんとか早急に、こいつらだけでも 片付けなきゃ 退路を確保して撤退することも出来ない。


「(Emeth、真理)という額に書かれたヘブライ語の呪文を消すんだ!! ちんたらやってる暇はねぇ! 頭ごと吹き飛ばしてやるんだよ!!」


アヤコの助言は いつも的確だ。 妖しげな奴だとは思っていたが、この状況では、 それに従うしかない。


30名いた仲間たちは、不意に襲ってきたバケモノどもに ものの数分で そのほとんどが 薙ぎ倒され、踏み潰され、蹴散らされ 既に大半を失ってしまった。


なにが、『世界の真理を得る知恵』だ。

『未来を見通す力』だって!?


そんなもの、今の俺にもあるってもんだ。 このままじゃ、二度とお日様の光を見ることが叶わないって未来なら火を見るより明らかじゃないか。


「呪弾を打ち尽くした奴、まだ動ける奴は 全力で待避だ!!」


「くそったれ! 全員、残弾を 奴等の頭に喰らわせてやれ!! 」


「撃てぇッ!!」


轟音と怒声、奴等の腕力で壁に叩きつけられ肉が弾ける音。


俺達は、必死だった。


ただ 生き延びることだけに必死だった。


そこには、生への渇望しかなく、この世の栄華や名誉など 頭の隅にさえ欠片も無かった。



*****



歯を食い縛り、呻き声をあげているのはわかっていた。 目が覚める前から。


掛布を握りしめ、必死で瞼をあけると 胸の中で 自分の心臓が破裂しそうに鼓動しているのがわかる。


「大丈夫ですか? オーガスト社長」


大熊猫は、2mを遥かに越える巨体を小さくして、目覚めたばかりのオーガストに コップ一杯の水を差し出す。


「すまんな…」


オーガストは、受け取ったコップから水を一口飲むと、額を押さえ 小さく頭を降り 今 見た夢を打ち消そうとする。


だが、それは無駄なことだと知っている。 欲に駆られ 人が触れてはいけない範疇にまで 手を伸ばそうとした者の酬いなのだろう。


あの作戦で 失った仲間を数えるより、生き残った人間の数を数えた方が速い。


オーガスト自身に 大熊猫、そして アヤコ。


あれから、何十年経ったのだろう?


今も アヤコは、俺のことを けして赦してはくれない。


当然のことだ。 あの作戦には アヤコの実の妹 アイリーンも参加していたのだから。



大熊猫が コップをオーガストから受けとると、事務室の隅に据えられたステンレスのシンクへ行き、蛇口を開き コップを丁寧に洗う。 長年の付き合いで、オーガスト社長が 病的なほど 綺麗好きなのを知っているから。 丁寧に、丁寧に。


「お前にも、悪いことをしたと思っている…」


「いえ、それは 私だけではないですから…」


そう、大熊猫は知っている。

オーガスト社長は、唯一愛した女性 アイリーンを、あの時 失った。


確かに、あの作戦は オーガスト個人の欲望を満たすためのものだった。 けれど、それに逆らうことが出来るだろうか? その危険の代償が この世の ありとあらゆる物の真理を知り思うがままに出来るばかりか、永遠の命を手にする…神に等しい存在になれるということだとしたら。


だが、一方で 大熊猫は思う。


人の短い一生の中でも、幸せの ひとつやふたつは 誰にでも掴めるのではないかと。 それは、容易いことではないとしても、誰にでも可能であるのではないかと。


社長は 人間の持つ際限のない欲に負け、身近にあった 青い鳥を逃したのだろうと大熊猫は 思わずにはいられなかった。



「…で、どうなってる『ジル・ガメーシュ』の方は?」


社長が ベッドから起き上がり、隣の部屋に設えられたシャワールームに向かいながら、大熊猫に訊ねる。


「はい、昨日 社長の意は伝えてきました。 今 置かれた我々側の現状の戦力と 残りの時間が少ないことも」


「そうか…、ご苦労だったな」


隣のシャワールームから 水音に紛れて オーガスト社長の声が聞こえてきたが、それ以上のことは 訊ねない。


オーガスト社長もアヤコさんも…、『ジル・ガメーシュ』の…というより、稀代の魔女である 天戸 奇子こと アヤコ ・ アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルク・アマトリチャーナの助力が無ければ、いくら 社長が その人脈を駆使し、並みの小国家の国家予算を越える財力の全てを注ぎ込んでも、勝算は 限りなくゼロに近いことを知っているから、あえて聞かないのだろう。


オーガスト社長に出来ることは すべてやってきた。


あとは、アヤコさん次第なのだ。



勿論、放っておいても 『ネムルモノ』が目覚めて、この世界のすべてが終わるのは、たぶん何十年か後の事だろう。

だから、すべての事象の中心である新宿から 出来るだけ離れて暮らせば、普通の人間の一生分の生は全う出来るだろう。


だが、それは 社長自身が赦さない。


これを始めてしまったのは、オーガスト社長自身なのだから。



シャワーの音が止み、社長が 下着姿で頭をタオルで念入りに拭きながら戻ってきた。


こうして見ると、ごく普通の青年に見えるのだがなと、大熊猫は 思った。


「ん? なにが、おかしいんだ?」


社長が 怪訝な顔で 大熊猫を見る。


「いえ、なんでも…。 ただ、もう少し 食事をとった方が…。少々痩せすぎかと」


「うーむ、そうかな? 私は、これくらいの方が、身体が軽く動くのだがな」


「それにしても、痩せすぎですよ」


オーガストが、自分の脇腹を摘まんで 難しい顔をしている。


大熊猫は、いつものように オーガストをスツールに座らせ髪を ヘヤードライヤーで 軽くブロウし ヘアセットする。


「あ、動かないでください…」


言われるままにオーガストは、ピシリと 真っ直ぐに座り直した。


「今日のスーツは、ごくフォーマルな物で纏めてあります。 ネクタイも 少し 抑え目の色合いで…」


「もしかして、あのネクタイか?

あまり、好きな色じゃないんだがな」


「いえいえ、あれはお似合いですよ。 ご婦人がたへの受けも良いですし」


オーガストは、大熊猫に言われたまま 身動きはしていないが、渋い顔をしているのが 目の前の鏡に写っている。


「商売のためとはいえ、付き合いというのは 面倒なものだな。 何故 日本人は 何かにつけて『接待』が好きなのだろう?」


「さあ、それは 私には解りかねますが、その道を選んだのは オーガスト社長、貴方ではないですか」


「むぅ…、また お前は、それを言う… 」


大熊猫は、自分の顔も鏡に写っているものだから、自分の顔が笑いだしそうになるのを我慢するのに苦労した。


「終わりました。社長、どうですか?」


社長が 鏡に写った自分の髪型を あちこちに首を傾げて確認している。


社長も、ひとりの男なのだ。


あの時、あの女性をなくしさえしなければ、今頃は、どんな家庭を築いていただろう。

大熊猫は、そう思わずにはいられなかった。


ヘアセットの道具を片付けていると、

スーツを着ていた社長の またも呼ぶ声が。


「大熊猫!」


「なんですか?」


「どうも、上手く結べんのだが…」


社長が 例のネクタイと悪戦苦闘している。 これも、毎朝の 儀式のようなものだ。


「このネクタイは、俺を嫌っているんじゃないのか?」


「いえいえ、そんなことありませんよ。 とても お似合いですよ」


そう言われても、オーガストは 不満足そうに、鏡に写った姿を 色々な角度から確認している。 そんな社長を 少しばかり可愛いと思ってしまうのは不遜であろうか?


そうだ、桜の季節も もうすぐだ。そろそろ 夏物のスーツを仕立てなければ。


社長のタイトなスケジュールの隙間を見つけて、その予定も なんとか捩じ込まなくては、その時には 社長の好みのネクタイを何本か 取り揃えようと 心のメモに予定を書き込む大熊猫だった。




「やっぱり、変じゃないか? このネクタイ…」


「いいえ、社長にぴったりですよ」


笑いをこらえながら答えた大熊猫の言葉に、オーガスト社長は 渋い顔をして見せた。



To be cotinued……



オーガスト社長の好みの色のネクタイをコーディネイトするのは、見た目によらず 気配りのきく大熊猫にとっても、なかなかの難題だった。

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