ドミネート
酒は百薬の長とはいうけれど、良いことばかりではない。
そして、すべての物事にも 良い面と悪い面があるものだ。
翌朝、ギョウメイが目を覚ますと『ジル・ガメーシュ』の店内は 惨憺たる有り様に変貌していた。
カウンターやテーブルの上には ウイスキーやブランデーにスコッチ、果てはワインボトルに日本酒の一升瓶まで、まるでマンハッタンの摩天楼の如く立ち並んでいる。
しかも たいして広くもない店内の床には、 どうやら ほとんど二人だけで 店内にあった酒を 一晩で あらかた飲み尽くしてしまった身長2mを越える大男が、二人揃って大の字で寝転かり 大イビキをかいて寝ていて、ギョウメイは その大男二人の間の隙間に 一晩中 ぎゅうぎゅうに挟まれていたのだ。
昨夜の夢が、某アニメで見た『ロードローラーに潰されかける主人公』になった夢だったのも頷けるものだとギョウメイは 思った。
それにしても、よく圧死しなかったものだと 自分の幸運に感謝しながら、いい気持ちで寝ている二人の顔を交互に見ていると 不思議と笑みがこぼれてくる。
思えば、この大熊猫さんとの出会いは最悪の形だったし、ゴローさんだって 初めて額の角を見た時には仰天したものだ。
それが、今では 大酒を喰らい 川の字になって寝ていられる間柄になっているのだから 巡り合わせとは不思議なものだ。
もっとも、大熊猫さんと りょうは 単に休戦協定を結んだにしか過ぎないのだけど。
そう言えば、りょうの姿が見えない。
まさか、大男二人の下敷きになっているわけではないだろうが、いったいどこへ行ってしまったろだろうと ギョウメイが思っていると、店の入り口の扉が 開かれ、りょうが 浮かない顔をして入ってきた。
「おはよう…ギョウメイ。 悪いんだけど、お水ちょうだい」
りょうは、昨夜のアルコールが残っているのだろう。 少しばかり青い顔をしていて、気分が悪そうだ。
ギョウメイは、急いで 冷蔵庫の中のペットボトルから コップに冷たい水を注ぎ、気だるそうにカウンターのスツールに座った りょうに手渡した。
りょうは 少しずつコップの水を喉に流し込みながら、こめかみを押さえている。
最近は アルコールに慣れてきたとは言え、さすがに 昨晩は飲み過ぎたようだ。
なにしろ、しまいには あの大熊猫さんと一緒に 店のカラオケでデュエットを始める始末。 あんなに酔った りょうを見たのは初めてだ。
「大丈夫か…?」
「大丈夫かと聞かれれば、全然 大丈夫じゃないと言うしかないわね」
りょうは、泣きそうなのか 笑いそうなのかわからない顔で そう答えて、空になったコップを カウンターの上に 並んだボトルの間に 隙間を見つけて置いた。
「もう、一杯いるかい?」
「んん…、もう要らない」
りょうが 大きな溜め息を ひとつ。
「ねえ、それより、ギョウメイ…。
良い報せと悪い報せがあるんだけど、どっちを先に聞きたい?」
(あー、ハリウッド映画なんかで、よくある台詞だ…。 こういう時って、ろくなことにならないんだよな)
ギョウメイは、そう思ったが 選ばない訳にもいくまい…。
この場合、たいてい良い報せから聞くのがセオリーだったような気がする。
「では、良い報せから」
りょうは、ニッと笑うと言った。
「ジャーン♪『ジル・ガメーシュ』は、このたび めでたく新装開店することになりました。 しかも 新宿駅の一等地で♪」
(あーぁ、もう 悪い方の報せの予想がついてしまったぞ…)
ギョウメイは、それでも 仕方がないから 一応 聞いてみた。
「……で、悪い方の報せってのは?」
「それは、自分の目で見た方が 早いと思うよ」
りょうは、そう言うと、ギョウメイの手をとり、店の入り口の扉の前に ぐいぐいと引っ張ってきた。
(さっきまで、ぐったりしていたのに、なんだろ この嬉しそうな様子は…)
ギョウメイは 渋々 扉のドアノブに手をかけた。
「さあ、思いきって、バーンと!」
りょうが 背後で急かすが、嫌な予感しかしない。
(まぁ、りょうも さっき外から無事に入ってきたのだから、さしあたっての危険は無いだろう…)
ギョウメイは、ドアノブを捻ると 少しだけ ドアを押し開けた。
「なんだ、男らしくないな!!」
りょうの嬉々とした顔を見るに、既に体力と気力を大幅に回復しているようだ。
(なんて、ひとのわるい……)
覚悟を決めたギョウメイは 思いきって……、ドアを そっと開けた。
案の定、外の景色は 見覚えのある所だった。 けれど、昨日までの景色とは 明らかに違った。
目の前を 行き交う人々は たいてい無関心に 自分の目的地へ向かって足早に歩いて行くが、中には 明らかに不審そうな顔をギョウメイに向けて 通りすぎて行く人もいる。
「うーん、ここって…、もしかして新宿駅の西口………?」
「ピンポーン♪」
りょうは、明らかに HPを全回復したようだ。 それに反して、ギョウメイは精神力に 大ダメージを食らってしまった。
見たことのある景色だが、明らかに位置関係がおかしい。 ギョウメイは、自分が押し開けた扉の表側を見た。
そこには、背面からLEDで照明された近日開催予定の美術展の広告が 煌々と輝いていた。
恐る恐る 右手前方を見ると、何本かの同じように光輝く広告が 掲示された丸い柱が並び、その向こうには 西口交番があり 親切そうなお巡りさんが 新宿駅の複雑な構造に迷ってしまわれた老婦人に どうやら道案内をしているようだった。
次に 目を 前方に向けると、客待ちのタクシーが 次々にお客さんを拾って走り出していく。
ギョウメイは 二~三歩 扉から外に出て、振り替えると 『ジル・ガメーシュ』の新装開店となった立地を再確認した。
そこは、西口広場にある 丸い柱の中の一本だったのだ。
ギョウメイは、瞬きをしてみたが 見間違いではない。
「まぁ、まだ 分かりやすい場所でよかったよ」
背後で 聞き覚えのある声がした。
振り替えると、奇子さんが 昨夜 あれほど大酒を飲んだのに 清ました顔で立っていた。
「これって、どういうことですか?」
「どうもこうもないさ、昨夜のうちに また跳ばされたらしいよ」
(いや、いや、明らかにおかしいだろう…。 なんで こんな柱の中に『ジル・ガメーシュ』が収まっていられるんだ?)
「時空が歪んでるのは 昨日今日 始まったことじゃない。 今更 驚くことじゃないだろ。 それより、ほら…」
奇子さんが、手渡してくれたのは 書類一式。
「どういう手を使ったのか知らないけど、オーガストの奴、あっさりと 新宿駅構内での営業許可をとってくれたよ」
そこには、確かに 『ジル・ガメーシュ』の営業を許すとの一文が記されていた。
「オーガスト社長って、いったい 何者なんですか?」
「まぁ、何者でも いいじゃないか。 向こうが こちらを利用するなら、こっちも あちらを利用すればいいのさ」
あっけらかんとした奇子さんの様子からすると、当面の問題は無いようだが、あの人並み外れたというか、ちょっと常人離れした大熊猫さんといい、謎の権力とコネと行動力を駆使するオーガスト社長といい、只者ではないのは間違いない。
「ところで、店の中は どうなってるんだい? 少しは片付けたのかい?」
奇子さんが、腰に手をあて 下から睨めつけるような目で見る。
「今晩から、さっそく営業をするからね。 さっさと片付けてくれなきゃ困るよ! もう、『彩虹酒店』には 大量の酒やら なにやらを発注してあるんだからね!!」
この状況で、通常営業するつもりなのかと ギョウメイは なかば呆れ返ったが、経営者の命令は絶対だ。
それに、店内は 大急ぎで片付けないと
とても営業時間までには 間に合わない状況だ。
ギョウメイは、一瞬 どうやって開ければいいのか迷ったが、丸い柱の腰辺りの高さの表面に 不自然にドアノブが付いているのを見つけて 引き開けた。
店内が、雑然として大荒れだったのは 最前と変わらなかったが、たったひとつ変わっていたことがあった。
「もう! あんたたちが 滅茶苦茶にしたんだからね。 きっちり後始末してよ!!」
「あー、もう! 図体ばっかりデカくて、ちっとも役に立たないんだから!」
それは、りょうが 手にしたモップの先で 大男二人の大きなお尻を 叩きながら、追い回して 店内の片付けの指揮を執っていたことだ。
大熊猫さんもゴローさんも、何故か、一晩のうちに りょうに逆らえなくなってしまったらしい。
まぁ、昨夜の りょうの酔っぱらい具合を見たら、そうもなるかな…とギョウメイは思った。
ギョウメイが その様子をにやにやしながら見ていると、りょうが それに気づき二人を追い回すのを止め、モップの先を ギョウメイの鼻面の 真ん前に突きつけて言った。
「何を、ぼぉ…っとしてるの! ギョウメイも さっさと働いてよ!」
うかうかしていると、今度は、こっちが 尻を叩かれる番になりそうだと感じたギョウメイは、急いで 店内に入ると手近な 空き瓶を抱えて 片付けを始めた。
「やれやれ、こんな男たちばっかりで、なんとかなるのかね?」
そう呟いて、奇子さんは そっと新店舗(?)の扉を そっと閉めた。
こうして、再始動を始めようとしていた『ジル・ガメーシュ』だったが、店舗の場所が移動したことなど、些細な問題だったと知ることになるまでには、あと少しの時間しか無かった。
To be cotinued……
ハリウッド映画を観ている時には、面白い台詞だなと思っていたけれど、いざ 自分に問いかけられると 戸惑い以外には感じられない。




