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君がいて 僕がいた  作者: 時帰呼
10/16

カンパニー

オーガストと名乗る男の前では、かの大熊猫でさえ 借りてきた猫のよう。


はたして、彼の目論見は…?




紫煙 煙る中、オーガスト・ダーレスは ゆったりと ソファーに身を沈めたまま、両手を大きく開き 奇子とギョウメイの訪問への歓待と謝意を述べた。


「今時、まだ喫煙癖が治せないのかい?」


奇子さんが 鼻先の煙を払い除けるように 掌を 大袈裟にパタパタと振って見せたが、『 阿撒托斯商会 』社長のオーガストは 一向に意に介さず、深々と煙草の煙を吸い込み ゆっくりと吐き出した。


阿撒托斯商会 社長 オーガスト・ダーレスは、思いのほか若く 30代半ばの黒髪で痩身の男だった。 どうやら 東洋系と欧州系の両方の血をひいているように見える。


ギョウメイは どうして 自分が こんな羽目に陥ったのかは 充分に理解していたが、何故 彼等が 自分達を わざわざ『 阿撒托斯商会 』まで招いたのかを理解出来なかった。



『 阿撒托斯商会 』は、新宿歌舞伎町の繁華街の中にある『花園神社』の裏手にある 雑居ビルの一室にあった。


室内は 手の込んだ内装を施され、置かれた年代物の家具や調度品も かなりの価値がある物のように見える。

しかし、中国風の置物や欧風のソファー、それに ギョウメイには 全く価値の分からない抽象画などが 雑然と配置され、とても この部屋の主の趣味が良いとは思えない。


勿論、ギョウメイは そんなことは おくびにも出さず、背筋を伸ばし ひたすら真面目な顔を作っていた。 そうしないと 情けないことに泣き出しそうだったからだ。


(いわゆる、これは「特殊な自由業の方々の事務所に連れてこられた状態」なのだろうか?)


「わざわざ、御足労いただき 申し訳ない。 なかなか 私も 仕事が忙しくて、事務所を離れられないんだよ。

これも、貴女の所のような もっと優秀な部下がいてくれたなら、私も少しは楽になるのだがね」


オーガストが そう言って、吸っていた煙草を クリスタル製の大きな灰皿で ぎゅっと揉み消して見せると、先程から オーガストの背後に控えていた あの大男…大熊猫が 心底怯えた顔をして ビクリと身を震わせた。


「こう見えて、この男も 臆病な小心者の上に、礼儀知らずな奴で困る。 貴女方には 大変な迷惑をかけたと思うが、どうか 赦してはくれないだろうか?」


ギョウメイには オーガストの真意が見えなかった。 どんな理由にせよ、腹心の部下が大怪我を負わされたのだから 謝罪と賠償を求めてくるのが当然だろう。


恐る恐る ギョウメイが 大熊猫の顔を見ると、右目には 黒革の海賊のようなアイパッチをつけ、残った左目で ギョウメイの顔を 瞬きもせず凝視している。

とても、昨日 あったことを 水に流そうなどと思ってくれてはいないようだ。



「そっちが、何も文句が無いと言うなら、こっちとしても 何も言うことは無いけどね」


奇子さんが そう言うと、オーガストは 子供のような笑顔を浮かべ、謝罪を受け入れてくれたことに対する謝意を述べた。


「さて、そろそろ いい頃だろう」


オーガストは、先程から テーブルの上に揃えられていた 中国茶器から小さめの急須を取り上げ 三つ並べられた茶杯に湯を注ぎ、残った湯を 横に置いてあるボールのような器にあけた。


「こうして、器を温めることによって 味も香りも充分に引き出せるのですよ」


オーガストは 説明をしながら、急須に茶葉を入れ、再び 急須に湯を注ぎ 蓋をした。


「しばらく、お待ちください。 香りが立ってきたら 飲みごろです」


オーガストは 再び ソファーに深く座り直し 両手を膝の上に組み、ゆっくりと茶葉の香りを楽しんでいるようだった。


「私は、あんたと茶飲み話をしようと思って、こんな所まで やって来た訳じゃないんだよ。 そろそろ本題に入ってもらいたいね」


奇子さんが、厄介ごとが せっかく収まりかけた雰囲気を ぶち壊しにする。


「おや、私に なにか腹心算でもあると…?」


「あんたが、金にならないことをしないってことぐらい、長年の付き合いで 嫌ってほど 思い知らされたからね」


いったい、過去に 何があったのか知らないが、出来ることなら ここは穏便に済ませて、早く帰りたいと願うギョウメイだったが、今日の奇子さんは いつもとは違い 少し冷静さを欠いているようで、それは難しそうだと思った。


「私の 商売方針は、お互いに得をする…というのが第一の主義なんですがね」


オーガストは、温められた三つの茶杯から湯をボールに空け、急須から 香りたつ茶を 均等になるように 注意深く注いだ。


「さ、冷めないうちに…」


オーガストは、手に取った茶杯に鼻を近づけ、充分に香りを楽しんだあと、ズッと音を立てて 茶を啜った。


ギョウメイは素直に 茶杯を手にとって 一口飲んでみたが、奇子さんは、茶杯を手にとろうともしない。



「困りましたね。 難しい話は、

また日をあらためて…とも、思っていたのですが、実は…」


「ほら、やっぱりね」


奇子さんの機嫌は 史上最悪と言っていいほど 悪化しているようだ。 よほど、このオーガストという男と反りが合わないらしい。



「ギョウメイくん…と言ったね」


不意に、オーガストの矛先が 自分に向いて ドギマギしたギョウメイは、手にしていた茶杯を 取り落としそうになった。


「君は、『ジル・ガメーシュ』が 元々 池袋にあったのを知っているかい?」


「いいえ…」


最近、住み込みバイトを始めたばかりのギョウメイにとって、勿論 そんなことは初耳だ。


「ここ数年、帝都の時空が 不安定になっていてね。 君も 知っているとおり、度々 時空間の転移や歪みが発生している」


(いや、そんな面倒くさいことになっていたなんて 僕は知りません。 …てか、帝都って、いつ時代の人ですか、あなたは?)


「それでだね、その時空間の歪みの元凶…、つまり中心になっているのが、どうやら新宿駅なんだと つい最近 判明したんだ」


奇子さんは、黙って オーガストの説明を聞いている。


「新宿駅は、まるでダンジョンのようだと言う人がいるが、まさに そのとおり。 実は、新宿駅の地下深くには ダンジョンRPGのように、ある重大な物が眠っているんだ。 いや、封印されていると言った方が良いかな…」


突然、この人は 何を言っているんだ。

まるで、忠二病をこじらせて そのまま大きくなったニートでさえ、使い古され 恥ずかしくて口に出せないようなネタを振ってきているぞ。


「まぁ、その影響で その手のことに敏感な者や、霊的な力が宿った建造物が 徐々に新宿へと引き寄せられている。 このままでは、帝都の霊的な力を持ったモノ全てが 新宿駅の地下に飲み込まれてしまうのは、避けられない 。 そこでだ…」


ギョウメイは、そこまで聞いていて、あまりのアホらしさに 席を立とうとした。

とても、まともな人だとは思えない。


しかし、先程とは 打って変わって奇子さんは 深刻な顔で この変人の話に 耳を傾けている。


(ちょっと待って。 もしかして、この話って マジですか?)


ほんの少し前までは、愛知という田舎から 一発奮起して上京し、金が無いなりに 都会での生活をエンジョイしていた自分が、まさか こんな馬鹿げた絵空事のような事件に巻き込まれるとは 予想もしていなかったギョウメイだった。


こんな話を 田舎の両親に話したら すぐに田舎へ連れ戻されて、入院させられてしまうだろう。


けれど、もし この話を 『ジル・ガメーシュ』で留守番をしている りょうが聞いたら どんな顔をするだろうかも、容易に想像できた。


きっと、彼女なら 目を輝かせ 喜々として この話に耳を傾けることだろう。



ギョウメイは、心底 げんなりとして、この場にいたことを後悔せずにはいられなかった。



To be cotinued……


意外なことに、以降、オーガスト社長とは 長き付き合いとなる。


それは、運命により定められたことであった。

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