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53.必要となる覚悟 完全版

長らくお待たせしやした~。

二年ぶりに小説書きますねー。

流石に二年以上前の文章なんで、ちょくちょく手直しします。

*****


朝食の片付けの手伝いも終わり、ナーシャをユニオンへ見送った後。オレの一日は始まる。

アルトの後について地下へと階段を降りる。


四十段の階段、地下およそ八メートルに位置する地下室への排気口以外の唯一の通路。

居間から差す光が黒い石壁に反射し、段をうっすらと照らしているだけなのでかなり暗い。その上、段毎に傾斜がバラバラでかなり危なっかしい。

踏み外せば大怪我以上にも為り得る。それでも、もう何度も上り下りした道だ。目を閉じていても下りれる。

――もちろん本当に目をつむったりはしない。普通に怖い。

オレは地下のひんやりした冷気を楽しみながら階段を下りてゆく……だが、それもすぐに終わりだ。


目の前にある黒ずんだ分厚い木の扉。アルトが錠に鍵を差し込み、回した。

鍵が外れるガチリ、という音が狭い階段にこだました。

ゴクリ、と喉が鳴った。


「つぅ……(中々慣れないなぁ……これ)」


うっすらと開いた扉の隙間から極限まで乾いた熱風が噴き出し、顔に当たる。肌がピリピリと一瞬で水気を無くし、目から涙が出てきた。

しかし、不快感は一瞬で、すぐに気にならなくなる。恐らくはサラマンダーがオレに血を分けた事と関係があるのだろう。

そんな事を考える。


「まだ熱には慣れないかね? しかし、早く入ってくると良い。大分と片付けたのだ。作業場らしくなったと思うのだ」


「あ、すいません。ちょっと考え事を…………って、これは……凄い……っすね……」


入り口で立ち止まっていたオレに、アルトは中に入るように促した。

目を疑った。

これまで入った瞬間から狭いと感じていた部屋が格段に広くなっている。

炉や鞴の位置はそのまま部屋の奥。

広く感じた……いや、実際に広くなった原因は、これまで壁にぴったりと背を付けるように置かれていた大きな棚が無くなっている事だ。確か一週間前まではあったはずなのだが……。


「アルト、さん……もしかしてあの立派な棚と膨大な量の標本って……」


「ああ。本当に貴重な物を残して全て売ってしまったよ。魔剣の材料や燃料なんかを買う為にね。ああ、なに、キミが気にする必要は無い。私は錬金術師だが、ライフワークである魔剣制作技術の研究の為には喜んで全てを犠牲にする。今回、ケント君……キミが来たのは天命としか私には思えない」


キミには感謝しか無いのだよ、とアルトはふいごの調子を見ながらそう付け加えた。

しかし、そうではない。オレが不安な顔をしているのはそうでは無いのだ!!


「(アルト……あんたのその行動こそが! オレの責任をさらっと爆増させたんだからな!!?)」


胃が痛くなってきた。キリキリとした痛みに、こんなに暑いのになんだか身体の芯が冷えるような感じがする……。


「(ほんとどうすんだよ!? これで失敗したりした暁には間違いなく家計が傾くぞ!!?)」


いや、これはオレのせいでは無い筈で、アルトもオレを責めないと……たぶん、思う。


「これは……何としても魔剣鍛冶師として成功しなければ……」


オレはアルトに聞こえないように小さく呟いた。

少し、シェトの言葉が頭を横切った。『アンタが魔剣鍛冶師になる。その事自体が問題なの』とアイツは言った。でも、オレは既に街の人々からは『近い将来魔剣鍛冶師になる奴』として見られている。どんな理由があっても、もう既にオレはレールの上だ。そしてもう運命の車輪は動き出している……。


「(降りたくたって、そんな事は許されない……)」


日本にいた時と同じだ。でも、オレは受験から逃げた。今度は逃げられないし、逃げたくない。ナーシャ、街の人、街ですれ違う見ず知らずの人もみんな、オレに期待してるんだ! つまりはオレの事を認めてくれてるって事だ。これまでこんなに期待や信頼をされたことも無い、これからも無いかもしれない……なら、何をすべきかは明白なんだ!!


「よし。準備は整った。鞴も炉も換気装置と共に正常に働き、ギルム・ルガートが記した条件は材料、施設共に全てを満たしている。問題ない。今日の仕事を始めようでは無いか、ケント君」


最後、梯子に乗って天井の換気装置を調べていたアルトは飛び降り、大きなハンマーを手に取った。


「さて、ところでケント君。魔剣とは何だと思うかね?」


オレを振り返ったアルトは、突然そんな事を言った。


「質問が大雑把すぎたかな。質問を変えよう。魔剣は何から作られると思う? 伝説の英雄たちが握ったつかはいったいどんな握り心地がした? 彼らが振るった刃はどんな輝きを放っただろう? 考えてみたまえ!」


「え? ええ~と?? 材料っすか……」


考える振りをしながら目を逸らそうとするオレをアルトの目の輝きが拘束してくる。魔剣が絡んでテンションが上がったアルトは無邪気な子供そのものだ、と今更ながらにオレは思った。研究者というのは自分の興味を純粋無垢に突き詰める人なのだと誰かの伝記で読んだことがある。

――適当な答えを返せばアルトをガッカリさせるかもしれない。

そう考えて、オレの脳裡に一つの答えが思い浮かんだ。


「もしかして……精霊の身体、じゃない、ですか?」


「!!! なんと……正解だ!! どうして分かったのだね?」


「そ、それは……」


魔剣と聞いてまず思い浮かぶのはガドルが使っていた王国の至宝・神授の斧なわけだが、それ以前にオレはアルトの所有する『発光する短剣』を手にしている。

あの時気になったのは刀身の異常な軽さ。表面の質感は冷たく、しかし、石か金属か判然としなかったものの、とても硬かった。

異世界であるこの世界には幾つもの不思議な金属があることを知っているが、密度や質感を無視したような軽い物質……オレは西区の例の“アルバイト”で散々触っていたのだ。

自分の推理が見事に当たって嬉しくなったオレはアルトにそう伝えた。


「すばらしい! すばらしいよ、ケント君!! 非常にシンプルな思考だが、しっかりと良い所に目を付け、経験から答えを導いている! 君は研究者向きだ!! 君のような素晴らしい助手を持てた事を、私は誇りに思う!!」


助手……という言葉はまぁ、置いておいて、褒められるのは素直に嬉しかった。


「(日本では……いや、考える必要はないな……)」


オレはこの人のこういう所が好きだ。アルトは大人だが、友達みたいにオレの事を扱ってくれる。全く知らない世界でやっていけてるのはガドルやナーシャだけではなく、やたらフレンドリーでマッドサイエンティストな彼のおかげなのだ。


「よし、話を戻そうでは無いか。魔剣の刀身は精霊の一部……つまりは骨や外郭、鱗を加工して作られている。つまり、被災した西区東部の人には悪いが、炎霊の襲撃は大量の素材を生み、その価値を、私達のような平民でも買う事を可能にした」


アルトは部屋の片隅まで歩いて行き、てっきり燃料の山だと思っていた小山から、掛けられていたボロ布をバサリと剥がした。

炎の光を反射し、眩く輝く白い小山が姿を現した。


「これ……!(完全にオレのバイト代は飛んだ!!)」


そこに現れたのは燦燦さんさんと眩い輝きを放つ白い魔物の素材だった。そう、ガドルが倒した炎を司る精霊、サラマンダーの白い甲殻だ。

思えばたったの五日前。オレが西区で拾い集めた大量のサラマンダーの甲殻。ユニオンに売ってかなり稼いだ。そのお金の全てはナーシャに預けて買い物などに使ってもらっているのだが……。


「(……前言撤回。やっぱ、オレ、このオッサン嫌い……」


なぁにが、“この世界でやっていけているのはアルトのおかげ”だ! 

精霊の甲殻の買い取り単価はかなりの物だったから、売価は……相当だろう。いったいこの小山がいくらしたのか……というかなぜこんなにも大量にあるのか……いったいこんな大量の甲殻はいくらするのか……絶対! 標本や大棚を売り払った程度じゃ工面できない額に違いない!!

あ、ああ……んか眩暈めまいがしてきた

お、落ち着け、オレ。


「(オレが今日の魔剣作りを成功させればいい話だ……)」


なんということでしょう! この錬金術師、ただでさえ圧し掛かってきてた責任を、瞬く間に爆上げしてくれやがりました! なんてナレーションが頭の中で聞こえた。


「こらこら、ケント君。サラマンダーの甲殻の美しさに見惚れるのは分かる! 私も君との作業が終わったらさっそく頬ずりしたり嘗め回したり……おっと、品質チェックの為に質感検査とテイスティングをする予定であるからしてな。しかし、ボーっとするんじゃないぞ? これからが重要なのだ」


ぼーっとしてたのはお前のせいで意識が飛びそうだったからだってば! という言葉を呑み込んでオレは小さくため息を吐いた。マジで、ほんとうにキャラのブレないオッサンである。オレのじっとりした視線も意に介することなく、アルトは講義を始めた。


「以前も説明した通り、魔剣というのは要は、『文字』を刻み込んだ武具の事だ」


アルトはオレの気も知らずにスラスラと説明を続けた。オレも黙って聞く。


「神匠が創り出した『文字』群はエリクシル、つまりは魔物や精霊の体液に触れるといわゆる『触媒』としての役割を果たし、エリクシルを文字の形に応じた特定の現象へと変換してしまう、と古文書には書かれていた。つまりは既存の文字の『形』を目視し、模写できる者しか魔剣を作れない」


ここまでは大丈夫かね? というアルトの問いにオレは神妙に頷いた。

『文や文字の意味』が『文字の形』を通さずして理解できる、という妙な世界に来たせいで、『文字の形が分かる』だけのオレが、ただの落ちこぼれ受験生だったオレが、『魔眼』なんて言われ、こんな大事に巻き込まれている。


「そこで、ここからが不可思議なのだが……ギルムが最後に作ったという六本の魔剣、通称・偉物マスターピースは魔剣自体の中に膨大な量のエリクシルを溜め込んでいるらしく、手の届かない距離の魔物や刃が通らない魔物相手にも非常に強力な攻撃を行うことが出来る。君はもうすでに目にしたのだろうか?マスターピース級の魔剣の真の解放は精霊すらも退ける。これはつまり、これらの魔剣を再現可能……いや、粗悪品であっても魔剣を再現することが出来るならば……おそらく、魔物との戦いでの死傷者は大幅に数を減らすだろう……」


なるほど。ガドルがサラマンダーとの戦いで最後に使った技……一撃で精霊を木っ端微塵に吹き飛ばす化け物じみた技はあの魔剣・エヴィアシュマの力であったわけだ。ガドルの力は人知を超えたものだが、あの一撃からはそれ以上の何かを感じた。真の英雄の一撃、というより『兵器』の攻撃だったわけだ。

あれは……あれがあれば魔物との戦いは一方的な殲滅……悪く言えば虐殺に変わるだろう。

……少し、恐ろしい気がした。


「エリクシルを内包した魔剣……。それって、じゃあ、エリクシルの量で威力の調整は出来るはずっすよね……?」


「ああ、だが、そもそもまだ誰も通常の魔剣すらも作ったことが無いのだ。マスターピース級の魔剣の再現、それが齎す未来には……私も末恐ろしさを感じざるを得ない。まずは、決して焦る事無く、ゆっくりとやって行こうじゃないか……」


それで、とアルトは言葉を区切ると輝く白い小山にボロ布をかけた。


「??」


「今日やるのは……肝となる文字の形を刻む作業となる。さぁ、ケント君! 今日も元気にやって行こうでは無いかっ!!」


代わりにアルトが作業服のポケットから出したのは先端の尖った器具と例の光る魔剣。

確かに……文字を書き込むのが魔剣制作の肝だとは知っているんだけど……これまでの長い前置きからの……いわゆる『書き取り練習』……かよ……。


「(でも、これがオレのこの世界での第一歩……)」


気を引き締め、覚悟を決めなければいけない。

実の所……オレはコレ、を『ただの』書き取り練習だと思い込みたかったのかもしれない。

アルトから尖筆を受け取る時、知らず知らずの内に、オレの手は震えていた。


*****


『悩み、疑うがいい、小さき者達よ……』


そこにこそ道は、世界を変える道は拓かれる。


『汝は魔剣鍛冶師となる事を選んだな? 向井ケント……』


汝は既に後戻りは出来ぬ。


ああ、先が楽しみじゃ……とサラマンダーは地下室の梁の上で人ならざる……しかし獣とも違う妖しい笑みを浮かべた。

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