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36.唐突な来訪

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m(_ _)m

さらさらと崩れ易い砂の崖を滑り落ちるようにして下って行く。

辿り着いた穴の底、サラマンダー、だったものは自らの身体の残骸の中に埋まるようにして横たわっていた。横たわる、と言うのも少し語弊があるだろうか……サラマンダーはその巨大な頭を残して消滅していた。

所々でまだ熱を持った破片がオレンジ色の光を壁に投げ掛けている。


「まだ生きてるのか……これ」


白色の岩盤のような甲殻が山と積み上がり、星の光に浮かび上がっている。

動く城塞の如き威容はそこには微塵も無かった。勿論、生物としての原型を留めていないのだから、生きている可能性はゼロだ。

しかし、オレの言葉に反応したらしく、薄闇の中に光を放つ金色の目玉が浮かび上がった。


『……。』


身構えたオレの予想に反して、猫のように縦に切れた瞳孔には怒りや憎しみといった激情は一切感じられなかった。オレ達を見つめるその視線は平穏そのものである。

威圧感は無いがその代わり、神聖さや荘厳さを感じた。

やがてサラマンダーが口を開いた。


『流石だ英雄。古の大戦に於いても倒れなかった我を、よもや単騎にて倒すとは……汝、名をなんという?』


といっても、オレがあの時聞いた、直接頭の中で話す声だ。

サラマンダーの下顎から下……首も胴体も無くなっているのだから喋れないのかもしれない。


「アンシオン騎士団、団長のガドル・ルスオール」

しばらくの沈黙の後にガドルは答えた。そして何かを思い出したかのように最後の一文を付け足す。


「……騎士の誇り故ではなく、民を守るという俺の信条の元、お前を倒させて貰った」


サラマンダーは満足そうに目を閉じた。


『そうか……伝説を討つ者、ガドルよ。我は汝が信念を見届けた。その名を忘れぬようにしよう。それに、異界から来た者……魔法使いに注意せよ……』


「あ、ちょっ! もう終わり!?」


唯一原型を留めていた頭部からもぱらぱらと破片が零れ始め、甲殻の継ぎ目が弛んだ後、ぐしゃりと音を立てて崩れた。スプラッタを想像したが、血も何も出ず、頭骨の中はがらんどうの闇が広がるばかりだった。


「ガドル、いいのか? 何か聞くべきことがあったんじゃ……」


ガドルを見上げると、黙祷を捧げるガドルの姿があった。

オレも雰囲気を読んで手を合わせる。

魔物といえどサラマンダーは言葉も話すし、本気で殺されそうにはなったものの敵とも断定し難い不思議な雰囲気があった。それに『この手足は操られている』とも言っていた。そんな相手を殺したのだから、申し訳ない気持ちにもなる。


「……俺が思ったより衰弱していたな……聞き出す暇も無かった。残念だが、これから『魔法使い』に注意する事しか出来まいよ……どう注意すりゃいいのか、俺には分からんがな」


しっかし、魔法使いに注意しろ……か。まさか魔物であるサラマンダーに警告されるなんてな。

悪い魔法使いというのはオレのイメージしていたよりも多いものなのかもしれない。


「だが、変だ」


ガドルは怪訝そうに星空を見上げた。


「『テトラト』の魔法使いが今更になってなぜ? 何が狙いだ? もしやとは思うが……この小僧を狙っているのか?」


「小僧って呼ぶなよ! オレ、これでも高三だぞ! もう十八だ!!」


なにかしらをぶつぶつと呟くガドルを蹴った。

突然の奇襲が功を奏し、オレの靴先はガドルの(すね)にクリーンヒットする。

オレとしてはオレをこの討伐に巻き込んだのと、昨日からオレを散々引っ張り回した仕返しだったのだが……蹴った足先が痛い。


「『高三』というのは分からんが……それで十八? ふ~む、お前、良いとこのボンボンか。てんで苦労してねぇガキみたいなツラしやがって」


ガドルは蹴られた事を無視して話を続ける。

しかし、話が脱線し始めた上に、なんか物言いにトゲがあるんだが。

不意打ちで蹴っ飛ばした事を差し引いて、普通に考えてひどくね? 

オレだって逃げてばかりの人生だったけど、それなりの苦労はしてるしっ! 


てか、どう考えても大人気ないだろ! 全世界の善良な『良いとこのボンボン』に謝れよ!


「な、なんにせよ! オレには名前があんだよ! 向井ケントって名前がなっ!」


オレとしてはこのやり取りに疲れて、終わらせようと思ったのだが……オレの言葉にガドルはポン、と手を打った。

いかにも今思い出したといった風である。


「名前忘れてたのかよ!!? 名前わかんないからとりあえず小僧ってよんでたのか!?」


「ああ、いや……うむ。だがこの際、面倒だから小僧でいいだろ。『ケント』ってのはなんとも発音し辛いしな」


発音しづらい? こんだけ日本語が喋れて? 怪しいものだ。


「とにかく、小僧はやめろ! 」


「まぁ、考えておこう」


ガドルがそう言いった。


「えー、では、呼び方は紳士の皆様で宜しいでしょうか?」


それもイヤだよ!

お前に言われるとバカにされてる感が凄い。


「というか、アンタ誰だよ!」


オレ達を『紳士の皆様』と呼んだ声が全く聞き慣れない声であることに、オレはやっと気がついた。

遅れて、振り向いたガドルが、後ろに立つ小柄なシルエットに気付く。

この暗さのせいもあって、全く気配が無かった。

あのガドルですらオレの反応を見てから振り向いた程だったのだ。


驚愕し、距離を取るガドルを気にすること無く、人影は崖の影からゆっくりと歩み出た。

朧気な星の光に照らしだされたのは、しゃっきりと背筋の伸びた、白髪の老爺だ。彫りの深い顔は半分以上が闇の中であるにも関わらず、その眼光は、得たいの知れない鋭さを湛えている。


彼はもう一歩踏み出した。手の中のステッキがキラリと光る。


(わたくし)はケヴィン・ジョーンズJrジュニア。魔導国テトラトの使節にございます」


爺さんは、警戒するガドルも何処吹く風、とばかりに深々とお辞儀をした。

やがて顔を上げた老人の目、その異様な眼光の正体にオレは気付いた。


彼の両の目には青みを帯びた虹色の光がおどっている。

それはまさしく、ユニオンで聞いた魔法使いの特徴そのものだった。


「私を……正確には我々を、王都中央区(セントラル)まで案内して頂きたいのだが……拒否権はありませんぞ?」


ガドルが頭上を見上げて舌打ちをする。

崖の上、正確にはガドルの造ったクレーターの縁には、ズラリと人影が並んでいた。

オレ達は包囲された。



次回更新は来週の火曜日! 五月九日の午前十一時です

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