大麦
「ふむ、お主はその地球とやらから来たんじゃな」
「ああ……」
「それで、その地球とやらには魔法も魔石も迷宮も無いと」
「そうだな。代わりに科学と呼ばれるものが発達していた。何が科学かと聞かれても答えにくいんだが……」
「うーむ、お主の言う科学とやらは何となくでしか分からんのう。フィロソフィに似ていると言えば似ているが」
「俺も専門家じゃなかったからな。上手く説明できなくてすまん。科学の説明どころか、科学と科学じゃないものの線引きですら難しすぎて俺には理解不能だった」
「なんにせよ、魔法も無い所で発達した学問らしいからの。説明されても、すぐには理解できそうになかろ。えらく興味深いがな」
そういうとオウルがばっさばっさと肩をまわした。
「最初は何事かと思ったが、受け答えもしっかりしているしのう。頭を強く打ったということもないようじゃし……」
「そうだな。前にパンクラチオンの練習をしていたときは、常にユリアさんが見ていてくれた」
「アイリス神殿のユリア様か。それならば安心じゃ」
そういうとオウルが立ち上がった。
「とりあえずは安心じゃな。恐らく、全く異なる世界に来て心労が溜まっていたのじゃろう。見慣れぬものを見て驚く。この驚が疲れさせたのじゃろ。しばらく安静にしておれ。皆には儂から説明しておく」
まあ、お前に一番驚いたとは言えないな。
「そうは言ってもな。体は大丈夫なんだから迷宮に入って稼ぎたいんだが」
「まあ、迷宮に入っても大丈夫だとは思うがの。皆を安心させる意味でも少し休養をとれ。なに、その間は儂が引率してやるわい」
「……そうか。それで皆が安心してくれるなら、休むのもいいかもしれないな。オウル、くれぐれも……」
「分かっておるわい。メリアもおるんじゃ、安全第一でいくわ」
そう言ってオウルが寝室から出て行った。
暇である。
結局、安静にしろというオウルの言葉に従って、しばらく迷宮に入るのは禁止されてしまった。
昼間は皆が迷宮に行っているので、やることがない。
やることがないので、暇に任せて料理を研究することにした。
「大麦の粥か……。嫌いじゃないんだけどな」
どうにも独特の匂いがあって、ダメな人はとことんダメかもしれないな。
食感も、大麦が妙にぷりぷりしている。
ドロっとした粥の中にぷりぷりの粒というのは確かにちょっと抵抗があるかもしれないな。
それに、食感や匂い以前に、大麦は馬か貧民が食べる物という社会通念の方が問題かもしれない。
麦、麦ねぇ……。
麦、麦、生麦生米、いや違う。
どうやって食べるかだよな。
麦、麦、大麦……ああ、まだ暑いな、麦、麦……麦茶? 麦茶!
あれ? 麦茶って大麦か?
いや、大麦のはずだ。
大麦使用だのなんだの、ペットボトルに書いてあった気がする。
どうやるんだろう、焙煎するのか?
とりあえず暇だ。試すしかあるまい。
早速、いつも行っているパン屋に急行して大麦を調達してくる。
無理を言ってカップ一杯分だけでいいと言ったら無料でくれた。申し訳ない。今後も贔屓にさせてもらおう。
早速フライパンで焙煎していく。
温度とかは分からない。温度が分からないときは気持ち低めでいこう。
……それっぽい! 香ばしい、それっぽい匂いがしてきたぞ!
昔、社会見学で麦茶工場に行ったとき、工場内にも似た匂いが漂っていた気がする。
やたらめったら香ばしい匂いがするな。
はじけた粒もでてきた。
これ、このままでも食べられそうな気がする。
かなり焙煎が進んだようなので、火からおろし、広げて冷却する。
少し冷めたところではじけた奴を一粒食べてみた。
……なんだろう。異常に香ばしい干菓子?
決して不味くはない。不味くないぞ。
僅かながら甘みもあるように感じる。
ちょっとしたおやつによさそうだ。
保存性とか抜群なんだろうな。
これ、粉にしたら良さそうな気がする。
なんかそんな食品があったような……。
きな粉みたいになるんだろうか。
……きな粉!
大豆があるんだからきな粉が作れるはずだ。
大豆といったら味噌だの醤油だの豆腐しか頭になかった。
いや、とりあえずは麦茶に集中しよう。
冷めた大麦を適当に砕いて、お湯の中に投入してみる。
ある程度煮だしたら火を止めて、清潔な布で漉してみた。
……うん。完全に麦茶だ、これ。
大麦を焙煎してお茶にしたんだから、そりゃ麦茶以外にはならないはずだけれど、思った以上に麦茶だ。
煎りたてだからかな? 以前飲んでいた市販の麦茶より香ばしい。
焙煎具合はまだ研究の余地がありそうだが、既に市販の物より美味しい気がする。
これはすごいな。
個人的にはオウガスタ帝国で飲まれているハーブ茶より、こっちのほうが断然好みだ。
炒っただけの大麦も、シリアルと思えば悪くない。
粉にして牛乳にでも混ぜれば、栄養食品としてかなり優秀なんじゃないだろうか。
なにより、大麦は安い。
なんせ馬の餌にするくらいだ。
銀貨1枚出せば、馬鹿みたいな量が買える。
……それに、これは希望的観測なんだが、麦芽水飴って聞いたことあるぞ。
麦芽水飴の麦芽って大麦でいいんだよな?
恐らく、麦芽に含まれる何らかの成分がデンプンを糖に変えるんだと思うが。
デンプンってことは、イモとかでも良さそうだよな。
……大麦すげぇ!
それに、米は無理でも大麦を炊けば麦飯になるんじゃないか?
ご飯! ご飯!
急いで市場で30㎏ほど大麦を買ってきた。
水加減がいまいち分からないが、とりあえず米より気持ち多めくらいの水量でいいのかな。
もしかしたら今日の夕飯は麦飯にありつけるかもしれない。
「やあ、皆おかえり。危ない目に合わなかったか?」
「はい! 問題なく7階層まで到達しました!」
カリンが元気よく返事をしてくる。
他の皆も……大丈夫そうだな。
オウルが上手く引率してくれたようだ。
「ホッホー、良い杖じゃのー。新しい装備はわくわくするのう」
「そういえば、装備を買ってからオウルは初探索か」
ほくほく顔でオウルが杖を撫でている。
あれはほくほく顔なんだろうと思う。多分。
「すごい香ばしい匂いがしますね」
シルヴァーナが鼻をひくひくさせている。
「ああ、ちょっと大麦を炒ってみたんだ。俺の国で良く飲まれているお茶を作ったんだが試してみるか?」
そういって冷やしておいた麦茶を配る。
「むっ、これは随分あっさりしていますね。飲みやすいです」
早速シルヴァーナがごくごくといく。
のどが渇いているときの麦茶は最高だよな。
「香ばしくて不思議な感じです! 私、これ好きですよ!」
カリンも大丈夫そうだ。
問題は……
「アリア達はどうだ? 大麦は苦手だという話だが」
「あら、これは青臭くありませんね。大麦のあの妙な食感もありませんし」
大丈夫……かな?
セルマもメリアも特に気にすることなく飲んでいるようだ。
こう言ってはなんだが、オウガスタ帝国で売っているハーブ茶の中には得体の知れないものがあるからな。
気軽に飲めるお茶というのは意外と盲点だったかもしれん。
まあ、商売にはならなそうだけどな。
簡単な上に原材料が手軽すぎる。
大麦に対する偏見もネックだろう。
はったい粉のほうがまだ金になりそうだ。
あの保存性と携帯性、それに栄養の豊富さは破格だろう。
大麦特有の青臭さや、ぷりぷりした食感が無くなるのもいい。
それに、炒ると香ばしい匂いと微妙な甘さが出てくる。
苦手な人も食べられるんじゃないだろうか。
とはいっても、所詮、原料は大麦だ。
富裕層に売り込めるとは思えない。
オウガスタ帝国の貧富の差は凄まじいものがあるので、貧困層向けの商品を開発したとしても、利幅はタカが知れている。
実験が必要だが、もし水飴が出来たら、そちらの方が遥かに金になるだろう。
なんせ、オウガスタ帝国の甘味は、蜂蜜と果物、それに南方からのサッカラムだけだからな。
とらぬ狸のなんとやらはこれくらいにして。
「さあ、みんな風呂にでも入ってくれ。今日は腸詰肉と冷製スープにパンだ」
あ、大麦ご飯、炊けませんでした。
あのね、全然煮えないの。
……さすがに30㎏は買いすぎた。




