29、孤立
サリーは、父、ローレンドール侯爵に話を聞くべく急いで帰宅したが、残念なことに父はまだ帰っていなかった。仕方なく父が帰ってくるまで応接間で待つことにする。
普段は父と話をすることを面倒臭がり、応接間には近寄りもしないが、用事があるときは別で、父もその事はよく分かってるらしく、応接間にいるサリーを見ると必ず警戒される。
幼い頃からサリーの父に対する態度はそんな感じだが、別に父親が嫌いというわけではない。ただ、転生した障害みたいなもので、彼女自身が父親に頼ることに抵抗を感じているだけだ。
(さっきのカローナ様の話、サリー様は、どう思います?)
(あれは、わたくしに対する脅しなのでしょ)
(そうですよね)
(えぇ、いつまでも、わたくしが殿下の婚約者でいることが、嫌でしょうがないと思うわ)
(考えてみたら、カローナ様も大変ですよね)
(どうしてですか?)
(だって、サリー様は殿下の事が…… )
エルシーの言葉を簡単に纏めると、サリー自身はランドブル第一王子の事が嫌いだが、国と教会、そして父が認めて正式に決めた政略結婚は、サリー本人でも簡単に止めることはできない。
第一王子はカローナの事が好きなので、政略結婚を止めさせたいカローナの気持ちが良く分かることだろう。相思相愛の二人にとって、サリーは本当の意味で邪魔者でしょうがないはずだ。
サリーの気持ちを毛ほども知らないカローナは、あの手この手でサリーを排除しようと考える。それこそ、お金や知恵、人材を無駄に消費してもだ。エルシーは、そんな彼女の努力が、本来必要のないものなのにと同情しているのだろう。
(わたくしだって、政略結婚は止めたいけど、簡単には止められないのです)
(そうだよねぇ)
(それに殿下が、あんな公の場でカローナと結婚したいと仰らなければ、こんなにややこしくなりませんでしたよ)
第一王子が、第三王子の誕生祭で国王陛下に、カローナと結婚しますと直訴しなければ、なんとかなったのかもしれない。だが、直訴したお陰で国王陛下や教会、そしてサリーの父、ローレンドール侯爵の顔を潰した。
貴族は、面子を何よりも大事にする生き物だ。その面子を第一王子が潰したので、もう誰も後に引けなくなってしまった。
問題は、当の第一王子、ランドブル殿下がその事に全く気づいてないことと、それを本気で諌める人が誰もいないことだ。
(それは、そうですけど。あの二人は、相思相愛ですよ。お互いを思い合ってるのに、サリー様は殺すのですか?)
(そんな事はしません。今は、まだ)
(………… )
愛し合っているなら、何をしても良いのか? 自分達の愛を認めてもらうためには、人を傷つけても良いのか? そんなことはない。人を傷つけるなら、自らも傷つく覚悟が必要で、人を殺すなら、自らも殺される覚悟が必要だ。
サリーは、サリーの正義で動いている。それは、誰にも止められない。
「ん、今日は珍しいな、応接間にサリーがいるってことは、私に用事でもあるのか?」
「ええ、お父様、お話があります」
父親であるローレンドール侯爵が帰宅すると、すぐに応接間に入ってソファーで寛ぐ。これが普段の侯爵の行動で、滅多に邪魔されることはない。
サリーは物心ついた頃から不思議とこの部屋には近寄らなくなり、近寄ってくるときはお金が必要なときか相談事があるときだけだ。そんな彼女が、今日は珍しく応接間にいる。
娘の性格を知る父は、彼女が何を求めているのか容易に想像できた。
「どうした?」
「お父様は知っていましたか? カルトベール公爵家が、スローローラン男爵家に圧力を掛けてる件を」
やはりか、娘の質問に身に覚えがある父は、少しだけ滅入った顔をする。
「誰から、その話を聞いた?」
「知っているのですね」
「無論、知っている」
侯爵は、メイドにお茶を頼むと、テーブルを挟んだサリーの向かいに座る。腰の袋から煙管を取り出し、刻みたばこを軽く詰め火魔法で火をつけると、煙を吸い込んだ。娘に心配されぬように、なるべく平静を保とうとした感情から出た行動だ。
「お父様、教えて下さいますか」
「少し、長くなる」
「えぇ、お願いします」
「そっか」
再び煙を吸い込むと、灰皿にカンッと音を立てながら、煙管の灰を落とす。
「最近、カルトベール卿が我が家に陳謝に来た」
「陳謝って、誤りに来たってこと?」
「そうだ。卿は陛下に、第三王子とマリーノガーレン嬢との婚約を、破棄させて欲しいと言われたそうだ」
「なぜ国王陛下が、そのようなことを仰るのですか?」
「ハッキリとは言えんが、裏で王妃様が動いているのだろう」
「王妃様が…… 」
国王陛下が、王妃様に逆らえないのは公然の事実で、特に王子や王女に関することは王妃が決めている。つまり国王自ら第三王子と公爵令嬢との婚約破棄を考えるのは無理があり、王妃様の考えが反映されてると考えるのが自然なのだ。
「無論、卿も反対した。当然だ、貴族の面子もあるし、それに娘が殿下を好いているからな」
「それで、どうなったのですか?」
「陛下は、婚約を維持するなら、条件を一つ呑ん欲しいと卿に願ったらしい」
「条件とは?」
「ランドブル第一王子の正室に、ルンベルク伯爵令嬢を推してほしいと」
「それって…… 」
「そうだ。卿は王族派の最大勢力、卿が伯爵の娘を推すと言うことは、王族派の最大勢力が貴族派に寝返る事に等しい」
興奮した父は、テーブルを両手で思いっきり叩いた。その反動で灰皿が一瞬宙に浮き、煙管が灰皿から落ちて転がる。
王族である国王が、なぜ貴族派に味方をするかと言えば、王族派も貴族派も或る意味似たようもので、王族派は国王と民を大事にする派閥であり、貴族派は王族には逆らわないが、国民よりも貴族を重視する事を掲げている。
つまり、貴族同士が勝手に派閥を作り、自分達に有利な政策を実施してるにすぎない。
一瞬だが平静を保てなかった父だが、自らの行動に後悔したように元の顔に戻ると、娘に「すまない」と呟き、再び話し始める。
「卿は、残念だが、娘可愛さに陛下の話を承知した」
「そうですか。でも、仕方のないことです」
「問題は、卿が伯爵の娘を正室に押すならば、私はサリー、君と第一王子との婚約を破棄すると卿に伝えた。卿は、それも仕方がないと言ってくれた」
「それは、そうでよ」
「その後、婚約破棄を教会に伝えに行ったが、ーーー教会は正室がダメなら側室でお願いしますと、サラッと言ってきて驚いたよ」
「それは、嫌です」
一瞬婚約破棄に喜んだのに、そこから更に落とす言葉にサリーは物凄く不愉快な顔をする。
「勿論、私も教会に断ったが、既に陛下とは話がついていると言われた」
「それって、どういう意味ですか?」
「簡単なことだ。王族としても教会と繋がりを保ちたいし、教会も国と同じように考えている。ならば、正室に拘る必要はないと言うことだ」
「それでは、わたくしの立場はどうなるのでしょうか」
国と教会の勝手な思惑に自身が犠牲なるなんて、サリーでなくとも我慢できるものではない。ましてや、喧嘩を売ってきたカロナローランが正室で、自身が側室だなんてサリーに我慢できるわけがない。
「勿論、私も腹が立ち、その場で婚約破棄を伝えてきたよ」
「流石、お父様!」
「だが、お陰で我が侯爵家は孤立してしまった。陛下は、私に王子と聖女の結婚は国民のためにも必要で、今更婚約破棄は認めないと使いの者を通して言ってきた。教会も似たようなものだった」
「それは、酷すぎるでしょ!」
「おまけに、唯一最後まで味方だったスローローラン男爵家も、カルドベール公爵に圧力をかけられて…… 男爵にも迷惑を掛けてしまった。ーーー公爵も、落ちるなら最後まで落ちると、覚悟を決めていたから前もって陳謝しにきたのだ」
「………… 」
父や公爵の気持ちを知るサリーには、言葉が出てこなかった。
もう一つの作品です。
勇者召喚の失敗例、運び屋。~俺は異世界でも日本でも、大金持ちになって幸せに暮らすぞ~
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