23、ジルの思い
★ ★ ★ ジル
サリーと別れて二番隊の馬車に近寄り、そっと中を覗いてジルは一言「臭い」と思った。魔物討伐に初めて参加する彼女は、魔物の強さよりも騎士団の男達のほうが怖かった。
彼女は男性に興味がなく、どちらかと言えば苦手な方だ。男性の高圧的な態度が嫌いで、できれば関わりたくないと思っていた。
そんな彼女が聖魔法の力に目覚めたのは、八歳になったばかりの頃で、親に連れて行かれた教会の階段で彼女は転んでしまい、右足に怪我をしてしまう。
彼女は怪我をした右足の膝を見つめながら、いつものように「痛いの、どこかに行ってください」と願う。すると、淡い緑色の光が怪我した部分に纏わりつくと、いつの間にか傷が治っていた。彼女にとっては、いつものことだった。
だが、彼女にとって普通のことが、他の人には違うこともある。彼女の一連の行動を目撃した人がいて、驚きとともに教会に彼女のことを伝えてしまった。そして彼女は聖魔法使いだと、教会に認定されてしまう。
教会で聖魔法使いに認定された彼女は、将来怪我をした人を治療する教会の仕事をしたり、魔物討伐をする国の仕事に参加しなければならないと言われた。
当時の彼女には正直意味が分からなかったが、両親がすごく喜んでくれたので、彼女も自然と喜んでいた。
大人になり、魔物討伐に参加することは、大勢の男性の中に女性は一人か二人と聞き、大きなショックを受けた。それから彼女は、魔物討伐と聞けば必ず逃げてきた。
騎士団は、国のために魔物を間引く尊い仕事をしている。そんな騎士団が怪我をした場合、治療する聖魔法使いは必要不可欠で、原則参加しなければならない。
たとえ男性が苦手でも、絶対避けては通れない道だ。
ただ、そんな彼女に転機が訪れる。最近気になる女性が、魔物討伐に参加すると聞いたからだ。好きな人が参加するなら、もしかして一緒に寝泊まりできるかもと、邪な考えで参加を決めた。
彼女が気になる女性の名はサリーと言い、一年以上前に同じ聖女候補として怪我した人の治療や、孤児院で子供達と触れ合ったりと、一緒にいて楽しかった。だが、彼女にはエルシーという親しい友人がいて、ジルは遠目に見てるほうが多かった。
それ故、今回の参加には、彼女の微かな希望と望みが込められていたが、木っ端微塵に砕け散ってしまった。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます」
突然見知らぬ年上の女性が声をかけてきて、慌ててジルは返事をする。見知らぬ女性だが、この場で声をかけてくるということは彼女が聖法師で、今回の魔物討伐に参加する、もう一人の聖魔法使いということになる。
「私の名前はサラサと言います。今回はよろしくお願いします」
「わたくしは、スローローラン・ガーデンブル・ギブリソン男爵の娘で、スローローラン・ガーデンブル・ジルメリッサと申します。よろしくお願いします」
「大変失礼しました。お貴族様だったのですね」
「いえいえ、どうかお気になさらないでください。討伐の際に敬語とかは、どうかと思いますので」
「そう言ってくれたら、嬉しいです」
聖法師はあらゆる場所で怪我人の治療をしたり、ボランティア活動もします。それ故、平民との付き合いも多く、ジルもその点はすっかり慣れていた。
「よければ、わたくしのことはジルと、呼んでください」
「ありがとう。では、ジルと呼びますね」
「サラサは、まも…… 」
「そろそろ出発しますので、馬車に乗ってください」
突然、後ろから強面の男性に声をかけられ、ジルは思わずバランスを崩しサラサに凭れ掛かってしまう。ジルは、照れくさそうにサラサに礼を述べてから、馬車の中にゆっくりと乗り込んだ。
「さっきは、何を聞こうとしたの?」
「あっ、いえ、わたくし今回の魔物討伐が初めてで、サラサはどうかなと思ったのです」
「あぁ、そういうことですね。私は、今回で三回目です」
「凄いですね。それで、魔物討伐はどんな感じですか?」
「ハッキリ言って、すごく大変です。できれば参加したくなです」
「やはり、そうですよね」
「もちろんです」
二人は意気投合してお互いに笑った。それからジルは、サラサから魔物討伐の際の行動や、聖魔法を使うタイミングなどを事細かに聞いた。
当然だが、お風呂事情やトイレ事情も聞いていたが、敢えてここでは書かないでおこう。兎に角、最悪とだけ伝えておく。
「それ、なんですか?」
「これですか?」
ジルが大事そうに両手で持ってる四角い黒い箱を、サラサが不思議そうに聞いてきた。何の変哲もない箱を、ジルが何度も嬉しそうに見てるから、興味が湧いたようだ。
「これですか、これは大事な人から預かった、お守りなのです」
「大事な人ですか? もしかして、良い男性ですか?」
「はい。ですが、残念なことに、良い女性になって欲しい人です」
「あぁ、そうですか」
「でも、わたくしの事を心配してくださり、このお守りを預けてくださったのです。なにか有った時に助けてくださると、約束もしてくださりました」
ジルは笑顔でサリーの事を話すが、サラサは好きな男性の惚気話だと知りつつも、優しく聞いていた。
「それで、告白はする予定なのですか?」
「えぇええ! 無理です無理です。まだ、それは、無理です」
「ダメですよ、告白しないと、他の女性に取られまよ」
「そうですよね、他の男性に取られてからは、遅いですよね…… 」
「そうですよ、頑張らないとダメです」
「でも、あの人には、婚約者がいるのです」
「そ、そうなの…… 」
サリーとの楽しい思い出をサラサに話していたが、彼女には婚約者がいた事を思い出し、一瞬淋しくなる。自分の恋が、他の人とは違う意味を知り、彼女は臆病になっていた。
「でも、婚約者のことが好きではないと、わたくしに話してくれたので、まだまだ期待はしてますけどね」
「それって、二股かけようとしてるんじゃないの?」
「違う違う、そうではないの。本気で好きじゃないみたい」
「だと良いけど、二股なら最悪よ」
馬車がどんどん業魔の森に近づいていくなか、ジルとサラサは少しだけ噛み合わない恋バナに、花を咲かせていた。
新作です。
勇者召喚の失敗例、運び屋。~俺は異世界でも日本でも、大金持ちになって幸せに暮らすぞ~
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